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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

今と昔、物作りの違い 

今、高倉健さんのインタビュー、周辺の方々の高倉健さんにまつわる思い出を集めた本を読んでいます、 その前は金子國義さんんがお書きになった本を読みました、気がつけば昭和の時代に生きた方々の本ばかり読んでいます。
年寄りみたいに昔はよかった、そんな話がしたいわけではないんですが、やはり振り返って見て、昭和とそれ以降は何がどう違うんだろうか?
大きく変わったのは言わずと知れた、絶対的に世の中が便利になりました、まず交通が圧倒的に便利になりました、関東から九州に行くにも格安飛行機が増えたおかげで手頃な価格で往復できます。
またスマフォが普及したおかげで情報が瞬時に送れます、書き出せばキリがないくらいあらゆるものが便利になったのは言うまでもないです。
高倉健さんの本を読んでいて感じたのは、昭和と昭和以降はやはりパソコンの普及によって明らかに人間の生き方の価値観が大きく変わったと思いました。
昭和は物事が不便であるがゆえに何かを得るには体を動かして結果を得ていたように思います、逆に言えば体を動かさなくては物事の結果は得られない前提で生きていたように思いますが、今は体を動かさなくても便利な世の中になりわずかなことで結果を得られるようになった、そして思考もそうなった感じがします。
高倉健さんが主演した「鉄道員 ぽっぽや」と言う映画制作にまつわる話をその本で読んだ感想ですが、鉄道一筋に生きてきた不器用な男の人生を描いた映画です、家庭内には言葉には出せないいろんな感情を背負いながら、来る日も来る日もローカル線の鉄道と供にある男の人生を描くに台詞は多くは語らない表現に挑んだ気がします。
そんな男の人生、高倉健さんが演じたのは、寒い中で息の吐き方、笛の吹き方、鉄道を見送る後ろ姿、、、、セリフではない役者の仕草一つ一つで不器用な男の人生を描いたわけです、映画制作は高倉健さんの演技力だけに頼らず、録音スタッフは列車の警笛音一つのために北海道の深い山間いのローカル線の駅にまでわざわざ足を伸ばし山間いに響きわたる音を録りに行ってるわけです。
そのように神経を使わないと、列車が鳴らす警笛音にはそんな印象的な響きはないわけです、考えたら、昭和の物作りって、そんなような考え方はすべてとは言わないまでも、ある意味では当たり前だった気がします、考えて見たら僕らもまだ駆け出しだった頃、そんなようなことは普通にやっていて、モノクロのフィルムの現像液は老舗の鰻屋の秘伝のタレに似た感覚で管理していました。
始めは既製薬品から始めます、しかし薬品はそのまま使うより使い古した液の方がコントラストが低下し微妙なトーン表現ができると信じられていて、わざわざ使い古してから本番のフィルムを現像するようにしたり、新液に多少劣化するように僅かに他の薬品を加えたりしていました、実際にコダックでも新液よりランニングした液の方が良い結果が出ると公表していました。
また、印画紙メーカーによって黒の感じが微妙に違っていて、好みの黒を出すためにあらゆる現像液処方を作ってテストを繰り返したり、調色にも調色液の薬品配合率、水希釈率、処理時間を替えるなどして独自の黒を探しました。この時代の物作りとは徹底したアナログ思考だったわけです、ところが今はデジタルになってそんな考えは古い過去の話になったわけです。
もちろんそこにアナログとデジタルでは仕上がりの雰囲気は明らかに違います、でもそれは一部の物好きなファンがそう思うだけです、世の中一般からすれば、そんな価値観ははるか昔の話でしかないわけです、 今デジタルの時代、フォトショップでダイヤル一つでそれに近いものが一瞬で結果が出ます、また世の中のほとんどはその価値観で回転しています。
この時代に昭和思考に頭を戻せとは言いませんが、それはそれで受け入れるしかないんですが、僕が言いたいのは昭和の時代には普通だった感覚が、今そんな価値観は過去の物になって今風の思考回路になっている。
もちろん、今風の若い子達の方がある意味で感覚的だと思います、確かに今は便利な世の中になりました、でも管理社会になった気がします、どっちがいいと議論すること自体どこか愚かしいと思いますが、昭和の物作りは高倉健さんの本を読んで感じるのは不器用ながらに体を張って物作りをしていた、そこに体温やロマンがあった気がします。
早い話が今風の思考は効率的に結果を手にするには話が早いがマクドナルドや吉野家の牛丼みたいになった気はします。

