アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

モネ作品の解釈指南 

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(このモネ画像はネット拝借しました。)
昨日モネのウォータールー橋について少し書きました、僕がここで何度も書いてる階調、質感、光、湿度をどう捉え、組み合わせて作品を作るのか、この概念獲得は難しく目が育っていない人には理解が難しいのは仕方がありません、初めて口にするビールみたいなもので口が慣れるにしたがって苦味は美味さに変わって行くようなものです、まずは慣れるしかないんです。
今日はモネ作品を通してモネの睡蓮をどう見るべきかの見方指南します、そしてそれが少しでも理解ができて写真に置き換えられたら写真を捉える目は少しは前に進むと思います。でもこれはあくまでも僕自身の感性と世界観から見たモネ感です、モネ解釈の権威から見てどうなのか僕自身なんの保証もできないことを前提に書きます。
僕は始めからモネ好きでが理解できていたわけではないんです、始めはどうして池に浮かぶただの睡蓮の絵がここまで評価されるのか、さっぱり理由は分からなかったです。でもやはり世の中で評価されるには根拠があるから評価されるんだろう、、、そこはきちんと理解したい、それで絵画鑑賞を集中的にした時期がありました。
国立近代美術館で著名な画家展があれば何度も通いました、通い詰めて思ったのは毎回同じ視点で見たところで見え方は変わらず進歩がないのが徐々に分かり始めました、鑑賞するばかりではなく作家人生を知ることを始めました。
どんな人生だったのか、お金に苦労したのか、作家人生にどんな挫折があったのか、どう越えたのか、絵画以外には何に興味があったのか、絵を見るだけではなく違う角度から作家を見ることを始め、美術館で作品を見るときは作品の制作年号と作風と作家年譜を見て作風が変わった時期に何があったのか意識し始めました。
絵を見るとはさっと見て感じて終わることもありますが、絵と時間をかけて向き合って、それについて考え、分析し、洞察しそれでやっと見えて来る世界があることもそのころ知りました。むしろ歴史に残る芸術作品はそれくらいの鑑賞にエネルギーを使ってやっと見えてくるもので、絵を見るスタンスが体で理解でき始めたころ、自分の好きな絵なら理屈抜きに自然にすーっと入って来るようになりました。
絵を見る、写真を見る、感覚を駆使する行為で一番重要なことは、すべては自分の目で見て判断し、自分のアタマで考え判断する、誰が何を言おうが自分はどう見たのかが重要です、これはどんな状況に立っても自分は自分として自分を見失わない心を自立させておくことが僕の考えです。

この絵から感じる見どころは絵全体に漂うこの空気と色彩と空間に心が惹かれました、空気と書いていますが厳密には水面の質感でしょうか、水面中央は睡蓮がない空白ですが、そこに映ったもやもや写り込みの空間と周辺の睡蓮の絡み、その空間に惹かれました。
この作品は具体的に「ここがきれい」と指せる場面はなく、全体の空間を見るべきです、この空間美を写真で描くことを僕は一貫して説明しているわけです、これを写真とか絵画で描くには空間表現のバランス感覚を身に付けるしか手はありませんがなかなか自由に描けるまでに時間がかかります。
オリジナル作品はまだ見ていないので具体的細かいことは何も言えません、本当はもっと透き通った色彩なのかも知れませんし、これがほぼオリジナルに近いのかも知れません、水面中央のモヤモヤは絵の向こう側に大きな柳の木が水面に映っているか、水面下の水草か、そのどちらかだと思います。実際に庭の池周辺に大きな柳や木々が配置されています。モネはそれら大きな木々は水面の写り込み素材として計算して植えています。
モネのどの睡蓮作品もそうですが周辺の木々や空の質感の鏡景効果を上手く取り込んでいます、鏡景とは文字のごとく水面が鏡の役割をし水面に映る空とか雲とか池周囲の木々、この映り込みと睡蓮をうまく絡み合わせて絵を構成していて、非常にカメラ的目線をモネに感じます。
睡蓮は隙間なくびっしり埋まっているわけではなくポツンポツンと植え込まれています、始めはそこに気がつきませんでしたが日本で睡蓮の名所で写真を撮ってもこんな感じには写りません、池は睡蓮の葉で隙間なくびっしり埋め尽くされ、それが意外にも美しくありません。睡蓮はほどほどに植えてある方が効果的なのを日本で感じました、あの時代フランスに睡蓮の球根はなくモネは苦労して取り寄せたと聞いています。
モネは睡蓮を描いているようですが実は睡蓮は主役ではなく間違いなく空間が主役と見た方が妥当でしょう、空と雲と周辺の写り込みと睡蓮が絡み合った色彩と光の質感の空間を見るべきだと僕は思います。このように作家についてより深く知ることで、その作品の鑑賞目線は変わり見るポイントが深く洞察力が高くまります。

