アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

まずいいカットを撮れば自分自身を触発します。 

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アトリエ水平線で時々写真のワークショップを開いています。
ワークショップをするとはやはり受講者さんはお金を払ってワークショップを受けるわけです、「目から鱗体験」参加してよかったなという気になっていただかないと受けた意味がないと当然思います。
大きく見れば同じかもしれないけど細かく見れば人によって新しい発見のポイントは各自違います、特に2回目はそこをよく汲み取ってこの人には何を教えればさらに進歩するのかその度に考えます。
今回は前回講座で撮って暗室プリントしたものの中にかなりいい写真を撮れています、ネガもかなりきれいな階調です、条件のいいカットはいろんな可能性を秘めていて引き出し方によっては想像以上にいろんな表情を引き出せる可能性を秘めています、僕ら教える側がそこに気がつきうまく引き出して彼らに見せること、これも講座の重要なレクチャーです。
以前のワークショップの主なレクチャーは階調を中心にレクチャーしてきましたが、最近は世界観イメージを開拓すること触発することに軸を置いています、また受講者の方々もそこを望んでいることに最近感じています。
今回のワークショップは同じネガからイメージとその世界観次第でいろんな表現の発見、世界観、奥行き感は表現手法をちょっと変えることで見え方はガラリと変わることをより深く知ってもらう趣旨で前回の講座からさらに2回目講座を誘いしました。
僕自身今さら気がついたことですが、写真についてはその理屈を説明することよりも、おこがましい言い方になりますが、彼らではまだ作れない撮影の光環境を作り、手を伸ばせばなんとか撮れる撮影環境をお膳立てして撮影を体験してもらい、これまででは撮れなかった綺麗な光環境の写真をまず撮って感じ取ってもらう、これはとても重要だと思いました。
まずとにかく良いカット体験すればそこからいろんなことを学びますし、いい写真を撮ることは単なる自己満足ではなく写真を撮ることはアタマではなく直感が必要なのを感じます、それを知るとその後の探すべき基準が見えます、精神的にもまだ開かれていない眠っていた自分自身の内面を呼び覚まし自分を触発します。この自分自身への触発が重要なんです。
また良いカットは幅広い要素を例外なく持っています、処理法を変えるだけで表情があれこれ変わることも実際にやって見せます。奥行きのある世界観を体験すれば肝心なことが素早く伝わります。文で書けば簡単ですが目の前でやって見せるのは文で書くほど簡単ではありません、また毎回このやり方で必ずしも上手く行くとは限らない。上から目線でやって見せてもいい結果が出なく彼らの立場に立って彼らの手で撮ってもらうことがいかに重要かを感じました。
現状多くのアマチュアさんたちはやはり写真についてメンタル面の考察力はしっかりしているとはとても言い難くいろんな情報が交錯し良い写真が撮れる原理原則が理解しっかりできていません、奥行きある世界観がしっかり持っているとは言えません、現状は混沌としていて何が重要でで何が枝葉かの順位が見えていません。
多くの人が陥る考えはデジタルで撮るよりフィルムの方がいい写真が撮れる、ライカ、ローライで撮ればいい写真が撮れると信じ込んでいる方々が多いのが現状です、カメラに対しどう考えるか僕があれこれ口を挟む問題でないんですが、往々にしてそれらの古いフィルムカメラは扱いが厄介なカメラが圧倒的です。
カメラに意識を奪われることよりも必要な写真の原理原則、自立した思考力とその仕組みを理解してもらえるように促します、絵画で言うデッサン力とか対象物に対する観察眼とかモノが写る法則を身につけていただくようにします、やはりいい写真を撮れるとはそれなりの実態のあるステップと内面的眼力が必要です。
講座ではいきなり口であれこれ説明しても返って受講者さんの心に混乱を招くだけです、まずはいい写真を撮れるようにお膳立てから始めることがその後の可能性が大きいと今さら感じました。
そのために重要なことはつまり「触発」させることです、彼らの眠っていた意識に火をつけて呼び覚まし、まずその気にさせてしまうことから始めます。

