アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

感覚技能の現実の立場8 大量生産 

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今現在、物は大量生産で作られるからいろんな物が手軽に手に入る時代です、それは産業革命からそう云う流れが出来たと云えるでしょう、今日はちょっと読んで退屈でしょうがその話を書きます。
今から30年ちょっと前、話題になったアルビントフラーの第三の波と云う本があります。そこに産業革命について書いてあった事を読んでこれはおもしろい視点だなと思った。
細かい事は忘れたけどだいたいこんな内容だった、例として、針を作る職人が5人います、彼らは1日にだいたい10本くらいの針を作る程度の生産量だった、だから1日5人で50本と云うことです。
これは一人の職人が始まりから終わりまですべての行程を自分でするわけです。ところがこれを5人で各工程を分担して、それぞれがそれぞれの行程に専念し、各工程をそれぞれに分担し流れ作業にしたわけです。
すると5人で1日これまで50本が限度だったのがこれまでの生産量を一気に上回ってしまった、これが流れ作業の始まりなワケです。それでこれまで細々とした小さな鍛冶屋で作られていた物が流れ作業で作られるようになった。
そうしてムダを省きコストダウンして生産性を上げて品物を安く売れるようにした。そして物は工場で作られるようになり生産性を上げるための機械化はどんどん進んだ。
アメリカのフォード(自動車会社)では作業中、持ち場から4歩以上歩いてはならない、と云う決まりまで出て流れ作業はどんどんシステム化されて行った。
以前はひとつひとつの物が職人の手で作られていた時代だった。職人が作っていた時期はそれぞれに人の手とか思いが関わっていたが、今は物はただの物であって工場で流れて作られているだけです。
そこには物にほとんど人の気配が感じられなく無味乾燥とした物になってしまった。どっちが良いとか良くないとかの議論はキリがなくつまらない話題になるのでそれは横に置く。
ただ云える事はそれによってありとあらゆる物事はすべて規格化し物は規格品になって行った。
でも大量生産以前の物事にはまだ人の臭いが感じられたのではと感じます、そしてこの大量生産から出た価値観とか習慣は今の時代の考え方のベースに受け継がれていると思います。
ボクらの住んでる時代の価値観はほとんどはこう云う規格的な考え、マニュアル通りの考えが横行して行き、これがどんどん蔓延って行くわけです。
こうやって人間社会は一個一個の物事をよく見て考えて考えて何かに置き換えて表現すると云う感覚を見失ってしまったと云うことです。
人は大量生産の恩恵に酔いしれ、心まで物質化してしまい、やがて現実的な物質思考と感覚的な非物質思考の違いが見えなくなり、非生産的な感覚機能はますます遠くなった。
人は心を捉えたり心を読み取る感覚、そう云う能力はどんどん見失われてしまう、それは人は掴み取れる価値観、計量可能な価値観、これに心を奪われ掴みどころのない感覚的な考え、非生産的な考え、これらの考えは具体的な生産的な考えからすれば感覚的思考は実態のない価値観でしかない。
でも結局人が生きるとはこのまったく相反し矛盾する概念の綱渡り、この中道の綱渡りを生きる事が人が神様から課せられた課題ではないかと感じます。

感覚技能の現実の立場7 エピファニー体験 

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村上春樹さんは彼のインタビュー本「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」の本の終わり辺りに彼が小説を書き始めるきっかけが書いてありました。それは何だか冗談みたいな話だけどこう云う事です。
神宮球場の外野席で(当時多分外野席は席ではなく芝生だったと思う)ビール飲みながら寝転がってヤクルト広島戦を観戦していた時、外人バッターがパーンと打った瞬間に閃いたそうです。
それまではまったく考えた事がなかったけど、その時に突然、ボクは小説が書けると閃いたそうです、まるで空から羽がひらひらと落ちて来るような、今でもハッキリ覚えているくらい明確な閃きだったそうです。
それを彼はエピファニー体験だったと云っています、でもそう云う事って実は誰だって人生の中で一回くらい体験してるのでは?でも実は体験していてもそれに気がつけないかも知れないとも語っていました。

「実は体験していてもそれに気がつかない」それは確かに云えているとボクも思います、感覚が優れている、優れていない、の分かれ道は実はそこなんではないかとボクは思っています。

