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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

フィルムとデジタル 

ここ最近、カメラを扱うのはもっぱらデジタルばかりになった。
デジタルが登場し世の中の写真需要がどんどんデジタルに移りはじめた時、僕はなんとも言えない不安感を心に感じた、 理由はパソコンを扱うことに気持ちが引いていたし、緊張感でいっぱいの撮影現場で、僕がデジタルカメラをスマートに扱えるなんてまったく想像できなかったし、デジタルって聞いただけで気持ちが滅入ったくらいだった。
でも気がつけば今では苦手なデジタルを散々使いこなせるまでになったし、ドローン撮影はフィルムカメラなんてまったく考えられないし、デジタルが登場してくれたおかげで行動範囲がどれだけ広がったことかと思うと、僕ですらデジタルなしではあり得ないまでに今はなった。

さてデジタルか?フィルムか?この議論は散々し尽くされた、今ではその議論を口にするのも野暮な時代になった気がする、結局これと言ったまともな回答なんか出なかった、ない理由はすごくカンタン、そんなもの口であれこれ言うのではなくそれぞれのベストプリントを並べて比べて目で見て判断するしかない、、、、。
最近、友人のオフィスに僕の額装プリントを毎月飾らせていただいている、過去作品を風通しするまたとない機会です、棚の奥からストックネガ、ストックプリントを引っ張り出して見てあれこれ考えたり暗室に入ってプリントをしている。
最近ずーっとデジタルばかりでフィルムから離れていたから、久々に暗室でプリントすると、忘れていた感覚が蘇ってきた、また前には曖昧ではっきりしなかったことが、今回の暗室で具体的にはっきりと感じたり気がついたり、それらが体にストンと落ちた。
やはり暗室作業というのは、単にプリントを現像する場所ではなく、自分が作り出そうとする階調(トーン)思考の場でもある、この作業をしっかりやって来たのか、パソコンモニターでしか写真をじっくり見たことがないか、では大変な違いがあると思う。デジタルプリントと銀塩プリントは、これらは似てるけどまったく違うものだなってあらためて思った。
シルクとポリエステルの違いのようなものと言えば良いのかな、、、、?
シルクはポリエステルに比べて値段が高いし、洗濯だって気軽に洗濯機に放り込むわけにも行かない、でもだからと言って日常生活でシルクを毎日着続けるにはいささか厄介なことが多い、でもシルクとポリエステルでは品とか手触り感とか見た感じだって違う。
銀塩の黒の質感はインクジェットに比べて、その味わい、深み、奥行きがまったく違う、もちろん、その銀塩プリントはきちんと暗室処理されたモノじゃないと深みはない、インクジェットはどこまで行っても所詮はインクジェットでしかなく先に書いた通りシルクのような深みはない、でもこれが額装されガラス越しに見たら、どんな素晴らしい銀塩プリントだって、そんな些細な違いなんて、しまいにどうだってよくなる、僕らだってそうなるんだからそれは仕方がない。
日々の仕事、雑事に追われ、効率ばかりにアタマは支配されれば、些細な違いにあれこれ言う気力がなくなる、人は日々の雑務と結果に振り回されて生きるしかなくなる、やがて人は感性を見失い遠ざかり、物事に対して鈍感になり果て、感覚的世界に強い憧れを持つようになる。
質の良い銀塩プリントに触れるとは質の良い和紙に書かれた毛筆文字を見るようなものに似てる。今時、ボールペンで書かれた文字と毛筆文字を優劣比較する人はいない、写真もやがてそうなるだろう。
でも銀塩カラープリントとデジタルプリント、さてどっちを取るか?と聞かれたら、カラーに関して言えば、僕はコダックがカラーペーパー生産をやめた時点でデジタルを迷わず取った、なぜならフジの印画紙の色は好きじゃないから、デジタルの方が色表現の幅は遥かに広いし可能性を感じる。
でもモノクロに関しては迷わず銀塩を選ぶ、銀塩モノクロと出力のモノクロはやはりまだ比較にはならない、これはシルクとポリエステルほどの大きな違いがある。
但し、、、、銀塩プリントが必ずしもデジタルではまったく歯が立たないプリントだ、とは言えない、それ相当の銀塩プリントを自由自在に扱えるスキルが前提だ、印画紙と薬品の関係性、相性、写真薬品の知識と経験とスキル、これを備えた人じゃなければ、いくら銀塩プリントであろうがデジタルとさほど大した違いなんかないと僕は思う。
しかしそれだけの暗室スキルを持った人はそう滅多にいない。