目線が一皮剝ける(2) 

昨日書いた話を読み返し分かりにくくもう少し加筆修正したいと思います。
写真表現はいろんな捉え方があると思いますが意外に見落とされているのが質感と階調の絡み合わせた表現です、これは手ほどきを受けないで独学マスターは非常に難しいのか、アマチュアでこれを上手く使いこなしてる人はほとんど皆無です。
みんなが好んで撮る海、お寺の花の写真、大半は記号を捉えるばかりで、その場の質感、湿気、空気、時間、それらの気配を上手く捉えて表現する人はいない、目に見えるカタチばかりで肝心な場の気配は捉えられておらず、それらを見るたびになんとも言いようがない思いになります。

あちこち海外を旅をしてると気温と湿度が心への影響に相当敏感になります、その影響は想像以上に大きく、これは写真にとっても例外ではなく重要な表現要素です、これに目を向けないで放って置くのはもったいないとしか言いようがないことです。
アメリカ西海岸に行くたびに最初に感じるのは日差しの強さとカラッとした青い空は叩けばカーンと乾いた音がする気がします、それが僕のアメリカ西海岸の印象ですが、逆に台湾は気温が高いせいか湿度が高いことを感じます、また毎回、雨のシーズンを狙って行くせいか台湾の印象はジメジメ湿気の土地の印象があります、実際ずいぶん前、台湾の湿気をふんだんに描いた作品があります。
またスコットランドのエジンバラもズシリと湿気を含んだグレー一色の街の風景が僕の印象には強く、そこは逃げ道のない重苦しいグレー風景が印象的です、また南フランスはパリにくらべカラッとした明るい印象があり、湿度や気温がわずかに違うだけで人間の気質や服装までカラフルに変えてしまいます、それはゴッホも弟テオへの手紙にアルルをそう綴っています、つまり土地の印象と湿気と気温はとても深い関係があり、それが写真に映らないわけがないしそれに目が向かないのが不思議でしかない。
日本はサクラの国の印象が世界にありますがそれについて少し考えて欲しいんですが、日本の桜が本当に美しいのか、どうなのか?です、日本の桜品種はたしかに美しい、これについては否定はしないけど僕はこう考えます、日本の湿気を含んだしっとりした風景で見る桜風景だから美しいんであって日本の品種がとびきり美しいのではない、それは緑のない冬の黒い木々の風景に忽然とうっすら桜色がいっせいに満開になる風景が美しいと解釈したほうが妥当だと思います。
日本の桜をそのままアメリカ西海岸に持って行って同じ桜が見られるかと言えば答えは絶対にノーです。物事が美しく見えるのはその個体だけを切り離して見られるんではなく、光と湿度とその場の風景環境の絡みが美しく見せる、その条件の組み合わせに秘密があるのです。