これが違いです、 

yjimage-4.jpeg _MG_0204.jpg yjimage-3.jpeg 0198.jpg パリの橋の美意識

昨日の続きです、今から40年くらい昔、70年代は日本のカルチャーがまだバタ臭かった時代、僕はフランスのカルチャーに出会ってフランス病になってしまった話を書きました、でもその話から具体的にピンと来ない方ももいると思います、何がどう違っていたのか説明します。
まあこれを見れば僕があれこれ書かなくても、フランス人と日本人がものごとをどう見るか、どうデザインするか、彼らの生き方の欠片が見えてくると思います、これはもう歴史があるから美しいとか、そんな理由ではないことがわかると思います。
彼らと日本人の間には、生き方とか、人生の捉え方とか、その価値観と美意識が根底から違うことがこれでわかると思います。これに対していつも悲しくなるのは日本人の、、、特に役所的なものごとの考え方には、そこにニュアンスと言う概念、ニュアンスが難しければおもしろ味という感覚がまるでないんです。
日本人は決してその辺のセンスがない国民性ではありません、むしろそれを持ってる国民性だと思います、問題は日本人社会になった時、役所主導、集団になった時にそれがなくなるんです。
それとここに挙げたモノクロのカットですが、これはセーヌ川にかかるビルアケムと言う橋です、この上にメトロが走っています、これを見て感じるのは、この橋の存在は街を美しく演出するために作った橋なのか、人やメトロを渡すために作ったのか分からなくなるほど美しい橋です。
地球上にこんな人たちの国があることに気がついて僕はびっくりしました。

