アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

人懐っこいタイネコ 

_MG_00544.jpg

30代の半ばころは頻繁にアジアを旅していました、一度旅に出れば数ヶ月は旅をし、短期でフラっと出かけても最低2週間くらいは現地でゆったり旅していました、多くは作品を撮りでしたが日本の生活で息が詰まった時とか冬の寒い時も暖かい南国で海に入ってゆったり時間を過ごしていました。
時間がゆったり流れるアジアに行くと毎回感じたのが、日本の生活はストレス性の高さでした、また当時の日本の物価は高くアジアが安い時代でした、日本で稼いだお金を日本で使うのがバカらしくアジアで使わなければもったいないと思うくらいアジアでは優雅に使えました、観光客が少ない穴場なら1日2000円あれば十分生活ができた時代でした、会社勤めの方には考えられないライフスタイルだろうけど生活保証がない僕らにとっては自分らのメリットを最大限に活用しないのはつまらないと思っていたし、拘束された人生は考えられなかったから日本を頻繁に出ていました。
さて、そんな旅で毎日何をしてあまり余った時間を潰していたのか、、、、、多分多くの方が感じる疑問だと思うですが、これが結構時間なんて持て余すどころか退屈とは無縁の日々でした、と言うか退屈しないで時間が流れる場所を探すことが旅のポイントで、まだ観光業者に荒らされていない、生活費が安い穴場を徹底して探していたからそんな心配はまったくなかった、むしろ物価が高くて俗っぽくてつまらない観光地とか日本の生活の方がよほど退屈だった、そんな観光地には始めから近寄らなかった。
その手の穴場はまだ俗化されておらず、交通は不便で行くのに時間がかかったし、宿設備も十分ではなかった、でもその分、環境は素朴で海は澄んでいたり、浜周辺でもゴージャスなサンゴがあってシュノーケリングで十分楽しめた、また夕方集落を散歩すれば人は素朴でスレていなく、いわゆる外人向けの「ツーリストプライス」はまだなかった。
そんな場所を楽しく過ごすには、まず僕らが外国人であることを忘れることから始まります、現地に同化しできるだけ現地語を話したし、現地のリズムに合わせていたし、彼らが食べるものを食べたり、彼らの生活の流れに同化していた、そうすればあっちから何かと声をかけられることが多かった。
その暮らしは、午前中に海に行ってたっぷり浸って遊ぶ、サンゴがあるから(逆にサンゴがないところには行かない)楽しみに事欠かないし、午後は洗濯したり、昼寝をしたり、気温が落ちた夕方にはその辺をアテもなくフラフラと散歩したして、そこらで佇むネコをいじったりして南国の散歩がまた楽しかった、植物は日本と違ってブーゲンビリアとか色の濃い花が咲き乱れ、南の鳥の啼き声を聞いたりできた。
タイ旅行のもう一つの楽しみは、、、、、タイのネコと戯れて遊ぶこと、、、、、根っからのネコ好きなら一度はタイネコツアーは行って損はないです、ここはネコの聖地、ネコの国です。
シャムネコの故郷です、シャムとはタイの昔の呼び名でタイネコを指します、、、、、タイには何度も行ったけどあのシャムネコはなぜかタイでは見たことがない、現地のタイネコは日本のネコと外見は変わらない雑種ばかりでした、ただスタイルはスレンダーでアタマが小さく耳が立っていて間違いなく美形ネコの国です。
それでここからが今日の本題ですがタイネコの特徴は、、、、人懐っこさに尽きます、日本ではネコはカンタンに人に触れさせないがタイネコは逃げないで誰でも触れます、これはどうしてだろうか?って時々思います、国民性なのか、その街のリズムが反映してるのか、、、、日本では知らないネコは気軽に触れる雰囲気じゃない。
タイの食堂とか宿のテーブルで何か手紙でも書いていると、ネコがやってきてちゃっかり膝の上に乗って居眠りを始めます、日本ではそんなことはほんとんどない、、、、タイで2週間くらい過ごしていよいよ帰る時になれば、そのままネコを持って帰りたくなるくらいネコが可愛いくなる。ちなみにうちに12年暮らしたネコは日本でもらったネコですがスタイルから見てタイネコの血筋を引いていると思ったほどスレンダーな雑種で気質もタイネコを引き継いでいた。
昨年末死んだキョロはとにかく人懐っこくタイネコそのものだった。