ポカ〜ンとする島 

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今伊豆大島に来ています、新島に行こうとしてたけどボートが新島までは欠航になって、大島なら行けると言われ、大島から新島に行けるし、荷物を持って家に帰るのもシャクだし、、、取り敢えず大島に来た。
僕は旅に行くなら小さな島がわりと多い、国内はなおさら小さな島に行く、だって日本国内もうどこに行ってもさして変わらない、小さいと言う意味は車で1時間もあれば1周できるくらいかそれ以下のサイズがいい。九州とか四国、それは僕にとって本州と変わらず島と呼べない、世の中では都会の流れから落ちこぼれしたような島を離島と呼んでいる。
離島について書こう。
そんな難しい話ではない、要は僕らが住んでいる環境と違って街から海で分断されているから人の流れ、ものの流れが限定的、世の中の普通がここは普通じゃない、例えば今いる伊豆大島は自分の家から見える身近な島、東京都だけどコンビニもなければ、ファミレスもない、車も軽ばかりで少ない、信号機はあるけど、ここは要らないんじゃないかと思う。
こんな島は当然産業がなく収入は少なそう、かつては観光客がなんとかいたみたい、漁業だって盛んじゃなさそう、どうやって生活してるのか疑問だ、これで生きて行けるなら、ここで学べる生き方はたくさんあるかも?ここを見てると都会がどこかアホみたいに見えてくるからたまに来たくなるのかも?
若い子たちはこんな島、何も楽しみがないし出て行きたくなると思うが、今の時代、通販が進化してなんでも買える時代だから、街の魅力がかつてに比べてさらに減少したかもね。
こんな過疎だって、欲しいもの、欲しい情報はネットでなんとかなるから今や離島に住む価値が過去に比べてグンと上がったんじゃないかな?
さて、、、離島にどうして興味があるのか?離島はやはり時間が止まっておもしろい、それに尽きる、ここにいるとポカーンとする、普段からポカーンと暮らしてるけど、ここはもっとポカーンとするからなおおもしろい。
載せた画像は大島ハワイアンーボタニカルガーデンとある、ハワイ風の植物園を開いたが 観光客が呼べず、やって行けなくて閉園したらしい、閉園したけど片付けられない、それで何十年も放置したまま、ウソくさい観光地によくある廃墟のケース、廃墟を探す趣味はないけど自転車で走っていたらたまたま見つけ中に入って探検した。
あまりにも生え放題の雑草の阻まれ探検は終了した。
昨年まで魔法植物園という作品を作っていたから植物園は通い慣れた場所だけど作品が終わってピッタリと行かなくなった、久しぶりに見る植物園はまるで別れた前の彼女に久しぶりに会うようなおかしな気分だった。

シェルブールの雨傘 

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最近、人を撮っています、そのために衣装を探す必要性から外国映画をヒマを見ては見始めました。
前回にも書きましたが、カメラマンは衣装までアタマを悩ます必要は普通はなくスタイリストが衣装を揃えます、僕の作品にスタイリストはいないし、この作品は衣装が写真を大きく左右します、となれば衣装は無関心なわけには行きません、言い方を変えれば今回の作品は衣装が絵作り、撮り方、設定をさせてしまいますから自分でやるしか手はないわけです。
それでふと見た古い映画で、シェルブールの雨傘、これはずいぶん古い映画です、あまり作品作りには直接的に役には立ちそうもないのは分かっていました、過去2〜3回見ていますがたまには良いか、、、、と久しぶりに見ました。
まだ十代の半ばにフランス語を勉強してたころ、今みたいにビデオもyou tubeもない時代、フランス語世界に触れたければフランス映画を見に行くしかなかった時代、フランス映画と聞けばなんだろうがとにかく見に行っていた頃に見ました、久しぶりに見た感想を書きます。
まず、当然みんなが知っての通り(知らない人もいますよね)この映画は始まりから終わりまでセリフはすべて歌で始まり歌で終わります。郵便局員が手紙を渡すシーンまで歌、ここまで徹するとなんだか可笑しな気がします。
また映像の細部をよく注視しているとインテリアや部屋の壁紙とかお店の看板、その色彩など、何から何までが大袈裟に作られています、こんな世界は現実にはないだろうな、、、、って思いながら見ていましたが、監督の意図は非現実的な世界観を敢えて描いているのがなんとなく分かります。
またあらゆる雑貨も自転車も着てる服にしても個性的で見ていて楽しい。多分監督が意図してデザイン的なものを選んでいるのか見ていて楽しい、この時代日本はあらゆる物事が辛気臭く、バタ臭く、貧乏臭い時代でした、僕がフランス世界に憧れ、この世界の中に入って行きたいと、フランス語を勉強し始めたのは我ながら納得できた。
それとちょっとキザな話ですがこの映画はフランス語を少々齧ったことがある人なら共感してくれると思うんですが、セリフすべてが歌で会話のように早口じゃなく一つ一つマッタリと間伸びしながら歌いながら話すので、言い回しがよく聞こえます。あまりにも聞き取りやすく「あれ?僕はこんなにフランス語力があったけ?」と魔法にかかった気分になります。
僕は日常で英語を頻繁に勉強しています、英語の方がフランス語より遥かに使い手のある言葉です、英語の方がボキャブラリー数は遥かにあるはずですが、映画を見てこのフランス語の方が聞き取れました、こんな体験をしたのは初めてなくらい、逆に英語はこんなにも勉強していても、、、、、映画はあまり聞き取れず、日々の勉強がなんの役にも立たない現実に悲しくなるばかりです。
フランス語は日本人の耳には聞き取りやすい音の並びなんですが、英語は音と音の間に切れがないので本当に聞き取りにくいし、英語は口語ではあまりにもいろんな言い方があるみたいで、初歩のつまらない言い回しでも聞き取れないことが多い。
この監督の映画をもっと見たくなりました。