多感な時期の僕にはフランス語の響きはまさに夢世界への呪文でした、 

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高校生のころ70年代の半ば、ラジオのディスクジョキーが受験生の間で流行っていた、DJが音楽やカルチャーについてあれこれ話をしながら音楽を流す番組、ラジオはそういうものだった。
当時は今でいうJポップスなんてまだなく音楽といえば海外ものか歌謡曲くらいしかなかった時代で英米のロックは日常のものだった、そんなブームに紛れて英米以外にもフランスイタリアの音楽はわずかに触れられたけど、僕にとってフレンチの世界はちょっと言葉にならないくらい衝撃的な洗礼を受けてしまった。
それをどう言葉で上手く説明すればいんだろう?住んでる世界とは違う世界を見てしまったくらいにやられた、あの時代音楽といえば英米が主流だった時代にフランスは完全に世界観が別なのが中学生の僕にも理解できた、中学生の僕にはあのフェミニンな臭いがたまらなかった、そう言う世界観をフランス人はエスプリって言うんです。
だいたい何でまたフランス病にそこまでハマったかと言えばここに書いたように日本の日常感覚にエスプリって概念がそもそもない、フランスとは一言で言えばエスプリです、フランスのフェミニンな美しさはエスプリなんです、その匂いが僕にはたまらなかったんです。
あの時代、多感な少年の背伸びしたい心を満足させる情報なんて本当に何もなかった時代でした、ヴィデオもないし、インターネットもないし、まして田舎の名古屋にあったのは雑誌か、映画か、とにかくバタくさい名古屋で暮らす僕にとって異文化はキラキラ夢を感じさせてくれた時代だった。
とりわけフランスのカルチャーは僕にとっては宝石同然にキラキラして映った、シルビーバルタン、フランソワーズアルディのようなややかすれた澄んだ歌声で奏でられるフランス語の響きは僕にとってはもう魔法の呪文に聞こえた、これさえ身につけたら夢は叶う、魔法がかけられるんじゃないかと思っていた。
もちろん呪文がかけられるとマジメには思わないにしても冗談まじりにおもしろおかしく書いてるんではない、思ってたことが十分にまだ書き足らないくらいハマっていた。当然、すぐフランス語の勉強を始めた、勉強法はNHKのフランス語やフランス語カセット教材に何年も噛り付いて繰り返し繰り返し勉強した。おかげで軽い会話程度なら話せるようになった、きれいなフランス語の発音をマスターしていると言われる。
どうしてそこまでハマったのか?今なら冷静に説明は少しくらいできると思う、つまりフランス人の国民気質は伝統的に文化的というか、物事の表現には情緒を重んじるというか、雰囲気のある表現、夢のある感覚表現を好むというか、しかもどこかフェミニンな女性的な感覚、そんななエスプリをプンプンさせ、女性的な表現を好む、それはイギリスやアメリカの文化にはない、これはフランス文化の特徴、体質と言って良い。
もちろんフランス文化には高級文化から庶民文化まで様々な文化の階級があって、それらを一色単にエスプリとして括ることはいささか無理はあるけど、大雑把に言えば、どこかにそういうエスプリがところどころに隠されているのは事実です、こればかりはビンビン感じられる人とさっぱり感じられない人に分かれるからこれ以上の説明はむずかしい、僕はどういうわけかそれに中学高校の時にやられてしまった。