プリンシパルのない生き方 

新渡戸稲造の名著作に「Bushido」武士道があります。僕が知る範囲では、書いた経緯は奥さんはアメリカ人で夫婦共にキリスト教徒としてアメリカ生活を長くしていたそうだ。
ある時、ある人が新渡戸先生に西洋人にとって人間の生き方の根底にはキリスト教があるが、キリスト教徒じゃない日本人は一体何を軸にして生きているのか?と聞かれた、その時、新渡戸先生はさっと答えられず、返す言葉に困ったそうだ、しかし盛岡藩武士だった新渡戸先生は日本人には武士道があるじゃないかとそれから西洋人に向けた日本人紹介の意味を込めて「武士道」を英語で執筆し出版した。ちなみにこれは日本語では書かれていないから、読みたければ日本語に訳された本を読むしかない。
それがアメリカで出版と同時に知識層の間で話題になって有名な著作となった、時の大統領からエジソン、自動車のフォードや鉄鋼王のカーネーギーまでみんなで武士道を夢中になったと何かのコラムで読んだ、多分西洋人の感覚にはない日本人独自の思想性にショックを受けたと思う、僕も最後までは読んでいないが武士道は目を通したいと日本語訳「武士道」を途中まで読んだ。

さて、話はいつものようにズレるが、吉田茂首相のブレーンを務めた元祖イケメンの白洲次郎氏は戦前にイギリスのケンブリッジ大学に留学した方だけど、この方は戦後吉田茂総理のブレーンとして名を馳せ、その後「プリンシパルのない日本人」と言う著作を書き残した、辞書ではプリンシパルの意味はなんだかおかしな訳になっちゃうが、要は軸となる思想性がない日本人という意味だと僕は解釈している。
これは巷で散々語り尽くされている「村人日本人」が日本人の根底に根深く付着していることの現れで、考えを持つ生き方より、決められた約束事や掟に抗わず受け入れることを良しとし、それが今でもしっかり染み付いた日本人の生き方、考え方からすれば自由に自分の思想性を持つことはできない。そう言う思想性のある生き方には日本人はどうも馴染みがない人が多いのか、それがこの国の風潮のようだ。
思想がない、思想がある、これは難しい話だ、それがないのはやはりちょっと問題だと思うが、、、、そもそも思想とは思想が先ではなく、自分の生き方、考え方についてあれこれ悩んだり、考え突き詰めていくうちに「結果として思想領域」に入るのが自然であって、そもそも思想性がどうのと、思想が先に来るようでは何かおかしな気がするし、本末転倒な気がしてならない。
でも確かに思想とは考えようによっては厄介なものだと思う、「思想なんて百害あって一利なし」と言う考えだってある意味、もっともな話だ、変に思想にハマったりクチ達者になるとタチが悪くなる、またこの手のクチ達者な女子は世の中からは好かれない。
僕らがまだ幼い時に流行った学生運動だって、ある意味では不可避な意味のあることだっただろうけど、そこに思想があったと言うより、運動自体が一つの時代のファッションだったとも言えそうだ、大半は本質より知的運動にカブれて参加していたような、そもそも世界の歴史的革命なんてその反動はロクな話はなく悲惨な結果ばかり聞こえる、要するに思想とか主義からは人類は何も学ばず何も生まなかったのかも知れない。
でもだからと言って、まったく思想性のない生き方、まともな議論すら出来ない生き方、これはこれで困ったものだ。特に文化的な生き方を目指す人、それを嗜む生き方を目指すなら、それなりの教養、ウンチク、講釈、へ理屈、思想かぶれ、クチ達者は一時は麻疹みたいに通過していない人の生き様はやはり物足らなく説得力のなさがどうしても感じる、それにハマった、思想にカブれた経験のない文化人はどこかタチが悪い、散々ハマって、散々議論して、カブれることのバカバカしさ、愚かしさをしっかり味わって、最後にやっと本質と言うゴールに辿り着けるんじゃないかな?って僕は思うけど。
それを早く卒業するか、いつまでも卒業出来ないか、老人になってもまだ思想を刀のように振りかざすタチの悪いジーさんは世の中にたくさんいる。
さて結論として、やはり人間として軸のある思想性、いわゆるプリンシパルを持った生き方はとても重要だ、これがないと、写真を撮ってカタチにまとめ表現することが結果としてとても貧弱にならざるを得ない。また自分の表現の稚拙さに気がつけないし、これがいかに必要な要素であるか、それが「プリンシパル」なんだなって感じる。
あるアメリカの知識人が言った、7000万人もの人がトランプに票を入れたこと自体が恐ろしい。