服を自分で考えるハメになったけど楽しい。 

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昨年、作品 魔法植物園をやっとまとめ、さて次は何をしようかと考えた、今の僕には作品撮りは大事な遊びです。
事情はなんであれ、もうそろそろ人物をやらなくてはならない時期が来てるな、、、、、と人物作品を始めました。
前にも書いたとおり植物なら自分の都合だけで人との関係がなくても作品作りは成立しますが、人物作品はそうは行きません、モデルさん、ヘアーさん、人の助けが必要です、そこに人脈がないとどうしてもスムーズに行きません、それに衣装を揃えることも問題です、前に撮っていたときはスタイリストなし、自分で探したり、レンタルしたり、モデルさんの自前服をお願いしたりで凌いでいましたが、やはり限界があります、イメージに合った服をモデルさんが持っていないことの方が圧倒的に多いです。
以前の作品作りではイメージに合ったモデルさんさえ見つかれば、服なんかはどうにでもなるくらいに見ていたけど、今はそう考えません、服がすべてです、服が物語や色彩やコンセプトを作ります、服さえしっかりすれば服そのものがやるべきことを教えてくれます、服が決まれば半分出来たようなものです、服が撮影の雰囲気を作るしモデルの動きだって服次第で決まります、服が物語りを作ってしまうし服は想像以上に強い力を持っています、それくらいパワーのある服を揃えなかったら、その撮影は上手く行かないと今は思っています。
今回そこに気がつきました、服が決まったら、それを上手く着こなせるモデルを探す、仮にモデルが先に見つかったなら、それに合った服を見つけなくてはならない、服を甘く見ると撮影はそこでダメにしているも同然と今は思います。
今まで魔法植物園をやっていた時、植物を撮るとは光と色彩の表現です、花の色と葉の色または背景の色、これらの色彩の組み合わせです、その配色が素晴らしい植物を探すのが魔法植物園の仕事でした、女子を撮るとは魔法植物園と同じ考えです、植物をずーっと撮って鍛えた色彩感性はそのまま衣装の色彩と背景の色彩の組み合わせセンスに生かされます。
さて、その服をどうやって探し当てるかですが、どうも今の時代の一般服は僕のイメージ感性にはフィットせず、古い服をネットで探すか、一から作ってもらっています、肝心なのは布は自分でイメージに合った布に拘ります、これを人に任せっきりにしちゃうとエラい目に合います、イメージに合わない色の服で撮って下さいと言われたって、これはどうにもなりません、まず候補となる布サンプルを買って本番と同じ条件で色テストをします、イメージ通りの色彩かどうか確認して、それを縫い子さんに渡して作ってもらいます。
自分で服をお願いするのはそうカンタンではなくお願い慣れしなくてはなりません、作り手とのコミニュケーションは重要で、何度もやり取りを重ねても出来たものが完璧ではありません、また自分のイメージに合った布もカンタンには見つけられません、今回、赤い服をお願いしましたが、布の発色とツヤにこだわりました、できればサテンのような光沢が欲しかったけど希望通りの布がないのでベッチンで作ってもらいました。
その布地の色から背景色と濃度が決まります、当初はグレーと思っていたけど、土壇場でネイビーブルー(紺)にイメージが変わり、それに合った紙バックを取り寄せました、でも届いた現物の色を見て愕然としました、服と背景色を合わせたら、やはりまったくマト違いな色彩の組み合わせになった。やはり撮影前に慎重にテストをしなくてはなりません。
僕は今風の服はまったく好きになれず、僕らが若かった70〜80年代の服か、もっと昔の服にばかり興味が行く、そんなわけでどこかでデザインを見つけるか、自分で考えるか、それを縫い子さんに布地と一緒に渡して作ってもらう。
服を作ってもらうのは既成服を買うよりはるかに高い、ましてヤフオクで古い服を探すなんてタダ同然に思えるくらいお金がかかる、また服のデザインにもアンテナを張っていなくてはならない、だからヒントとして昔を舞台にしたオシャレな映画を見ている、今までとは映画を見る視点がガラッと変わった。
取り止めのない話になったけど、要は植物写真から人物写真になって、服をなんとかしなくてはならない問題から自分で女子のオールドファッションを勉強して、自分で指示して作ってもらい、デザイン情報探しのために映画を頻繁に見るようになった、そのきっかけを服の必要性が作ってくれた、今まであまり目を向けなかったこと、考えなかったことを真剣に考えるきっかけを人物作品が作ってくれた。
今まで使わなかった感覚を全開させることがお金はかかるけどとても面白い。そもそも作品を作るとは、それで何かに繋がって利益が出れば理想だけど、遊びとして楽しいし、感覚を鍛えられるし、お金をかけても面白いから遊びとしてやっている。
逆にお金にならない理由からやらなくなったら、感覚は間違いなく枯れると思います。