多分どこにも行き場のない鬱屈した気分を抱えた僕にとって、それはどこか救世主のような存在だったと思う、ここから自分の世界は広がって行けそうな期待感とか夢とか安堵感というのか、、、、、今後進むべき未来を見つけたと言うか、、、、、それを人に話すと「そんなころからそこに気がついていたの?早熟だね、早いね」とみんな口を揃えるが僕は少しもそうは思わない。そんな生易しいものではなかった。
人の中にある根底の世界観は外から仕入れるんではなく、自分の中から湧き上がるものと固く信じている、それを表に引き出すきっかけがたまたまフランスカルチャーと僕は解釈している。その後フランスに行ったには行ったけど、すぐにイギリスに行って長居した。そういう気分ってかえってその場にいるよりも、やや遠くから憧れまじりに見るくらいがより美しく見える、早い話そんなものに手に取れる実態なんて実はないんだと思う。
言えることはフランスからイギリスに渡って、長居して、英語を覚え、それであれだけハマったフランス病がきれいに終わったのか?といえばそうではない、それは年とともにカタチを変えながら今でも僕の心の中にずーっと燻っているし、それは変わらずあの時に見ていた美意識、世界観は今も変わりはない。ただ具体的に大人になったからあのころのようにお熱はもう上げないし、その受け止め方も変わったし、いろんな体験をしたからあんなハマり方は今はしない。
最近、写真を撮る時、特にプライベートの写真を撮る時にしていることは、今ここに書いたあの当時ハマったフランス病から学んだ「エスプリ」が写るようにしている。これが今になって役立つ時がやっと来た気がする。
写るように何か具体的に仕掛けをしているわけではない、これは呪文をかけるようなものだから、、、、でもこれは誰にでもできるとは思わない、先に書いたように多感な時期にしっかりフランス病にかかったから呪文のかけ方を無意識に覚えてしまったとしか言いようがない。これを写そうと具体的に何かをするとか意図する方がよほどその企みが写って写真はイヤらしくなる。
まあ多分、呪文のかけ方はミュージシャンが素敵な演奏するようなものだと思う、理屈とか現実的な手法から入って何とかしようとしたところで上手く行くはずがないと思う。
そんなフランス病にしっかりかかった思い出を抱えながら5年くらい前フランスのアルル写真にフェスティバルに作品をレビューしてもらいに行ってきました、道中パリから南フランスのアルルまで列車で窓からの風景を見ながら行きました。
不思議なものであれだけフランスにハマったけど縁とは不思議なもので、僕はその後イギリスに縁を持ちました、イギリスなら島全土をじっくり旅をしましたが、フランスはパリ周辺以外はどこにも行っていない、パリからアルルまでの列車の旅はせめてそんな気分を埋め合わせたい思いもどこかにあるんでしょう。
窓から見える風景はそんな十代の多感な時期にフランス語を勉強して未来を模索していた思いと、やっと50代になって作品を抱えてアルルに向かう気分の対比でした、フレンチポップスではなくユーミンを聞きながら窓から見える風景はなかなかのものでした。