ネコと付き合う(2) 

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自分自身が歳を取ったからか、今の時代の感覚や価値観に違和感を感じるのは、、、やはり自分が初老になったからなのか?
今の若い子たちが集まる場の中に突然入るとどうしても違和感を払拭できない、目に入るものをしげしげと見ては、違いを感じてしまう。
なんて言えば良いのか、同じ世代で、同じような価値観を持った外国人なら、彼らと話す方がまだ違和感なく中身のある話ができるが今風の子たちにはズレを感じる、ファッション、メイク、振る舞い、価値観に違いを見つけて違和感を感じてしまう。
もっと近いとこで垣根を越えてきちんと話しをしたり、何か物事を一緒に共有したり、心を開いて彼らを理解しようとする気さえあれば、そんな違和感なんかさっと消えるんだろうな、、、、と思いながら彼らと接するチャンスがあまりないのが悲しい、それは違和感があるとか、ないとか、つまらないことを言う前に自分から中に入って行く気持ちがあるのか、その気持ち次第なのかな?って思う。

やはり今は物事のシステムは昔に比べて遥かに進化したと思う、ありとあらゆる場面で、まずシステムが前面に出る、そのシステム自体に僕は受け入れていないんだろう、、、SNSなどのコミニケーションツールは確かに便利だけど、その真偽の良い加減さたるや、無条件には受け入れる気にはどうしてもなれない、今の子たちはそれをなんの違和感もなく受け入れ、それを軸にして自分を広げていってる気がする。
今の子たちにはそれが当たり前なんだろう、僕らの時代はシステムが適当だった、仮にあったとしても不完全で、人のカンに頼るところが大きかった、上手くやればなんでも有りで、ある意味では昔は自由な世の中だった、でも今はそうは思わない、何から何までシステムに縛り付けられているように感じてしまう、でも今風の子たちは、彼らは彼らなりに、そこが彼らの生まれ育った故郷なんだしろうし、ズレがあれば上手くスリ抜けて彼らなりに今を楽しんでいるんだろうな、、、って思う。
まったく違う感覚の人たちと付き合うには、お互いに違うことが大前提で受け入れて付き合えるなら、いくらでも良い関係は結べるんじゃないかな、むしろ今の子たちの方が僕らより遥かに相手に対しての受け皿は広い気がする。拒んでいるのは僕らの方なのかも知れない。

