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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

今回の台風は大きい、これはまさに温暖化の影響だと思う。 

 2019

先日、国連で環境保護活動をしているスウェーデンの女子が怒りをぶちまけるように演説して話題になった、彼女はなんと16歳で大人たちを相手に堂々と演説したのだから時代も変わったものだと思った。
彼女の演説の内容は地球はあなたたちによってこんなに環境を破壊し尽くされた、私たちはあなたちがダメにしたこの環境で生きていかなくてはならない、でもあなた方はこの後に及んでまだお金儲けのおとぎ話をやめない、もういいかんげんにして欲しい、という意味の演説だった。
その後、彼女はそこら辺りから無用な批判、中傷もたくさん受けたようだけど、まあ拍手もあれば無用な中傷だって受けるのは覚悟の上で演説しんだろうと思う、でもそれを16歳の女子がその行動をしたんだからすごいものだと思う、もちろん背後には間違いなく場を用意し後押しをした大人たちは必ずいたはずだと思う。

さて話は変わり、やはり環境は破壊され地球は温暖化したのは明らかな気がする、僕は海辺に住んで16年くらい経つがやはり巨大な台風その頻度をひしひしと実感する、そして今回の台風19号だけど、だいたい数年前からこんなのがまともに直撃されたらとんでもないって感じてはいたが、今回はその最たるクラスと自覚している。
台風の度に毎回、その進路をじーっと注視しているが、今回もまだ熱帯低気圧の頃から、嫌な予感がしながらその動向を見ていた、そして注視すればするほど嫌な予感がだんだん的中し始め、まさにホールインワンのごとく鎌倉あたりに接近していいるし、前回、被害の大きかった15号とほぼ同じようなコース、千葉の房総南部を通過しそうだ、ここでピタリと同じコースを通ると何か磁石みたいなモノでも作用しているじゃないかと思うほど似ている。
2年くらい前に台風被害に備えて災害保険に10年分まとめて入った、そうじゃないとここに暮らすのは気が気じゃない。
それでもう一つ書きたいのは、今日から僕は海外に出る、この時期を選んだのはもっと早めの8〜9月に出たいんだけど、台風が多いシーズンなのでわざわざ10月に遅らせたのに、まさかドンピシャでハマってしまった、これより遅く出るとアイルランドはぐんと気温が落ちるし、来年の仕事の動きも出始めるから今のうちに出ないと行く時を見失う。
しかし、まあ、、、よくまあよりによってとんでもない時に台風が来る、あと1日遅れていたら完全に飛行機は飛ばず出国ができなくなったとこだった。もし自分がこれをわざわざ狙っていたなら僕はとんでもない有能な予言者になってしまう。
正直なところ、こんな時期に家族を残して出るのは、相当気が引けた、ここまで怪しいコースを通るなら時期を延長しようかと思ったけど、その後のフライトは当分空きがないのも調べた、でも考え方を変えたらこの時だけここに残った家内は別場所に避難すれば身の安全は確保できる、家だって保険に加入しているし、冷静になれば、僕がここにいたところで来るものは来る、まあそんなに深刻になりすぎる必要はそんなにない、家内もここにいたところでどってこともないわけだし、せっかく予約したんだから行ったら?と背中を押してくれたしここは予定通り行くことにした。
でも今回はさすがに今まで外したことがないウッドデッキの板を何枚か外しデッキがめくれ上がらないように処置したり、窓という窓には板を張ったり考えられる処置はした。

家族写真を撮らせてもらって感じたこと 

昨年、秋、母が93歳で亡くなった、特にこれと言った面倒なことはなく遺産相続とか形見分けもない。
僕が育った名古屋の実家は兄貴が引き継ぐことになった、もう母もいなくなって正直な話、名古屋には友人がたくさんいるわけでもないし、これと言った用がなければ名古屋には足を運ぶこともなくどんどん疎遠になりそうな気がする。
母の死を機に実家のアルバム、取り分け僕が生まれる以前の家族の写真、父母の若かれしころの写真、僕ら家族がまだ若かった頃の写真とか、それらが記録されたアルバムは僕には貴重なものでスキャンさせてもらった。
こういう作業とは良いもので、スキャンしながら母が僕らがまだ小さかった頃、子育ての母の顔がありありと写っていて、そこには僕らが見たことがない母の顔が写っていた。
アルバムというのは捨てたものではない、写真家の僕ですらあまり深く心に止まらなかった事象がそこに写っている、これを見ると僕らが撮っているものって一体なんなんだ?と思ってしまうくらい時間の流れとか、家族の記録というのは奥が深い。