僕はワークショップで光コントーロールで写真表現のあり方をレクチャーしましたが、この光の階調表現と湿気表現と色彩表現は重要な三角関係が潜んでいて、そのバランスが写真を美しく見せます、これは音楽でいえば和音、ハーモニーが美しい音を作ることと同じ原理です、思うのはこの世のすべての美意識は単体で存在するのでなく複合体の絡みがそうさせる、これが絶対法則だと思います、この原理を深く理解し自由に使いこなせたら写真の感情表現力には必ず大変革が起きます。
モネは睡蓮があまりにも有名ですが、隠れた傑作にロンドンのテムズ川のウォータールー橋があります、このシリーズは20点以上はありますがその作品の多くは霧風景で描かれています、(ネット検索すれば出ます)モネはここに挙げた三角関係をわかりやすく駆使し表現した画家だと思います、光と湿気が絵画表現にどれくらい大きく影響するのかモネほどそれを追求した画家は他に知らない。
ここで少し考えて欲しいのは、モネは知っての通りフランス人です、パリから60キロくらい離れたジュベルニーに住んでいました、ジュベルニーからロンドンまであの当時、結構遠い道のりでした、しかも当時すべて鉄道で行けたのかすら確かではありません、さらに途中ドーバー海峡を渡ります、着くまでにどんなに急いでも2〜3日はかかったはずです。
しかも行くたびに毎日必ず霧があったとも思えません、いくら霧のロンドンとはいえ毎日が霧ではないんです、霧が出るまで何日も待ったことだってあったはずです、つまりモネはわざわざ霧を狙ってロンドンまで通っていたんです、しかも作品点数は20点以上が残っています、ひょっとしたら表に出ていない作品はもっとあるのかも知れない、となると相当強い意志でロンドンまで何度も通っていたことが想像できます。
意外に知られていないモネの一面です、さらに睡蓮の世界観とは違った世界観です、どうしてそんな遠くまでわざわざ何度も何度も出かけてテムズ川を描き続けたのか疑問ですが、ここに書いた通りモネは湿気と色彩と光の表現に相当な好奇心と可能性を見ていたからだと僕は思います。モネ作品から感じるのは肉眼では見えない質感と光世界を見て描いていたと僕は思うんです。
問題はカメラならそれは映ってしまうんですが、絵画は描くしかないわけですが、モネはとてもカメラに近い目線を持っていたように感じます。話を昨日の話題に戻します、ここまで書けば徐々に分かったかも知れませんが、ここからが重要なポイントです。
カギは光を上手く取り込めさえすればきれいな写真が撮れるんでものでもないんです、光と質感と湿気の諸条件をうまく取り込み、上手く組み合わせ、光と質感と湿度のハーモニーが成立し視覚の化学反応がカメラの中で生じます、それが写真に上手く映って気配が映るわけです、逆にその化学反応を上手くカメラの中で化学反応を起せなければ何も映せないということです、もしその気配を写真に写し込みたいなら、表現の三角関係の化学反応を使いこなるしかないわけです。
これらの三角関係は直接肉眼で見えるわけではありません、心の目を駆使し、精神的表現世界の引き出し心に作らないと多分見えないと思います、つまりどこかマジックに似たものかも知れないです、昨日登場した友人はどうやらそのマジックに気がつき始めたのかも知れないです。

目線が一皮剝ける 

最近、僕がずーっと写真を教えて来た友人の写真が一皮剥けたな、と思いました、これまで彼と一緒にいろんなところにも行き、僕が物を捉える一瞬を彼は横で見たと思います、最近は行動を共にすることがなくなりましたが、最近彼の写真に変化を感じました。
一体彼にどんなきっかけがあったのはか知らないけどFBで見る限り一皮剥けたことを感じました、薄い一皮ですが、意識としてはすごく厚い一皮だったと思います、本人にその自覚があるか、どうかは知らないけど、多分対象物の捉え方とか、物の見方、絵の構成、その意識は以前とは変ったと思います。
それは泳げなかった人が泳げるようになった、自転車に乗れなかった人が乗れるようになった、今まで知らなかった感覚を使って写真を撮ることを知った境地でしょう、こればかりは体験しないことにはいくら説明しても伝わらないと思います。
僕がこれまでワークショップでこれを教えたかったんですが、何度かやって自分が思うほどこれが伝わらない現実を知りました、光とトーンの扱い方で写真表現をする、目で物を見るのではなく感覚の目を使う、描くとは心の表現感覚をもっと活用する、アタマで物を捉えようとしても物は遠のくばかり、でも考えてみればこれは知らない人にしてみれば未知の概念です、その概念をたった2日間で教え意識を変えること自体、土台無理なのかも知れません。
これは薄々生まれつき知っている人もパラパラいる気もするんですが使いこなしている人に出会わないと多分いつまでも分からないんではないかな、、、、と僕は思います、写真をプロでやってる人でもこれを知らない人は多くこれが深く理解できれば必ずレベルが上がると思います。