話は前置きが長くなったけど、僕は誰と付き合うにしても、相手を同じ目の高さで付き合うクセがある、よく言えば対等だけど、悪く言えば弱い者に対する手加減をまったく知らない、例えば、まだ写真をまったく分かっていない人に写真を教えるにしても相手のレベルに合わせて話すことがどうも上手く出来ない、自分の子供を育てた時も親として育てたんではなく、親子であろうが子供を自分と対等な関係として育ててしまったようだ。
それはそれで良いのかも知れない、でも娘にしたら父親として接しなかった寂しさと不満はあるかも知れない。
僕はネコに対しても同じ目の高さで付き合っているらしい。所詮はネコなんだから、、、、の目線ではなくてネコだろうが自分と同じ目線でまじに付き合っていると家内は僕に呆れて言う。
でもネコとまじに対等に付き合う、これはこれでなかなか面白いと思う、子供の時には気がつけなかったが、大人になると、特に僕らは職業柄、物事を見て観察する眼力は子供の比じゃない、半端じゃない観察眼と分析力と集中力を持ってネコと接する、もうこうなったら若い世代と接するにしてもにネコと接するにしても大差はない。
僕はある意味ではかなりヤバイ大人なのかも知れない。
人間にとってネコはとても不思議な生き物です、マジマジとネコを見ると人間の世界とは全く違う次元で物事が成り立っている、それは霊的な次元で生きてるような、人間の基準では考えられない神秘を持っているような、芸術家にネコの愛好家の方が多いと聞く、犬好き派よりもどうもネコ派の方が多いようだ。多分ネコの神秘力が芸術家を刺激するからじゃないかな?
以前、僕の知り合い家族が鎌倉の極楽寺から鶴岡八幡の近くに引っ越しをした、距離にして多分5キロくらいはあると思う。しかし不運にもネコにはその新居が肌に合わなかったのかすぐに逃げ出してしまった、その奥さんは半狂乱になって 必死になって、考えられる手を尽くして逃走したネコを探した。
あまりにもの落胆ぶりに僕も黙って看過出来ず、何か手伝うことはないかと、時々前の住居周辺を見回ったりしたが、なんの音さだはなかった。
そして逃走から3ヶ月後に前の住居の近所さんから連絡が入った、「あなたのネコを見たよ」奥さんはネコ籠を持って真っ直ぐにその家に行って朝からずーっと張り込みをした結果ついに脱走したネコは飼い主の元に無事に保護された。
しかし人間の視点で考えたらどうやってそこまで無事に行けたのだろうか?途中には車の往来の激しい車道がある、ちょっとした山もあって、その山を越えるか、もしくはトンネルを抜けるか、または迂回して海伝に行くしか道はない、第一5キロも離れた場所をよく無事に迷わずたどり着いた物だ、ネコにそこまでの経緯を聞けたなら、毎日が道に迷う連続だったと話してくれるかも知れない、でもネコは3ヶ月かかって鶴ヶ丘八幡から極楽寺までをゴールしたのは確かな話。
渡り鳥や魚には生まれた場所に戻る帰巣本能があると聞く、この話でネコにも同じ能力がある証拠ができた、そんな不思議な能力を持ったネコが家族にいるならばこれは凄いことだ、もしネコと話ができたならその辺も聞きたいが残念なことにネコはその秘密を僕らに明かさない、ネコからそれを聞き出した話は聞いたことがない、でもネコと真剣に付き合ったら、ひょっとして何か分かるかも知れない、そう言う目線でネコと付き合ってみたい。

ネコと付き合う 

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世の中にはネコ好きはたくさんいる、僕も多分ネコ好きの一人です、でもネコならなんだって好きなわけじゃない、ネコの気性はおもしろいもので、知らない人からすぐ逃げるネコ、逃げないネコ、人にまとわりつくネコ、そうじゃないネコ、どっちかにハッキリ分かれるみたいです、僕のネコとの相性はこのあたりから分かれます。
人にまとわりつくネコとまとわりつかないネコについてお話します、前飼っていたオスネコは僕らが魚を食べると必ず寄ってきて魚をせがむ、もちろんエサはちゃんとあげていますが、自分のエサには飽きたのか、僕らが食べてるものを欲しいのか、必ず寄ってきて魚をくれくれとせがむ、無視すると爪を立てて前足で軽く僕の足元を引っ掻く、そのまとわりつき方と言ったらしつこい、もらえるまでずーっと続く、終いに僕は根負けするが、上げたら毎回、同じことを繰り返される。
そのネコの晩年は夜中だろうがなんだろうが、関係なくエサをくれとせがむようになった、エサがもらえるまで枕元でずーっとニャーニャー騒ぐ、仕方なしに根負けして起きてエサをあげる、乾燥エサならサラに盛っておくだけで問題は片付くけど、このネコはネコ缶だからそれができなかった。
うちの家族はそのネコのしつこさをわりと流せたから気にしなかったし、僕みたいにナーバスにならずに済んだけど、どうも僕だけがダメだった、ニャーニャー騒がれたらもうお手上げだった、特に問題を抱え神経質になっている時、ぐっすり寝られない夜に枕元でそれをされるともう神経が持たない、たかがネコだけど僕にはかなり神経がすり減った。
前にどこかで見たが、その名前を思い出せない、イギリスのマンガと記憶するけど、いたずらの激しいネコに飼い主が振り回されるお話だった、僕にはリアルすぎて少しも笑えなかった、あれは多分典型的なオスネコの習性だと僕は思う、ネコを飼った経験からするとオスネコはメスネコに対してその傾向が強くどうも僕はそれにストレスを抱えてしまいがち、だからネコをもらう時、メスネコだけをもらうようにしてる、無条件なネコ愛好家からすれば、その考えには違和感を感じるかもしれないが、ボクは避妊手術さえ終えていたらトイレ癖も含めてメスの方がストレスがないと思っている。