実はボクもこれと同じようなエピファニー体験をしています、後で詳しく書きますが、感覚的な事に関心がなければ実は見えていてもそこに何も見えていないでしょう、でもある程度感覚的な事に関心を持っていたらそれが感じ取れる、実は感じる力に人はそんなに大きな差はない気がします。
大きく差が開くのはここだと思うのです、かすかにチラリと見えた物をボクは絶対見逃さないのです、それと自分の感覚に対し以前とは比較にならないくらい今は信頼できるようになったことです。
自分の感覚を信頼しているから、いつも気にかけていて、何かがわずかにでも見えた瞬間、絶対見逃さないわけです。そしてそのことが今は楽しく感じられるようになったと云うことです。
別の言い方をすれば自分自身が自分の感覚とかで遊べるようになったわけです、では自分の感覚を信頼して遊ぶとは具体的にどう云う事かと云えば、あるイメージが自分の中で湧いて来たとします。
次にその湧いて来たイメージに対しもっと敷居を高い条件をつけて自分に投げ返します、そしてそれに対して自分がそれをどう答えてくれるか、自分の中でずーっと答えが出て来るまで待つのです。
でも自分に対しての一定のルールを守れば必ず答えてくれると自分を信頼して自分自身相手に遊べるわけです、ボクはこれが出来るか出来ないかでは表現する者には決定的な違いがあるように思います。

ボク自身も実はエピファニーみたいな体験をしています、それは数年前二十年ぶりくらいに個展の作品を作っていた時、何かが足らない、何かが違うなとうすうす感じていた、でもそこからどうして良いのか見えなかった、でも何か決定的な答えがやって来るような予感が不思議とあった。
それまでの自分は作品を作ることはカタチから入って、そのカタチをなぞって行くばかりだった。そう云うやり方しか他に方法を知らなかった。そのイメージの主な仕入れ先は旅で出会って触発された物がほとんどだった。
自分を触発してくれるような感動的な物に出会えた時はすごい作品が出来て来ます、でも行った場所が悪く感動的な物事に出会えなかったら、ボクは良い作品を作る事が出来なかった。
つまり作品の出来が良いか、良くないかの分かれ道は出会った対象物が良いか良くないかであって、自分のイメージだけで一から積み上げ作品を作って行くなんて考えられなかった。
これがつい数年前までのボクの作品作りだった。今思えばあやふやで未熟で不安定きわまりないどうしようもない作り方だったと思う。
こんな作品の作り方をやっていた時に、このままではどこにも行けないと感じていた時に、you tubeで昔高校生の頃、取り憑かれるように聞いていたフランスのポップスを聞いた時、遥か昔の思いがジーンと甦って来た。
「そうか、この思いを撮れば良いのではと感じ、この感覚を写真に撮って見よう」と思った時をきっかけに何もかもが開かれて行きすべてが変わって行った。
閃きが自分を変えたのではなく、閃きはあくまでもきっかけで、現実を変えたのは自分自身だとは思うけど、それにしてもそう云う何かが降りて来るような閃く瞬間と云うのがあるとボクは思う。
そしてここでさらに云いたいのは人は「仕事だから」これを合い言葉に自分を枠に当てはめます。その枠から大きくハミ出さないように自分を律しきちんと大人としての社会的な役割を果たします。
でもその反面人は多分いくら自分を律して現実的な規則に従順で優れた人になったとしても、やはりそればかりでは生きられず何かを感じる気持ち、神秘的な感覚をキレイに捨て去って生きて行く事はやがては続かないのではないかと思います。
最初に書いたように多くの人が美大受験希望者が殺到するのはそう云う事ではないかと思います。つまり現実的な事ばかりの仕事があまりにも世の中には多すぎてもっと自由な生き方がしたいと云う思いの現れでしょう。
でも現実はそう上手くは行かず最初に書いた通り、自分の感覚を生かせたり、自分の感覚を発揮出来る仕事なんてクリエーティブの仕事ですら、そうやたらにはありません。
そう云う意味ではボクはそれが出来る数少ない幸せな人だとは思うけど、でもここまで来るのにいろんな場所で使い物にならない落ちこぼれ扱いを何度も味わって来ました。

感覚技能の現実の立場6 モチベーションがまったく違う 

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感覚的な人と云えば聞こえは大変良いが感覚的な人は往々にして現実面でズレていたり、現実的には適合が出来ず劣っている人がわりと多いわけです。
ある程度現実的な思考に適合出来る人はある意味で本格的な感覚的な人ではないのかもしれません、要するにそれは器用な人なのです、そう云う器用な人は羨ましい限りですが、だいたいはどっちかに偏ってしまう。
感覚的な人とは、一般に見てる世界、感じる世界が違うから現実的な人からすれば宇宙人的であって、現実的な事が上手く出来ないから周りと歩調が合わせられずみなさんを苦労させてしまいます。
感覚的な人と云えば聞こえが良いけど、現実生活をこれで生きて行くとは世の中の理解も多いとは云えなく結構厳しい物があります。でも以前に比べたらそのステイタスは上がって来たのも事実ですが。