でも問題はここが終着点ではないんです、ある程度、写真にハイレベルな上がりを求めるなら、これが分かるのは当たり前でまだスキルです、逆にここが理解できたなら、気持ちの状態の如何にかかわらずいつだって自由に使えるわけで僕は広告撮影ではこのスキル一本で食べているようなものです。
作品作りの醍醐味っていうのはここからなんで、ここからはスキルではなく感覚世界に入ります、このスキルばかり頼って写真を撮っていたところで写真はつまらないものになってしまいます、それでここからその先の描き方についての四方山話をします。
昨年末、友人と一緒にある大物ミュージシャンのライブに行きました、僕は付き合い程度で行ったんですが、友人はそのミュージシャンが根っから好きで彼の青春時代はその音楽一色だったから、彼はライブ会場でその音楽を聴いた瞬間から心は時空を超え青春時代にスリップしてたわけです、でも僕はそれにまつわる思い出にまったく縁がありません、彼と僕は同じライブ会場にいても感じることの差は埋めがたいものがあって当然で意識共有なんかできるわけがないわけです。
人の心を捉える写真のカギはここにあります、つまり捉えるモチーフと自分の関係性がどこまで強いか、そこがカギです、モチーフと自分の心に繋がり(実体)があれば、それは間違いなく写真に表出します、特にこれといったものがなければそれしか写りません、モチーフと自分の関係に実体はなく、ただ単に記号で撮った作品なら記号しか写らないはずです、それでいい写真を撮るのはそもそも無理な話だと思います。
記号で撮ることとは、湘南の海を撮るとか、アジサイの季節だからとか、夕日の時間帯とか、それを撮るきっかけはそpれになんらかの動機があって撮るんではなく、記号から入って撮っているわけです、捕り方さえ心得ていればそこそこには写りますが、その先、どこにもい行けないわけです、これは年月を重ねたから上手くなるとかではなく、そういうきっかけで撮っても人の心を捉える写真が延々に映るはずがない、まずその当たり前の原理が理解されていない。
自分が何をモチーフに作品展開するか、じっくり自分の心が何に惹かれるのか自分と向き合い、自分は何をどうしたいのか、すべては自分から引き出すしかないわけです、そうなればまずモチーフ集め、モチーフの選択にどれだけ問題意識が高いか、そこが理解されていればそこから始まる筈です。
僕は昔からスピリチュアルな魔法世界が好きでした、魔法にまつわるおとぎ話や神話が好きでした、中身の深い魔法話はゾクゾクしてきました、ゲド戦記が好きでした、ハーメルンの笛吹き男も好きでした、年を取っても相変わらず、この手の魔法は好きです、じゃあ、いっそのこと魔法植物園を自分で作ってしまえって始めたのが魔法植物園というテーマですが、今後どう魔法をかけたらこの作品はゾクゾクするのか今思考中です。
話を始めに戻します、話はあらぬ方向に行ったようですが少しもズレていません、問題は先に書いたように友人が一皮剥けた、写真目線とその捉え方をなんとか出来て自由に捉えられるまでなった、さて、、、それが出来てやっとなんとか今ここに書いた自分の感情表現ができるんです、もしそれすらできなかったら、多分何をしようが、ずーっとカタチを撮るだけで終わると思いますが、それではどこにも行けないはずです。