3年くらい前に我が家にやって来たチビ(白黒ブチのメスネコ)は、まとわりつく癖がまったくなく付き合いが楽で相性が良い、また子ネコの時から非常に利口だと思った、先住ネコは自分で戸を開けて自由に勝手に出て行く、チビは先住ネコの行動を見てマネをして次々に先住ネコの技を吸収した、かなり利口だと思い行動をつぶさに観察した、ネコがどういう過程で物事を覚えて行くか側で見て観察するのはおもしろかった。
これは人間にも同じことが言えるな、、、と思いながら見ていた、物事を見てさっと吸収する人と、そうじゃない人がいるが、どういう違いがその違いを生むのかそれを観察していたら違いが見えてきた。
どうやら、各個性の好奇心、行動の欲求次第だなと思った、外に出たい、外に出たい、と強い欲求があれば戸の開け方をすぐ覚える、その欲求がなければずーっと覚えない、それが積み重ってアタマが磨かれていく、そこが分かれ道だなって、ネコを観察して学んだ。

今まで15年くらい生活を共にした2匹の先住ネコは双方寿命をまっとうして昨年死んでチビ1匹が残った、一匹だけじゃ寂しいなと思っていた矢先、知人が迷い込んだ子ネコを救済し、引き取り手を探してる情報が飛び込んだのでその子ネコをもらうことにした。
今までネコの多頭飼いについてあまり考えたことがなかった、同じ屋根の下、一緒に暮らせば馴染むだろうと楽観的に考えていたけど、どうもそんな簡単じゃない、それぞれのネコには気性、相性、複雑なものがあるのを飼って見て気がついた。
先住のネコ、チビは戸を開けることをさっと覚えるだけあってアタマがなかなか良く、神経が鋭く、感覚が非常に尖っている、物事に対しいつも神経を張ってるみたい、外に行く時も他所のネコがいないか、十分に見回して「う〜っ」て唸り声を上げて出て行く、もちろん知らない人が来たら一瞬に隠れる、ボクはその感覚が尖ったところ、まとわりつかない性格がこのネコの好きなところだ。
チビは非常に神経質な分、他のネコと無神経に戯れたり気楽に雑魚寝なんかどうやら出来ないみたい、慣れたらできるのかも知れないが、今のとこ新しくやってきた子ネコをそう易々と受け入れたくないようだ、激しく拒否はしないにしても、子ネコがチビ相手に好き勝手に戯れるのはチビには相当鬱陶しいらしく、子ネコが戯れるとさっと家から逃げて、当分は帰ってこない、最近はチビが前みたいに家の中でリラックスして寝転ぶ時間は相当減った。
外出時間が長くなった、朝出たら夜の9時くらいまでずーっと帰ってこないことも珍しくはない、仕方がないからチビがリラックスして寝られる部屋に子ネコが出入りできないよう配慮したり、対策を考えないとダメだなって思っている、多頭飼いはお互い子ネコから始めた方が良いのを痛感した、先住ネコと新参子ネコとは立場が違うから上手く行くか、どうかは、やってみないと分からないことを今回、知った。
子ネコが大きくなってジャレ癖が終わったらお互い多分馴染むとは思うけど、、、、、、。
ちなみに首にネコ探知のカードを付けたけど今のとこ範囲が狭くあまり役には立っていない。