人間とネコの関係の始まり 

IMG0394.jpg

昨年末、この家で12年ほど生きてくれたチャトラのメスネコが死んだ。
残された兄ネコだけではやや寂しいかな、、、と思っていたら家内の友人から迷子で保護された子ネコの話がやって来た、これも何かの縁と思って、、、その迷子の子ネコは我が家で引き取った。
死んだ前のチャトラネコはびっくりするくらい人懐っこい穏やかなネコだった、外来者に対してもまったく人見知りすることなく誰の膝の上にでも勝手に乗って寝込んでしまう気質だった、特にネコ好きな女性なら躊躇なく膝に乗ってそこで甘えん坊をして可愛がってもらっていた、またお客はお客でその愛らしいネコをみんなで可愛がって悦んでいた。
ネコというのは不思議な力を持った生き物だと思って見ていた、、、、、、。

愛嬌のあるネコに対し、今回やって来た子ネコの気性は真逆で愛想なんか今のところではまったくない、、、とにかく人に弄られるより自分一人で戯れたり飛び跳ねたり、とにかくヤンチャが激しくてそうカンタンには触らせない、近寄ればさっと隠れたり、強引に捕まえて抱き上げても、指を噛んだり足で蹴ったり、なかなか思うように落ち着かない、今のところ子ネコに手を焼いている、でもそれもほんの一瞬だろうと思って見ている。
それに対し我が家の老ネコは実に寛大で子ネコに弄られたり、いたずらされても、噛まれても、何をされても、ほとんど動じないおおらかな気性のネコ、子ネコと老ネコはなかなか面白い関係がすぐできた、子ネコは老ネコを自分のオモチャと思って、飛びついて戯れたり、噛んだり、尻尾を追っかけ回したり、子ネコのすることはとにかく可笑しく見ていても飽きない。

そこである疑問が湧いた、ネコと人間はどういうきっかけで人間と生活し始めたのか?まさか野生ネコを捕まえてペットに飼い始めた、、、今なら通用するけど、昔の時代ではどうも筋が通らない、、、、、誰がどういう経緯でネコを飼い始めたんだろうか?

調べたらなるほどという興味深い話に行き着いた、ネコと人間の出会いは意外なことにネコが人間に近寄ったことが始まりだった。
人間は狩猟生活から農耕生活を始めそこに定住するようになった、そこで食料保存する小屋を持った、そこにネズミが住み着いた、そこに野生のネコがネズミ目当てにやって来てネコもそこに住み始めた、人間はネズミを捕まえるネコを大事にし人間とネコの関係はそこから始まった、とても理にかなった分かりやすい話だと思った。

上空から見た尾瀬ヶ原と昨今の尾瀬ヶ原の事情 

2cccc.jpg

尾瀬ヶ原を上空からどう見えるのか、、、、、、?ドローンを持って尾瀬に行ってきました。
以前はドローンなんて関心がなかったのですが、仕事で覚えることになって最近は何かとドローン訓練に明け暮れる日々です。
仮にGPSを使って見える範囲を飛ばすだけならドローンなんてすごくカンタンです、はっきり言えばその場ですぐ誰にも飛ばせられます、でもそれを実際の撮影でニーズに合わせて飛ばせるようにするのはそれなりにカンタンではないです、あらゆるアクシデントに対する認識を備えておく必要があります、ちょっとした判断ミスであっさり墜落させます、フライト中もっとも気を使うことは飛行中何かに衝突させて墜落させるアクシデントの遭遇です、もちろんドローンには障害物センサーはついていますが、でも電線とか木の枝のような細いものまで読み取れません。
機体はどこまで遠くまで飛ばせられるのか、無視界飛行はどこまで可能なのか、障害物センサーはどこまでアテになるのか、どこまでが可能で、どこからが危険ラインなのか、墜落は場合によって人身事故にも繋がります、墜落は絶対にあってはならないことです、そのためにもあらゆる事故の可能性を認識しておく必要があり暇を見ては頻繁にフライト訓練をしにどこかに行きます。
ドローンで上空から撮影して驚いたのは、これまでの撮影に対する考えが一変します、これまでの考えが空を飛ぶ便利なカメラの登場で信じていた考えの枠組みがあまりにもカンタンに崩壊させられてしまいました。
ちょっと上から風景を見ただけで見える世界は一変します、これまで何度も見て来た物はなんだったのか?今まである枠の中でしかモノが見えていなかった事実をまざまざと感じます。それはスマフォの登場のように新しい機器が一瞬に旧来システムを崩壊させてしまうパワーに似ています、もちろん上空から見れば何でも新しく良いわけではないんですが、とは言えこのパワーは知るのと知らないでは大きな違いがあります。
そこに一抹の悔しさがあります、たったこんなモノにここまで崩壊気分を味わされるとは、これは何か喪失感とか敗北感にも似た気分でこれまで自分が築いてきた物は一体なんだったのか?そんな気分にさえなって僕にとってドローンとはデジカメ登場より遥かに大きな激変を感じます。

