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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

たかが生きて行くとこが、、、、、最終章 

インターネット時代の恩恵 眠る物たち

30代半ばの頃、何度も書いてきたがよく日本を出てアジアを旅していた。
旅をずーっとしていた事がボクにとって良かったのか?どうだったのか?今でも自分では答えなんかない、すごく良かったと思える事と、もっと現実的な生き方が出来たら違った人生だったな、と思える事が甲乙つけ難い。
こういう生き方がゆえにお金でマジに死にたくなるくらい苦労もしたのも事実だし、段ボール箱10個分くらい面白い事を味わってきたのも事実だ。
要するにボクはごく平均的な日本人の生き方の「勤め人」ではないのです。
大多数の方々の生き方「安定した暮らし」の真逆な生き方を結果的に選んでしまったわけです。この年になって今さら「しまった~!」と云う気持ちも多少あるけど引き返す事なんかもう出来ない。
ボクにとって勤め人の生き方でどうしても「これだけは絶対に堪え難い」事が先に述べたように半年か1年くらい全くの自由時間がない事です。
この事はとても重要な事だと思う。確かに一定の年齢になって家庭があって、子供を養わなければならない責任ある立場なら(ボクもそうだけど)安定した収入は不可欠です。
でもだからと云って会社員だから旅をしてきれいなビーチで1ヶ月ブラブラしたり、家を造ったり、生まれた子の面倒を見たいとか、たったこんなことすら出来ないのでしょうか?
いくら生活が保障されているとはいえ云え、毎日毎日自分の時間を会社に捧げて働くわけだから何年かに一度、それくらいの自由な時間がもらう事すら出来ないのでしょうか?
例えば勤続5年目とか10年目になったらは1年間好きな事しても良いよは、現実離れした荒唐無稽な考えなのでしょうか?
もしそれが現実に世の中の常識になったら、サラリーマンの生き方と価値観はずいぶん変わってしまうような気がします。でもそれが会社にとって利益を生む事なのかはわからない。

ボクはここアトリエ水平線の建物を建てる時、大工と一緒にメンバーの一人になって家を建てました。
今ハヤリのハーフビルドと云う建て方です。
でもボクにとってはそれがハヤリの感覚よりもっと切実な話で予算を少しでも浮かせるための苦肉の策だったのです。
もう一つはボクはかつて家具を作っていたので大工仕事は素人じゃないことも理由だった。でもいずれにしてもボクが家作りに参加したのはそんなカッコ良い理由ではなかったのは事実だった。
始めた当初はどちらかと云えばどこかバイトに行ったような気分で家作りに関わった。
マジに現実的な働き手の一人として重たいセメント、砂利、資材を100段の階段を誰よりも多く運んだし、基礎工事のためのモルタルを練る作業だってバイト経験から堅さ加減は職人並みに知っていた。
とにかくボクは過去の職歴から、即戦力の人手として彼らと一緒に働いていた。
ところがそんな感覚が何日も続き、家が徐々に姿を現してくると、家に対するイメージがやっと現実味を帯びて自分たちが作りたい家が徐々に見えて来た。
家作りに参加した事でイメージが明確に見えてきて当初の予定から大きく変えた。もし自分が参加していなかったら出来た家は本当につまらないものになっていたと思う。
自分の家は可能なら長期休暇をもらって例え大工の経験がなくたって一緒に参加して作りながら学んで考えた方が絶対に良いと思う。こういう事って長い人生を思えばとっても重要な事だと思う。
しかサラリーマンならたかがこんなことすら許してもらえない事が多い。生活の安定保障を受けるとはここまで自分の自由を会社に取られてしまうことなのだろうか?と思ってしまう。
ボクは1/13日~17日まで「たかが生きていくこと」と云うテーマでブログを書いたが要するにこういう事が云いたかった気がする。