せめてプライベート写真は自由になりたい 

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広告写真とは文字の通り商品を広告するための写真です、写真があって広告があるのではなく広告があって写真があるわけで、その広告制作報酬として一般人感覚からすれば高額なギャラがもらえます。
しかし広告写真はある部分で極度な神経が求められる仕事でもあります、その細かい神経を長くやっていると職業病のような思考グセが知らぬ間に身に付き常習化します。
木を見て森を見ず、重箱の隅を突く、これらが意味するのは、一本一本の木の細部は見ても森全体は見えていない、真ん中にある肝心なことが見えていないけど隅っこばかり突いている。
僕は助手時代からこの神経質なあり方に疑問を感じていた、この神経質なあり方はどうしても受け入れられなく、これはある種の精神的障害だなってずーっと疑問に感じていた。
決められたこと、約束されたことはソツなくきちんと出来るけど、自由にモノを考える力を失わせ、表現力をガンガラ絞めにするばかり、要するに自由表現とは真逆の方向に向かわせるとしか思えない、しかしこの職業病を振り払うのは、そう簡単なことじゃない、自分も含め多くの広告写真家は、この業界で生きるにはこの洗脳はどうしても避けられない、そんな感じがします。

フランスの女性写真家、サラムーンは自身の作品でその辺を嘲笑うようにやりたい放題、メチャクチャ、自由闊達な作品を発表しています、パッと見た感じではこんなのアリか?繊細とは真逆な表現ですが、どうしてどうして、、、作品世界観は素晴らしく緻密です、初めて見た時、かなりショックでした。

写真のように背景に布を張る時、シワが出ないように注意して張ります、また布と床の合わせはぐしゃぐしゃにならないよう神経を使って整えます、また右端の下に白壁が出ています、仕事の撮影ならまずNGですから、通常はよく注意して布を張ります。でもこの時はもっと大雑把に自由にしたかった。
僕が助手として最初に就いた時のカメラマンはそれについて異常なくらい神経質でした、口癖は「その辺が無神経なのはダメだ、それが気にならないようでは広告カメラマンとして失格だ」でした、助手として思ったのは、言ってることはまあ正論だけど、それで写真がつまらなかったら意味ないじゃん?と、その考え方に疑問を感じていました。
それから35年以上経って、その概念、価値観、考えについて今も答えは出ていないです、またほとんどの広告カメラマンがこれを患い、これは職業病のようなものだなって思います、正直、これを書く僕ですらやられているので作品を撮る時は思い切って意図して大胆さを心がけています。
大体、多少その方がものが見えます、物事に柔軟性が出て写真は自由になって勢いが出ます。ただし広告の撮影となるとそう簡単には行きません、やはりそこはスポンサーあっての広告です、直感的な感性より現実的な考えが求められます。
時々広告写真家が撮る作品展示を見ると、スキル、仕上がり、カタチはビシッとしているが、、、作品はなんだか面白くないのが多いです、隅々までルーペでアラ探しをしても、文句の言いようがないくらいビシッとキレイな仕上がり、高いスキルに驚くばかりですが心が動かないのが多いです。
マト外れな繊細さは写真をつまらなくさせ、勢いを損なう、でも撮ってる側はあまり気にならないのか、それで良いと思っているのか、分かってはいるけど、、、、、どうにもならないのか、よく分からない。
僕はプライベートの作品を作る場合、その職業病との戦いです、今回は特に神経を尖らせています、細部のことなんか少々大雑把だろうが、ツマラナイ繊細さをバッサリ捨てる、そこに神経を尖らせています。
でもその考えには危険性は確かにあります、時にしてドカーンと致命的な失敗に繋がりかねないことは確かにあります、だから多くの広告写真家はそこら辺は慎重なんだなって思う。
でも僕はプライベート作品くらいはぶち壊したいなって思う。