尾瀬の話に戻ります、僕は昔から何もない広い空間が好きでした、広い野原、平原、砂漠、左右遮るものがないスケール感のある土地、日本にはそういう風景は北海道以外は出会えません、日本はサイズ感が小さいコチャコチャした山が典型的な日本の風景です。日本人はゆったり広いスケール感のある風景にはどうも不慣れな国民性じゃないかと思います。
でも海外に行けば日本みたいにアップダウンの多い土地は少数です、どちらかと言えば坂の少ない大らかな土地が圧倒的に多く、昔、イギリス島一周を南のロンドンから北のスコットランドの果てまで自転車で時間をかけて旅をしました、その時そこで感じたのはイギリスはどこを走っても概ねゆったりとした平地の連続で自転車で風景を満喫しながら走れます。でも日本はそうではないんですね、、、、、その多くは登坂との戦い、もしくは車が多い道を走るばかりで日本では自転車で走る歓びは遠い気がします。
ヨーロッパの森が魅力的なのは、森の多くは平地でゆったりした森が多いからだと思います、さて前置きが長くなりましたが、、、、この尾瀬ヶ原に初めて立った時は既にイギリス体験後だったから余計に驚きました、こんなイングランドの野原みたいなところが本州にもあったんだ、、、、。何もない緑の野原が日本にもあったのか、、、、、これは日本ではとても貴重な野原じゃないかと思います、僕の知る範囲で本州でここ以外はほとんどないんではないのかな?

尾瀬ヶ原には宿泊施設がいくつか点在しています、昨晩久しぶりに宿泊して感じた事は、そこは老人ばかりで若い世代がいない、、、、ここは入山はわりと気楽に入れるところなんですが、どうしてこんな良いところに若い層、中年層がいないのか?
圧倒的に老人世代ばかりで、宿はまるで老人宿泊施設か、、、と思うほどです、その世代は多分60代から70代、まだ老人と呼ぶにはやや早い世代、まだ山が歩ける定年退職したばかりが圧倒的です、平日だったせいかも知れないけど、、、どうしてこんな場所に若者たちがいないのが不思議です。
宿泊設備は昭和のまま時間が止まっています、僕には聖地のような尾瀬がどうしてこんな場末の観光地になってしまったのか?これも時代感覚のズレなんでしょうか?ひょっとして若者たちにとってここは単なるジジババ臭い場末の廃れた観光地にしか見えないのかも知れないです。
でも箱根もそうですが、今や箱根や熱海は中国人、台湾人、香港人たちに人気ですが、日本人の姿が見られない観光地になりました、日本人にとってそこは古臭いだけでしかないのか?たしかに台湾や香港には箱根のようなシットリした観光地がないです、、、、。
ドローンを飛ばして上空から見た尾瀬ヶ原は、、、やはりここは日本には見られない一面緑世界が映っていました、こんな場所を老人たちだけに占領させておくのはなんだか、、、、勿体無いような、もっと尾瀬を見直しても良いんじゃないかとな、、、と思って見ていました、でもそう言いながら僕もその老人世代の一人ですが、、、、。