自分の経験では、ボクは家具を仕事で作っていた頃、新しい注文の家具を作る時は、まずその図面をもらい組み立てをイメージします、そして各部材寸法を割り出して必要な材料を切り出して行くわけです。
良い職人は図面を見てさーっと一通り図面を見て必要な部材を割り出し、一度機械の前に立ったらそこですべて必要な材料を切って作業を一回ですべてを終えてしまい次の作業に移って効率よく進んで行きます。
ボクにはこれがどうしてもスムーズに出来なかったのです、何度も機械と作業場の往復をしていました。部材を切っては考えてまた切ってまた考えて、次の部材を割り出す、これを何度も繰り返します。
こう云う計算事にはまったく集中力がなくスムーズにアタマが働かないのです、これを他の職人たちから見たらただの使い物にならないバカなヤツでしかないわけです。実際ボク自身も自分をこれに関してはバカだと思っていました。
別の言い方をすればこれはアスペルガー症候群なのかも知れませんが、とにかくいくら何を云われても出来ない物は出来ないわけですが、これは一般人にとってはこんなことが出来ない事が理解出来ないのです。
ボクらの時代は一般に職人の価値観は、仕事はテキパキと手早くキレイな仕事をする事が重要でオリジナリティーがある、イメージがある、独創性がある、こんなことはたいして重要ではないわけです。

何で何度も往復するような事になっちゃうかと云えばボクの場合は、感覚的な事しかアタマが働かなくモチベーションが来ないわけです、効率性とか図面寸法を採って数字の割り出し作業になるとアタマがスムーズに機能してくれないのです。
別の方向に感覚神経は行ってしまっているのです、だから普通の人にとっては何でもない事がボクらには思うようにアタマが働かない事が多く、常識人からずいぶん首を傾げられてこれまでに笑えないくらい心が傷付いて来ました。
でもボクらには一般の人がどうあがいても見えないモノ感じられない物が感じたり見えているようです、しかしそれはいわゆる何か特殊な物を感じるのとか見えないモノが見えるとかとは違うのです。
特に素晴らしい感性を持って生まれたのではなく元々の能力はみんなとたいして変わりません、ただみんながこっちを見てる時にボクはあっちを一生懸命見てるのだと思います。
みんなと見ているところがどうもまったく違うだけの話なんですが、あれを取ればこれがない、これを取ればあれがない、人生とはそう言う物だと思います。

感覚技能の現実の立場5 感覚世界では常識は通用しない 

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一昨日前、テレビで「風の谷のナウシカ」をやっていた。ちょうどその日は早朝からロケだったら疲れてもう寝始めていたところに、枕元でナウシカの始まりの音楽のピアノの音が哀愁と共に始まった。
これを聴いた瞬間アタマをハンマーで「ガーン」と叩きのめされ目が覚めた。
後でYOU TUBEで何度も聞いて作曲者を調べたらやはり久石譲さんだった。音楽から始まってこの作品はすごい構成で作られている事を感じてしまった。
当然「風の谷のナウシカ」なんて何度も見ている、うちにナウシカのビデオもあるが、ここ昨今ビデオデッキが片付けられていたのでビデオ自体引っ張り出して見たりはしない。
しかしストーリーがものすごい複雑で細かい部分はボクはほとんど分かっていない。詳しい人に云わせればアニメは原作のほんの一部しか描かれていないらしい。でもこの作品の凄味はよく分かる。
まず始まりの音楽の素晴らしさ、ストーリーの背景の奥の深さ、人の描き方、とにかくに何を取っても、まったく良く作られている作品だと心底感心した。