これに出会うためにわざわざ奈良まで来ました、 

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さて浄瑠璃寺とは奈良市から東の外れ、JR駅でわずか3つ目、そこは京都府に位置し加茂駅からバスで20分くらい山道を登ったところにあります、お寺に建立は平安末期と書かれていましたが、どうも鎌倉幕府が出来たころと同時期の1100年から1200年に掛けてのころです。
現地で感じるのは、どうしてわざわざこんな山奥にこんなお寺を建てたのか不思議な気はします、必要な部材はすべて現地の山で調達しなければ成し得ない、わざわざこんな山奥まで他所から木材を運んだとはとても思えないし、まして当時に今のようなバスが走れそうな道なんてなかったと思います、でも法隆寺のように大きな伽藍がそこにはないから、樹齢1000年の檜を必要としなかった気はします。
でも新ためてどうしてこんな人里離れた不便な場所にこんな寺を建立しなくてはならなかったのか?です、1000年も前からすでに下界は汚れた場所だったのか、、、、と想像せずにはいられません、そうじゃなければわざわざこんな不便なところにお寺を建てたりなんてしないはずです、ここを選んだ何か必然があったから建ったと思います。
それでこの建物の様式が他とは違い真横に長く細長い建物に仏像は真ん中に一回り大きな阿弥陀如来を中心に左右に4体づつ並んでいます、この仏像の並びは他ではあまり見たことがなく、これに似た物は過去タイで見た気がしています。
こういう様式を専門的にはどう説明するのか、誰がどんな理由で建てたのかまでは僕には知る由もないんですが、それは良いとして、僕が特に今回これらをじっくり見てやっと気がついた所感をここに書きます。
文で上手く説明はできないかも知れませんが、外から障子越しに入り込む自然光効果が仏像は美しく見えるように建物は作られ仏像は横並びに配置されています、また仏像の背中に背負う船の舳先のような木っ葉は普通は金色ですが、ここは濃茶色ですがこの色彩明暗比がまた渋く、仏像の燻んだ金色をより美しく深味を感じさせます、そしてさらに建物内部の装飾も燻んだ色で統一され内部の照明演出効果は今風の高級ギャラリーの空間演出となんら変わらない手法、重厚な雰囲気を醸し出しています。
たしかに建立当時の建物内部の色彩は多分もっと極彩色だったと想像します、この詫びた沈んだ濃茶の色彩はむしろ1000年の時の流れから自然劣化と受け止めた方が理屈に合ってる気はします、とは言え建物内に差し込む光と仏像の絡みは これ以上ないほど見事です、まさか当時の建築家がそこまで光を読み込んでいたならこれは驚きです。
1000年前の美意識と今の美意識の一致には鳥肌物です。仏像が真横一列に並んだ意味はそういう意味だったのかと思った瞬間、なんとも言えない気分でした、これは他の寺で見る仏像より深みのある見え方に僕には感じます。
これは僕の稚拙な文では説得力のある説明がつけられないのが悔しいほどです、せいぜいここに挙げた画像を見て感じ取ってください。撮影は禁止なので画像はネット上から拝借しましたが、もしここで僕が仏像を撮れるなら間違いなく究極の1カットが撮れる自信と手応えがありました。
それは自惚れ思い込みで言ってるのではなく、この目で究極の光の中に座する仏像をはっきりとこの目で見て焼き付けました、そこに自分のカメラを立てられなかったのが悔しく感じました。それくらいその光と仏像は完璧でした、そこにいつまでいても飽きない不思議な貴重な時間でした、それはカメラで撮って気がついたのではなく肉眼でその光の真偽を感じ取れたことがなんだかこれ以上ない嬉しい官能的な体験でした。
こういう出会は今の時代の産物にはないことです、残念なことに、、、1000年の時の重みとはこういうことなのかもしれません、この時やっと気がついたのは、僕は熱心な仏像愛好家でもなんでもありません、ただの美術写真家です、ここで感じたことはもう仏教でも仏像なんでもない、ジャンルなんてどうだって良いと思いました、ただモノとして美しく、高貴で優雅でした、僕の言葉では表現ができない世界でした。
1000年の時を経た障子越しのうっすらと隠微な光の演出が作り出した美意識です、1000年前の日本人がこの美意識を作ったわけです、そして僕はそれに出会ったわけです、彼らの美意識と僕の美意識が1000年の時を超えてここで出会ったわけです、もしこれらの仏像が素晴らしいからと言ってどこかで展示をしたところで、この感動はそこにはないわけです。
奈良の興福寺にはかの有名な赤茶色の阿修羅像があります、でもそこは現代の建物の中、ガラス越しの人口照明の下で見るしかないんです、この九体仏をもしそんな環境で見るならば僕はもうわざわざここにまた会いに来れる自信がないです。
これは仏像がどうとかではなく、この空間がすべてです、この時、僕の中では仏教と仏像と美術と写真の境界線がすべて取り払われ一本の線で繋がった瞬間でした。これを見るためにわざわざ奈良まで青春18切符で10時間かけてやって来ましたが、車中の時間といいなかなかな良い旅でした。
最後に、やはり日常生活では1000年の時差の価値観が今となんら変わらないことに実感できたことは遠い過去に親近感を感じた瞬間でした、また自分が若かったころでもある程度は気がつけたとは思います、でもここまで奥深く気がつくことは多分なかっただろうと思いました。
その晩、奈良の友人に会って、翌日は来た時と同じ各駅停車に乗って鎌倉の家に向かいました。