意味不明な写真と鳥肌が立つ写真 

写真はやっぱり意味不明なものが多いです、撮ってる人も自分が何を撮ってるのかそこがよく分からなくて撮ってる人がたくさんいます、写真はゴマカシがいくらでも利く分だけ、そこが曖昧になりがちです、もしそれが食べ物商売なら美味いか不味いは分かりやすいし、お客さんからダイレクトな結果が出るけど、写真はそうじゃない、だからつまらないことでもみんな見えなくなって、意味不明なことをやってるケースが何かと多い。
それは「写真とはいわゆる芸術活動」だからなのか、、、みんなやっぱりそこに構えるんだろうと思う、そこがタチが悪く、みんな物がそこで見えなくなってる理由じゃないかと思います、それは一旦横において、自分が撮る物は魅力的か、ツマラナイのか、そこはしっかり判断すべきだし、徹底すべきだし、そこはもっと目を向けないとダメだと思います、そこから出発すれば物はもっと明確に見えると思うんですが。
まともに考えたらそんなの当たり前の話です、でもそこがわからなくなっている人が実に多いんです、僕が前に書いた、写真展で「写真を見て欲しい」と言われた時、断ったのはそこです、自分で良いのか悪いのか判断がつかない人の写真は僕は見たいと思わないし、見たところで仕方がないし、見て何を言えばいいのかこっちだって困るし、見せるならそれ相当の態度をはっきりさせて見せるべきだし、、、、。

これは僕が普段から思っていることですが、物語とか、作品とか、音楽とか、人が表現したものには、人の心をいつまでも掴んで離さないものがあります、それが時代の流行り感覚で魅力があるのか、時代を超えて魅力があるものか、魅力のあるモノにはその違いがあります、不思議なもので時代感覚、流行り感覚の魅力は時代が経て見ると一気に古臭く見えてきますがこういう違いって、みなさん理解出来ますか?
クルマのデザインがそうです、大体は時代が経った後で見ると古臭いんですが、かつて「いすず」がよく採用していた工業デザイナー、ジウジアーローがデザインしたピアッツァは今見ても本当にカッコいいです、時代なんか超越しています、ユーミン(荒井由実)の初期作品も今聴いてもジーンと来ます、これは偶然でそうなったのではありません、ユーミンは自身の文に、私は時代のキーワード(流行り言葉)は使わないようにしていた、と語っています、ジウジアーローも時代を超越したデザインを重視していたと僕は思います。
また村上春樹氏の自身の小説の考えを書いた「職業としての小説家」という著作があります、そこに物語に対する考えが書かれてあります、物語には何度読み返しても読み応えのある物語とそうではない物語、つまり中身の詰まった深い話と中身が中身の浅い話はやはりどうしてもあると思います。これについてはまた後日、ゆっくり書きます。
中身のある話は余韻が残ります、心の深い部分に何かメッセージをポンと残します、これは写真にも同じで、自分が何かを撮る時、その被写体は面白いのか、面白くないのか、奥の深い何かがあるのか、そこまで深いメッセージはないのか、自分が何が描きたいのか、それなりの思いを持って撮るなら少しくらいは考えるべきです。そこに撮り手と作品の品位が問われます。
時々思うんですが、それが出来るのか、それが出来ないのか、その差が才能の違いなんだ、、、という考えもできます。
もし、その考えが曖昧ならば作品はどこまで行っても力不足にならざるを得ないし、、、、、ただこういう事が言えます、撮りたい思い描きたい思いは確かにあるが、それが言葉に表せない、具体的な写真表現としてそこが上手く繋げられない、それは確かにあります、でもそこがはっきりさせられず弱ければその作品はどこまで行ってもいつまでも弱いままだと思います。
冒頭に戻りますが、自分が撮るものは面白いのか、魅力的なのか、中身があるのか、どうなのか自分の心をはっきりさせて撮らないとやっぱり写真は曖昧にしかならないです、作業に神経を奪われた写真はどうしても理屈っぽくカタチをなぞっただけのものになります、人の目は適当なものでカタチがきちんと撮れていれば、なんとかゴマカシは効きます、でもイメージが掴まえられていないものはどこまで行ってもダメでしかない。
逆に何かが見えていて撮ったものは撮り方が未熟でも不思議なくらい何かが写っています、こういう写真に出会うと時々鳥肌が立つ思いがします。