とにかくこれはそこらの凡人がいくら逆立ちしてあがいてもここまでの作品は絶対に出来ない壁がある、それは技術、経験とか云々する以前にここまでの世界観を持った人は滅多にいない。
もしこれくらいの世界観を持った人が仮にいたらその人はもはや凡人でもなんでもない。
ボクも時々写真学校で臨時の講師でトークをするのですが、その時にいつも云う事は技術的な物質的な事なんかんではなく自身の内面性に意識を向けなさいと云う。
ボク自身久しぶりにこの作品を見て強く感じたのはこれくらいの世界観の作品を作らなくては、と云う気持ちで作品に向き合いたいと思った。
世の中に出廻っている写真作品の大半はまず突き抜けた世界観が見えて来ない物が多い、とにかくそんな物ではなく大きな世界観が現れていなければダメだとボクは最近感じ始めた。
そう云う気持ちに最近思うようになった、作品制作にはいつもそんな事ばかり考えながら今年の秋の展覧会に向っている。
これに浸りながら作品に没頭するのは楽しくて仕方がない、これがしたくて生まれて来たような思いがするくらい楽しい。
この楽しさにくらべたら月並みな楽しみなんてもう退屈で仕方がない。ボクの今感じている楽しみは何年も写真を苦しんでやって来てやっと見えて来始めた歓びです。
そう云う云い方はちょっと偉そうでイヤな云い方に聞こえるかも知れないが、でもやはり本当にそうなのです。やっと心の呪縛から開放されたようなまさに心の自由に得た歓びです。
それで常識としては、普通は働き盛りとは30〜40代と云う、感覚は若いうちの方が優れていて年を取ると感動がなくなるとか常識があるけどそれは違うと思う。
ボクの場合は50代になって、いろんなモノの中の本当に大切な事をアタマじゃなく心の奥深くからやっと理解出来て、それが選べられるようになって感覚はやっと自由になって来れた思う。
世の中の常識が通用する領域なんて現実的な世界くらいだけで、少なくとも感覚の世界では常識は何の役にも立たないまったく通用しないとボクは思う。

感覚技能の現実の立場4 幸せな昼食 

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昨日、広告の撮影が終わって東京に戻り新橋のデザイン事務所で画像データーを納品し終わった時がちょうど昼時だった、近くに銀座八丁目の名物料理店”てんぷらの天国”のビルが見えたからそこでビール付きの昼食をすることにした。
天国はテンゴクと読むのではテンクニです、ボクがまだ高校生だった35年くらい前の事、びぎんのマスターに連れて来てもらった思い出の場所です。
話はちょっと長くなるけど、遥か昔、夜間の高校に通っていた頃、名古屋のコーヒー店びぎんでバイトしていた、マスターは店を休んで東京のコーヒーの名店、吉祥寺のもかと銀座のランブルにまで新幹線代を払ってわざわざ連れて来てくれたのです。
マスターはボクたちに余程その両名店が見せたかったのでしょう、銀座のコーヒー店、ランブルに入る前に銀座の八丁目”テンクニ”で昼ご飯をごちそうしてくれました。
テンクニの海老天丼を初めて見た時、その盛りっぷりもさることながら、そのお値段の素晴らしさにビックリしました、たかが天丼に3千円くらいするのです。
この世にそんな天丼の店があること自体がビックリし、2〜3千円払って溢れるような天ぷら丼を食べるのですが店の名店ならではの雰囲気に高校生ながらに「やっぱり銀座は垢抜けてるなと」と、感動して次の名店ランブルに行ってコーヒーを飲みました。

今では新橋にはよく行くのですが、テンクニには久しく行っていません、納品も終えてちょうど昼時に久しぶりにテンクニに行ってたかが天丼に3千円払って昼食を食べました。
天内の雰囲気がやはり今見ても違うのです、どこか優雅で店員さんもどこか時間が止まったような感じがします、多分この店では、たかが天丼に3千円払って食べに来るお客に対する接客教育をしてるのでしょう。
天丼を食べるだけではなくこの優雅な気分を食べに来てるのです、この優雅な気分を食べに来る感覚ってすごく大事なわけです。
云うなればボクにしたらこんな気分を3千円で味わえて安い物だと思う、でも、忙しいビジネスマンのただ昼食を食べるだけの人にしてみたらたかが天丼に3千円はメチャクチャ高いわけです。
感覚的なコニュニケーションとはこう云うことなワケです、コニュニケーションの認識が一定じゃなく共通の認識が必要な現実的な打ち合わせの時には感覚的な会話は話が前に進まず厄介になって来ます。
だから、現実的な事に終止している人からすれば感覚的なコニュニケーションは付き合い切れない気まぐれな物です。でもこれがなければ人は味気ない存在です。
まあ言ってみれば神様はボクらに生きるとは、どっちかに偏るのではなく現実的な物事と非現実的な感覚の間にある矛盾した世界の綱渡りをしなさいとボクらに命じているようなものです。

そして代金を払う時、レジにこの時代にまだマッチがズラリと置いてあるのです。これには感動しました。こんなマッチ箱なんてもう見る事すら出来ない時代です。
この時代タバコを吸うためのマッチ箱なんかではなく、名店”天国”に行った記念のマッチ箱だと思いました、ここの店主がどれだけ粋な方かボクには伝わって来ます。