それで先日、友人の家族写真を撮らせてもらった時に感じたのはやはりそれを感じた後ではセレクトが明らかに変わる、その家族のお母さんが子供の囲まれて幸せそうにしてる感じが光って見えた。こう言うものは子供達が僕みたいに60になった時にどう感じるのか、、、、、。

これを実学って言うんだと思う 

僕もこの通り60代のおっさんになりました、でも相変わらず好奇心は衰えないです、もちろん学習能力が若い頃よりは落ちたことを実感します、特に英単語はなかなか覚えられないしその現実は否めないけど、でもそこをどうカバーできるか、知恵を振り絞って攻略法を考えるのも若い頃にはなかった発想でこれはこれでまた楽しいと受け止めています。
同年代、または僕より少し若い世代と話して、僕の好奇心ぶりは感心されることが多々あります、「どうしてそんな気持ちでいられるのか?」って聞かれます、「さ〜ぁ、どうしてかね、、、?」としか答えようがないです、年を取るといろんなことがやはり衰えます、同年代の話を聞くと結構深刻なようで、好奇心がなくなるようです。
それで僕なりに考えました、「どうして僕は今も変わらずなのか?」少し考えていたら、ふっとあることに気が付いた、それは若い頃の生き方、若い頃にやって来たこと、そこに違いが出るんじゃないか?と思った。
これは、これまで注意して考えたことがないけど、どうやらこれは老後の問題だけではなく、中年期にも言えることだと実感しますが、多感な時期にどれだけ自分が興味持ったことに真剣に夢中になって考えたり行動してきたか、そこにその後に人生に影響が出ます、 もちろん僕だって一般と変わらず新しいことを次々に挑戦したり切り開いたりしているわけではないです、また新しい時代の流れにはなかなかついて行けないタイプで月並みな初老オヤジと変わらないと思う。ただ違うのは多感な時期に充実した 時間の過ごし方をした自負はあります、多くは大学に4年間まじめに通って就職し社会人になったコースを選ぶころ、僕はそんな生き方は選ばなかった。
ここで何度も書いたように僕には学校が肌に合わずとても退屈な場所だった、先生の話は退屈でまったく聞いていなかったから当然成績なんか良いわけない、仮に大学に入れたとしても自分に役に立つなんてとても思えなかったし無駄な4年間になるのは判り切っていた、また周りを見回しても役に立っていなさそうな連中ばかりがたくさんいた、医学系、工学系以外はほとんど役に立たないことが大学の現実だと思った。
ならばそんな無駄な生き方なんか始めからする気にはなれなかったし魅力なんか少しも感じられなかった、自分がしたいことを真剣にした方が絶対に将来役に立つと思った、今後、自分は海外生活経験が絶対に役に立つ生き方をするだろうと密かに思っていた、ならば実学として海外生活と語学力を身に付けておきたいと真剣に考え、それをそのまま実行しただけの話だった。
こう言うモノの考え方、つまり何が重要で何が無駄なのかを自分のアタマで考えることは人生を生きる上で案外大事だと思う。今思えば極当たり前な、理に適ったことを考えていたと思う、そう言う生き方は挫折も多く苦労するが必ず大事なことを学ぶ、人間は少々つまらない環境であろうがそこに入ってしまえば、そこに何とか適応しようとする能力を誰しも持っている、でもその適応力は逆に厄介な場合がある、そこそこに適応するくらいなら適応しない方がまだ結果として良い場合もある、つまらない適応力は逆に自分をダメにしてしまう。
それで僕は若い頃、好き勝手にいろんなことをした、海外で暮らした、上流家庭で住み込み下働きをした、イギリスをあちこち自転車で旅したりした、稚拙ではあるが英語力の基礎も身に付けた。