その思考が出来る人が才能を持った人なのか、 

数年前、ちょうど震災の前の年、広告で賞をまとめて取って、コマフォトに特集してもらって、写真学校で何回かトークし、個展も頻繁にやったりで、カメラマンを目指す若手たち相手にワークショップを定期的に開いていました。
これまで何人かに写真を教えましたが、パッと見て、この人は伸びる、、、この人は難しいな、、、と感じる人がどうしてもいます、だいたいは1日話すればその人の思考スタイルがほぼ見えます、つまり物事を感覚で捉えられる人かそうではない人か、これまでの僕の経験ではそこにまさかの番狂せは一つもなかった。
昨日も書いたように、それらの観察から知ったことは、点と線の視点、パッと閃きの視点ではなく蓄積から物が見る視点を持ってるのか、それが僕の結論です、線とはその人の心の世界観です。これは一つの出会いは素材として受け止めその素材をどう料理したら美味しい料理になるか考えられます。もしその世界観がほとんどなく料理本レシピだけが頼りなら、それはレシピに沿った料理でしかなくまだ自分の料理にはなっていないわけです。
でも世の中の思考はわりとレシピ感覚が主流でほとんどはこの感覚です、砂糖1杯塩2杯、大鍋で10分煮込む、、、、、写真を教えるときのお決まりの質問は「それどうしたら出来るようになるんですか?」もし僕が、心の中に世界観を作って、あなたがそれをどう受け止められるか?そこまで心が成長したら出来るようになりますよ、、、、と話したところで仕方がないし説明の仕様がない。
僕は料理が上手いと人によく言われます、うちに客人が来て出すのはアジアの屋台料理ばかりです、作り方は料理本100%ではなくアジアの屋台で美味しかった感覚を再現します、現地の勢いとか体温が料理になんとか残っていると思います。下手なエスニック料理店で食べるより美味しいと言われることもあります、実際に日本で食べるタイ料理は現地の味を知ってると味と勢いはまるでなく物足らない気になります。
それは写真も同じことが言えます、僕は写真に最も重視してるのは体温とか気配とか描きたい雰囲気です、被写体から印象をまず大事にして自分の味付けでどうなるのか考えます、そこが自分の世界観なんですがシャッターを切る前にだいたいアタマの中でそこを描きます、そこに時間をかける場合もあれば、さっと見える場合もある、基本これまで拾い上げた心のライブラリーの蓄積が(それが世界観ですが)なんらかの判断を出します。
ただ問題はこれまでの心のライブラリー(世界観)があるから、人より構築脳力があるのか、これは生まれ持った能力なのか僕もそこは分からない、最近精神科で脳内のあらゆる分野のIQ数値を検査したんですが感覚数値は高くそれはスポーツ選手と同じで日常に使い込んでるから高いのか?と聞くと、生まれ持った説が今のところ有力とのことです。

話を元に戻します、僕はワークショップで教える内容は昨日書いた通りの空間の捉え方についてです、普通のアマチュアカメラマンで空間に意識がある人、それを自由に捉えられるカメラマンなんて見たとこがない、でももしその技が扱えたなら写真の幅は確実に広がるしチャンスを結果にする回数は間違いなくアップするはずです。
なので僕は自分のワークショップではすごい技を教えている自負がありますが、残念なことにそこを正しく受け止め自分のモノにした人はほとんどいない。僕の教え方が悪いのかもしれませんがワークショップですべて理解できるまで親切に教えていないこともあります、これは意地悪ではなく、いくら教えたくたって多分ワークショプだけでは無理でしょう、そこからどうするかは各自の認識次第、努力次第と考えています。
またそこまで手取り足取りもしたくもないし、それ以後は各自の受け止め次第です、カンタンに言えば僕は一粒の種を与えたにすぎず、その種を育て実を取るか、育てられず枯らすかは、あなた次第ですよ、、、と言う意味もありますが、大半は育てられずに終わります。
これは才能があるから出来る、ないから出来ない、この一言では片付けて欲しくないです、結果が出ない人は、それ以後の思考の熟成をしなかった人で、結果を出した人は、それ以後の思考の熟成が続けられた結果です。
でもこれが出来る人が、そのそも才能を持った人ということなのか、、、そこからは僕も今ひとつよくわからないです。