過去作品に再び出会う 

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友人が新しいオフィスに引っ越したことを機に、オフィスに毎月1枚づつの作品をレンタル納品させてもらっています。
毎回お買い上げではお金もかかって現実的じゃない、作品のストックもどんどんたまる、でも僕の作品をオフィスにいろいろ飾ってみたい彼の気持ちと好意を感じたから、僕は彼に提案した、じゃあ月々作品を変えてレンタル納品する、これを1年単位でやったらどう?
これは僕も初の試みでテスト気分、手頃な価格で提案をさせてもらったところ、友人はすぐさま、それ良いね、じゃあ早速やろうと話が即決まった、まずはオフィスに重い額が掛けられるようにしっかりしたビスを打ち込む必要があった、下地が鉄筋なので木造みたいに簡単ではなかったが作業も僕自身が施工した、今のとこ2点納品したがどれも好評で来月アタマに3作目の納品をする。
いろんな作品を毎月カレンダーみたいに入れ替える、月極だから物がどんどん増えるわけじゃなく、僕の作品をいろいろ見せられるし、こう言うカタチで飾ってもらえると僕の作品をより深く感じ入ってもらえるし、これは僕としても非常にありがたい企画だと思う。
作品選びは、自分の作品を再び風通しする機会としても予想してた以上に充実感がある、毎月その時、その時の思いつきでチョイスするのも良いけど、せっかくの良い機会なんだから1年を通して自分の作品世界をどう見せるか、見応えがあるよう、飽きさせないよう慎重に構成して選んでいる、それは結果的に個展と同じことだし、今のところ好評でずーっと続けたいと言ってくれる、ここは冷静に考えて展示しないと後々もったいないことになる。
一度展示が終わって作品は棚の奥に仕舞い込まれ、長く目にしていなかったプリントを久しぶりに引っ張り出して選ぶ、再び額装し直して自分のアトリエにまず掛けて眺める、それだけでも新しい風が心に流れるが、作品はお客さんの場に掛けられて、、さらに一定の額が支払らわれる、これはなかなか良い話だと我ながら思う。
自分の過去作品は一度は封印したが、また額装し直して壁に掛けて眺めう、そして人の場所でもう一度展示される、それはとても意味のあることだって今回よく感じた。でもそれは過去にしっかり作品を撮っていたからできることで、その恩恵を再び味わえる機会を頂いた。
ただ昨今、高級厚手印画紙が以前のように簡単に入手しづらくなった、薬品類も販売を止めたものが多く製薬会社から単薬購入し調合しないと薬品自体がない、また今は印画紙、薬品だって安くはない、手持ち作品だけで構成するならなんとかなるが、新たにプリントするとなると、、、、レンタル代だけではちょっと採算が厳しい、相手もそこは考慮してくれ請求は今後上乗せしても良いよって言ってくれる、多分そうせざるを得ないだろう。
とは言え現実的な話よりも肝心なことは、やはり自分がある時期、持っていた意志、エネルギー、表現力、そのスキルを一点に集中し描いた作品には、自分の世界観、そのエッセンスが作品に密に詰まっていると改めて思う、ひょっとして死ぬ前に一気に書いた遺書より自分がそこで集中した事実、自分がそこに存在した意味と意義が作品には押し込まれ残されているのかも知れない。
そのためにも、年月を置いた時、見る気になれない作品は絶対に撮ってはならない、後々の自分のために、色褪せない思いを押し込んでおくべきだと思う。
どう組み合わせたら描きたい世界観が上手く描けるのか、作った当時には思いつかなかった、考え、手法、色彩表現を今回、新たに表現し直し、実験し直すことだって今はできる、作品作りはお金をつぎ込むばかりと思っていたけど、今回はこんな機会とオマケ収入があったのかと嬉しく思う。
子供の時、家の応接間に掛けられた額に入った写真を見て、いつかはこんな額装した作品、その表現力を持った大人になりたいと思って育った、今はその表現能力を持って良かったなと古い記憶を思い出した。
作品を時間をおいて見直すことは今回レンタル企画を始める前に想像したより遥かに自分再発見を実感した、もしこれが掛けてくれる相手がいない、現実的な収支がないとその責任意識がここまで高くはなれず高い問題意識だってなかなか生まれない、そこに掛けてくれる相手と責任があるから動機が生まれた。