イメージの効果 

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毎週、週末にはデザインオフィスにコーヒーを焙煎して送っていてこれは毎週末の日課です、気がつくとかれこれ5年以上はデザインオフィス用のコーヒー豆焙煎を続けています、もともとコーヒーをビジネスにする考えはさらさらなく始めは断ったんですが、半年後に、高めでも良いからやっぱり送って欲しい、と言われて、そこまで言ってくれるなら送るか、、、と始めました。
豆の発送は至って素っ気なく焙煎したコーヒー豆をビニール袋に200gを一個単位にして、それを数袋ダンボール箱に納め梱包するだけです、焙煎さえ手を抜かなければ、まあ見た目は良いんじゃない?って考えでずーっと送って来ました、でも飾りっ気のない茶色のダンボール箱を見るとやはり何か気になっていた。
その後、家内がギャラリーでカップとコーヒー豆を試しに売ってみたいからと可愛らしい包装袋とシールを作って販売しました、それ以来僕がデザインオフィスに納品する焙煎コーヒー豆とダンボール箱にはすべてこのシールが貼られるようになりました、不思議なものでたったこんなシールが袋と箱に貼られるだけで印象がガラッと変わるものです。
何も貼っていない箱なら中に何が入ってるのか得体が知れない「ただの箱」でしかない、それがわずかこんなシールが貼られただけでファンシーな気分がさーっと出ます。

キャラクターとかグラフィックデザインは本当に大事なのはもちろん分かってはいても、僕はデザイナーじゃないしイラストレーターでもないからどこかで怠慢になってた、せっかく感覚的な目を持ってるんだから、もう少し包装に夢を注いでも良いかなって気がしていた。
あらためて思うのは、例えばお店なんかまさにそうなんですが、店のデザインがダサかったり、雑然としてたら、その店の印象はそのまま営業に反映する、身なりだってそう、デザインのダサい服、おっさんぽい服、おばさんぽい服を着ていたらやはりその印象で見られるのは必至です。
だからと言って、あまり派手にデザインされすぎな服ばかり着てるのも、ちょっとなんだし、、、ちょっとお洒落な服をさらっと着る程度が一番カッコ良くて素敵だな、、、と僕は思う。

先日の新幹線事件について思うこと(2) 

昨日の記事について少し加筆したいと思います。
この話題には嫌悪感、反感、僕の考えに違和感を感じる方もいるかも知れない、そういう方はパスしてくださいませ。
これは何かで読んだ話ですが、親鸞聖人の弟子で唯円と名乗る方がいました、親鸞と唯円のやり取りが面白くその一つにこんな話があります。
ある日、唯円は親鸞にこう切り出しました、「私にはとても人を殺めることなどできません」と親鸞に言うと親鸞は唯円にこう諭した、「もしお前がこれからも人を殺めなかったならば、それはお前の心が清らかだからではない、お前は人を殺める縁にただ出会わなかっただけの話だ、もしお前もその縁に出会ったならお前だって人を殺めてしまうかも知れないぞ、」
この言葉は重い言葉です、親鸞は唯円に、罪を犯すとは誰だってしたくてするんではなく、それをせざるを得ない立場に追い込まれ、止むに止まれずするんだと親鸞は唯円に諭しています。
これは親鸞と弟子とのやり取りで時代を超えて残っていますが、僕には当たり前の話にも聞こえます、人とは生まれた環境や出会った人によって、その人の人生は左右されると僕は思います、むしろ人の意思力なんて環境や出会いの影響力に比べたら、些細なものでしかない気さえします。多分それなりの結果が残せた人とはそれなりの環境とその縁になった人が身近にいたから出来たんじゃないかと思います。
もちろん、自分の意思で環境や出会いを引き寄せることもできますが、幼少期の家庭環境とか先天的に、親から流れ込んだ体質とか因果は本人にはどうすることもできず運命に翻弄されるしかないことだってあると思います。
僕自身、まだ若く自分の才能や不足を自分ではどうすることもできなかったころ、本当に世の中にあるものはほとんどはうんざり疲弊させられるものばかりで、どんな仕事をしようが自分とはかみ合わず、自分に居場所がなく、そんな条件を生まれつき背負い、手も足も出なかったことがありました。
あの新幹線で誰でもよかったから、と人を殺害してしまった小島容疑者の置かれた立場は記事で読んだ限りではかなり条件は悪く父親との関係が極めて疎遠だった、精神的に相当に追い詰められていたんだなと胸が痛む思いでこの事件を見ています。