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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

春が近い 

春が近い

暇を見てここ最近、アトリエ周辺の修繕手直しをしています。壊れて放置されていた階段の門を直したり、痛んだウッドデッキのデッキ板を張り替えたりします。
そんな1日の作業を終えてふと空を見たらこんな夕日が久しぶりに見えました。

これから春が来て一気に緑が生い茂って来るとうちの敷地の斜面の雑木林なんかはもう立ち入る事が出来なくなって手入れがやっかいになって来ます。
なので家の周りの手入れ、庭の手入れは春が来る前、今頃がチャンスで、草刈りを一斉にしたり邪魔な枝を取り払ったりします。

ここの環境は高台にあり、およそ百段の階段を登らなくてはならない。その階段を登る途中、使い物にならないような雑木林の斜面を横目に見ながら登って行きます。その雑木林は以外にバカにならないくらいスペースを取っていてそれが結果的にお隣との距離になっているから良いのですが、
その雑木林を竹や雑草を好き放題に生えさせてしまうか、管理してそこをうまく活用するかで、その後がまったく違う物になって来ます。
またそれは楽しみとか趣味とかでの話で片付けてしまうのではなく、なんとかならない物か考えるか、それはとても大切な事に思えるのです。
それは大げさに云ってしまえば人生観に関わる問題だと云っても良いくらいに思っています。
こんなたわいもない事をするかしないかでかつて京都の茶人達が一体どういう思いで庭作りをしていたのか, 彼らが求めた風流三昧とは何だったのか?とその片鱗に触れる事が出来る気がするのです。
少なくとも我々のような新聞の全面広告に関わるような者はそれくらいの文化性に無頓着ぶりでは失格だと思う。

今の手入れの時期に普段あまりじっくり見ないような家周辺の木々1本1本に目を通して、新しい庭作りのプランを考えたりするのです。
ここにこんな木があっても日が当たらない、せっかくの木が生きていないからもっと別の場所に移し換えようしようとか、こんな花が付く木を植えたら良いとか考えたりします。
それで縁があって素晴らしいガーデニングを見るとそこから新たなヒントを得たり感動したりします。
マンション暮しだったらこれが出来ないわけです。また密集した住宅地も家と家の間に余分なペースがないからこんな事を考えたりは出来ないわけです。
例え出来たとしてもごく限られた事くらいです。今の日本の生活環境はそう云う事からどんどん遠ざかってしまった環境になってしまった気がします。
ヨーロッパの住宅環境から見たら日本の郊外の国道沿線によくあるファミレス、ファーストフード、レンタルビデオ&本、ゲーム店、コンビニ、あの趣味の悪い街なんてあっちでは見た事がない。
どうして日本は経済的に豊かであるはずなのに、生活環境は豊かでないのだろうか?
この環境の貧しさと日本の衰退ぶりは決して無関係ではないとボクは思う。こんな暮しぶりでその国がいつまでも繁栄するハズなんか絶対にないと思う。
アルビントフラーが第3の波の中で云っていた話、パソコンが普及して来るとサラリーマンは自宅で仕事をする事が出来る人が増え、毎日毎日会社に行く必要がなくなるだろう。
その時に通勤が一気に減り、彼らは家庭中心の暮しに変わってくるであろう。そんな時代はいつ来るのだろうか?