たったこれを見るためにわざわざ奈良に行く 

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春休みシーズン、青春18切符が発売されるので鈍行電車に乗って奈良までちょっと1泊旅行に出かけてきました、鎌倉から奈良まで各駅列車に乗って行くことはそれなりに時間がかかります、朝早く鎌倉を出てずーっと乗りっぱなしで奈良に着くのは真っ直ぐに行って午後の3時、なんと9時間もかかります。家から最終目的地までなら10時間でしょう。
関東から奈良まで行くのに普通はこんな無意味は時間をかけなく新幹線で行くのが常識のご時世です、それをわざわざ時間をかけて行くなんて要はお金がないか、ヒマを持て余しているか、ただの偏屈か、です。
奈良まで時間をかけない急ぎ足が常識ですが、じゃあ早く行ったから有意義な時間を使っているかといえば、そうではなくただ早く行くことが常識化しただけで人はそうしないワケにはいかないからそうしてるだけで意味なんてない。
僕は偏屈を選んでいる気はないですが特に急ぎがない限りは奈良に行くのに新幹線に乗って行くのはまずない、時間をかけて行くのが苦痛じゃない、でも長い列車の旅では時間の過ごし方をそれなりに持っていないと9時間の旅は苦痛になります、僕の場合は読みたい本を1〜2冊持ち込み時間をかけじっくり読みます、同じ本で時間が過ごせるならそのまま読み続けますが、同じ本にあきれば他の本に換えます、それに飽きたら今度は英語学習をします、普段なかなか思うようにアタマに入らないの英語の言い回し熟語を時間をかけて会話状況をイメージしながらアタマに押し込むように勉強します。
これは僕の新しいヒマな時間の使い方ですがなかなか楽しいです、やはり人には足が速い人と遅い人がいるように勉強が出来る人と苦手な人がいます、できる人のアタマの構造がどうなっているのか僕にはよく分からないけど、僕は学校の英語学習法はほとんどアタマに入らない、この歳になってさらに顕著になったと思います、いくら何度目を通し叩き込んでもアタマにはカンタンに入ってくれません。
たかが覚えるだけがこんなに苦労しないと覚えるべき言い回しはアタマに貼り付いてくれません、それに伴う会話状況イメージがないとアタマに入ってくれません。今思うとは現地での語学習得はスルスル苦労もなくアタマに流れ込んで来るように入ってきました、言い回しは、こんな時にこんな風に使う会話状況のイメージを重ねながらアタマに貼り付きました、ただの勉強ではアタマが拒否反応を起こすみたいに入らないです、時間が永遠にある電車の中で状況をイメージしながら言い回しを何度も繰り返しながら覚えます。
また作品作りに関しても同じことが言えます、面白い作品、人の心を捉える中身のある作品を作るとは、やはりちゃんとした作り方の手順が必要です、単に写真の撮り方が上手いとかセンスがあれば撮れるなんて甘いものではないと思います、仮に撮れたとしても中身の浅いものでしかないです、それなら多分いつまでも浅いものしか作れないと思います、中身のあるものはそれなりに心の世界観をじっくり奥底からあぶり出しそれを自分の作品に擦り込むようにしないと作れないです。
作品に中身があるか、中身がないか、その違いは心の世界観と作られる作品が上手く一致しているかどうかにかかっていると思います、その世界観の正体とは、一見してむずかしく思いがちですが、実はそんな文学的でむずかしい話ではないです、人の心に伝わるものとは実は極めてシンプルで素朴なものです、そうじゃなければ人の心なんて捉えません。
そんな分かりやすいものが意外に掴めないのが人間の悲しさであり愚かしさでもあります、こういう列車内の無駄な時にふっと埋もれた思いを引き出し今後の方向性とか世界観が見えてくるんです。
この思考のあぶり出し作業を繰り返した結果、いざ現場でシャッターを切る時に意識のウォーミングアップはすでに出来ています、逆にこれを丹念にやらないで撮ろうとしても思うようには撮れないです、そんなの撮れるわけがないんです、イメージはいくらあがいても思うように自分に降りて来ないです。その降ろし方、掴み方をしっかり知ってる人が感性の鋭い人なのかも知れません。
それが見えないままいくら頑張って撮っても現実の世界観の引力圏内から思うように逸脱できないんです、仮に列車内で意識が上手く火星にまで無事に行けたら作品は脂が乗って来ます。そんな意識の引き出し方を各駅列車の旅の中で僕は見つけました。
さて、各駅停車の旅はそんな空想と妄想の時間を過して昼ごろにやっと名古屋に着きました、そこから奈良には二つの行き方があります、一つは岐阜、京都を回って奈良に入るか、もしくは亀山を回って鈴鹿越えをして奈良に入るか、どっちかを選びます。
電車の本数、乗り継ぎの利便性から言えば大回りですが岐阜回りが良いです、でも本数は少ないけど連絡さえ上手く行くなら亀山回りの方が風景はローカルで乗客数も少なく時間はゆったりしています、アタマをどこか異星に飛ばしたい時は後者の方がやや効き目があります、京都回りは京都駅で人ごみの中をかき分けたり乗客数も多くやはりやや疲れます。到着時間の違いは乗り継ぎ連絡さえ上手く行けば時間の違いはほとんどない。
さて、亀山回りで奈良駅3つ手前の加茂駅に着きました、ここは正確には行政的に京都府です、でも雰囲気的にはどう見ても奈良エリアです、ここから目指す浄瑠璃寺、そこの仏像に会いにわざわざここまで来るんです。
このお寺は僕のお気に入りで奈良はここしか来ないくらい好きです、お寺の佇まいがまず素晴らしくそこに並ぶ九体の仏像が素晴らしいんですが、これを見るためにほぼ1日かけて奈良まで来ます、過去何度も来ましたが、そのワケが今回はっきり言葉に説明できるほど分かりました。次回ワケを書きます。
画像は撮影禁止でインターネットから拝借しました。