でも常識的な会社に入って一般的な生き方をするなら、この体験この考え方はあまり役には立たない、むしろ足を引っ張ることの方が絶対に多い、でも人生一回りして最近になってあらためて痛感するのは、これはやっぱり僕が想像していた以上に役に立つんだなって僕はいささか驚いた。
この考え方は生産性はあまりない、即効性もない、社会的な協調性もあまりない、でも年を取って会社を退職して自分には何の後ろ盾もなくなって、自分の人生は自分の考えで決めなくてはならなくなった時にものを言うことがより深く感じる、こういう知識を実学って言うんだと思う。
あの頃、まだ若く物事を深い眼差しで見られず、やることなすことの大半が中途半端に終わったことはたくさんある、年を取れば、それをもう一度やり直したいって思うようになる、数え上げればそれはいくらでもある、また若い頃に好き放題にやりたいことをやっていれば、いくらでも遊べるノウハウとその引き出しを持っている。
でも若い頃に遊んでいない、学んでいない、自分のアタマで物事を考えていない、仕事一本で生きて来たら、年を取っても、自由な遊びとか物事を考えたりが何もできない、今さらになってはもうその思考力すらない、その発想もない、その意欲だってもうないのは当然だと思う。悲しいかなそれが現実なんだと思う。
要するに結論を言えば、年を取って意欲が衰える最大の原因は肉体的な衰えからではなく、若いころに誠意いっぱい自分のアタマでモノを考えて実行して楽しんだことをして来なかったから、老後に意欲が萎えてしまうんだと僕は思う、だから一番すごいのは働き盛りには一生懸命に働いて、定年後は自分の充実した楽しい遊びと時間の使い方ができる人、これが一番すごいんだろうと思う。

ある駅で観察した募金活動の始終 

先日、小田急の駅、改札口前で少し余った時間をベンチに座っていたら、目の前、ちょうど改札口の前あたりで募金活動をやっていたNPOの二人組がいました、彼らは延々と根気よく通りゆく人をめがけて募金を訴え声をかけますが、なかなか思うように人は足を止めてくれません、この手の募金活動って一体どんなものなのか、、少しの時間見てたら何か意外な発見があるのか興味が出てジーっと見ていたくなりました。
募金活動をやってる彼らをこんな興味本位の目線で観察するのは彼らには気の毒かもしれないけど、やはりここはしっかり観察したいと思ったので一定の枠を決めて気になったことのいくつか観察データーを取ってみようと思いました。
募金活動の目的と趣旨は福島原発事故で飼い主がいなくなった保護されたイヌネコの保護ボランティア目的、1時間に何人が募金するのか?平均金額も知りたかったけどさすがに無理です。
1時間観察して分かったことは、声の大きな男性が5〜6秒に一回、ご協力お願いします、と言いながらアタマを下げていました、また募金した人数は1時間で5人、それ以外は彼らを見ることもなくただの素通り、ん〜ん、1時間で5人はちょっと少ないな、、、と思いました。
1時間のうちに1〜2回、2人のスタッフのどちらかが交代交代でペットボトル飲料水を飲んだり、スマフォのチェックをしたり、それをちょっと離れた片隅で時々休憩していました。

前から感じていたことだけど、こんな場所で1日声を上げて頑張ってわずかな募金を集めるくらいなら、もっと他の方法をした方がよほど効率がいいんじゃないのかな?って思ったりもしましたが、そこはどうなだろう?例えばバイトしてその稼ぎをそのまま寄付するとか、、、それと感じたのはこのスタッフはそんなに若くもない働き盛りみたいだけど普段は何をしてる方々なんだろうか?まさかこれで生活してるはずもないし、休みの日にやってるのかな?とか思いました。
まあただお金をかき集めるだけが目的ではなく活動と問題を世の中に告知することも大事なんだと言えばそうかもしれないけど、、、、。
また5〜6秒ごとにご協力お願いします、と延々に同じことを1日中繰り返せるのは、同じことを繰り返せる感覚が、相当忍耐力がないとこれは続かないって思って見ていました。
僕の観察の予定1時間が経って腰を上げて、僕も募金をしてその場を去ろうと、その場に行って透明の募金箱を見たら千円札が2枚、あと小銭がバラバラ入っていましたが、正直な気持ちは予想していたよりずーっと少ない金額でした。

その度にいつも思うこと 

昨日、親戚に不幸があって葬式に参列してきました。
場所は愛知なので普段滅多に顔を合わす機会もない方々に久しぶりに会ってきました、まして故人も高齢で葬儀特有のあの重苦しい悲壮感はほとんどなくどこかカラッとした寄り合いムードさえありました。
毎回、世の中を斜に構えた目で書いては恐縮ではありますがやはりここは僕が見たもの感じたものを書きます。
僕は小さい頃からこの手の法事、葬儀ごとは嫌で嫌で仕方がありませんでした、もちろん葬儀が好きな人などどこにもいませんが、それとは別にこの手の法要ごとはどこか腑に落ちないようなモヤモヤした気分が子ども心からずーっと横たわっていました、それは今も変わらずそんな目で葬儀を見ています。
母の葬儀の時も連絡係りは嫌でした、「場所だって遠いし無理して来なくてもいいよ」と言ったくらいでしたが、親戚の一人がこんなことを言いました、「こんな時くらいじゃないと親戚と顔を合わすこともないし行くよ、、」なるほど、そう言う目で見れば参列も悪くもないな、、、。
でもそれとは別にやはりあのダラダラと続くお坊さんの気だるいお経、、、、あれが嫌には今も変わりがありません、あれに一体何の意味があるんだろう?子どもの頃からそう思い続けていましたが大人になった今も少しもその気持ちは変わらない、葬儀とい言うものを今も変わらず斜に見ています。
大人になってやっと分かったことは、冠婚葬祭ごと、法事、墓参り、この機会は親戚が集まり絆を確かめ合う場だと言えばなるほど納得ができます、特に昔の日本人は個人としての楽しみごとを知らない人たちには、法事を通して親戚が寄り集まりの大事な機会だったといえば、それはそれで納得ができます。
葬儀の度に、あの祭壇周辺に飾られた献花、毎回感じることですが、あの名札がついた花飾りがズラリと並ぶ光景、、、、、あまり趣味がいいとは言えない、どこか異様な花の飾り付け、そこに「子供一同」とか献花した人の名前が書かれてある。
あってもなくてもどうでも良いようなものに感じますが、やはりあれはたくさんないと見すぼらしく感じるのか、こぞってみんな、その場を埋めるように献花が並びます、故人が生前どれだけ広い付き合いがあったか、知名度のある人の献花がどれだけあるか、それを見せる場なのかは知らないが、とにかく名の通った名札がたくさんあれば故人の人脈の広さを誇示できるわけなんでしょう。
それを葬式に並べることに何か意味があるのかはどうかは知らないが、僕からすればそれはただ単に葬儀業者、花屋を儲けさせる機会に過ぎない、葬儀業者は花を並べさせるように仕向けているでしょう、僕にはそうとしか感じられないわけです。
そもそも世代の古い一般日本人たちの共通思考はこの手の冠婚葬祭ごとは誰だって不慣れです、そこに「常識的習慣」と言う厄介なものが重くのしかかります、自分の判断では何も決められない人が多く、世の中では通常はこうですよ、、、と葬儀業者はあれこれと勧めると思います、常識に反することで後ろ指を指されることを異常に嫌う国民性です、なんとか後ろ指を指されない無難な選択肢を選びたがる国民性です。
それが冠婚葬祭業者にとっては思うツボになってたくさんの花を並べるように仕向けることでしょう、なんせ葬儀とは亡くなったら、数日以内に葬儀をしなくてはならない、悠長に業者を選んでいる余裕などまったくない、また業者と値段交渉をする猶予もない、相手の言われるがまま決めるしかない、そこで相手のペースにはまる、葬儀に支払ったその金額を聞くと笑ってしまうほどバカげた金額を請求されます、そう言う目で見ると、このケッタイな祭壇の周りのたくさんの花も葬儀業者が「花はいっぱいに並べてはいかがでしょうか?」と喪主に勧める光景が目に浮かびます。
お坊さんのお経だって結構な金額を請求されます、さらにアタマ数揃えに小坊主も他所から集めて読経をします、こうなると葬式なんて完全なビジネスとしか見えないです。葬儀の後も彼らは儲け口を手放さない、永代供養はいくらだ、墓石がいくらだ、あれこれお金がかかるように出来ている、、、、こんなもの本当に要るのか?って僕は葬儀の度に思います、お坊さんの読経の時そんなことばかりついつい考えています。
徹底したコストダウンの新しい葬儀屋がもっと日常に登場すれば、旧来のお坊さん、葬儀屋さん、花屋さんも含めて、今までの既存の業者は全て失業するでしょう。