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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

広告写真家の作家性 

作家性とは

今日の海は飛び込みたくなるような、いよいよ海開きはもう近いなと思わせるような爽やかな日です。

ボクは今回コマフォトに特集を組んでもらえることで、この機会にあらためてこれまでの自分の広告カメラマンとしての立ち位地とか自分の方向性
広告カメラマンとして、現実にやって行く事などを原点を振り返って考えさせられた機会だった。

今回コマフォトに掲載されるボクの仕事作品とインタビュー内容をゲラの段階でボクを隅から隅まで知っている元助手だったナカジに見てもらった。
彼はそれを読んで「広告の世界に自分を落とし込む事とか方向性の見えない若い子達には勇気を与えられる良いインタビューじゃないですか。ボクも元気をもらいました。」とナカジは云う。
そういう風に云ってもらえるのは嬉しいが、確かに掲載された広告作品とかあそこで語られている内容だけを切り取って見たら良い話かも知れない。
でも本当はもっとコマゴマとした苦労話、細部のいろんな事情を抱えた話があるが、そこまでとてもじゃないけどあの紙面で語れない。

何回かコマフォト編集部とやりとりしていて、気がついたのは広告作品とプライベート作品を編集部はしっかり分けて考えている感じがした。
今年開く予定の個人作品の個展に対しては、それは広告作品とは別事だからそれはそれ、これはこれ、みたいな感じで話が進んでいる。
どうも世間一般の広告カメラマンはプライベート作品と広告作品をボクが考えてるより遥かに別事としてしてようだけど、ボクの場合はそう云う感覚は理解出来ない。
ボクにとっては重要な節目はいつもプライベート作品が評価されて仕事に繋げて来た。

ボクはもちろん広告のカメラマンですが、自分の表現性を売り物にしてやって来たカメラマンだと思います。
これまでそれは至極当たり前の事だと思っていた、みんなだって多かれ少なかれそう言う物だと思っていましたが、案外そうじゃない事をやっと知りました。
プロのカメラマンとしてこの世界に這い上がって来た時、自分の個人作品と雑誌の作品でこの世界に飛び込んで来ました。
その道は決して順風満帆ではなかった。いつ道が閉ざされてもおかしくないような状況で何とか道を繋いで来ました。
ここでボクが云いたいのは、自分の個人的な作品で道を開いて来たけど自ら好きで選んでそうしたのではない。 自分にはプライベートな作品と広告用の作品を同じ自分の中で2つに分けるなんて事は出来ない。

そこにこの機会にいささか違和感を感じました。
でもそう云うやり方をしてるカメラマンって実はわずかな存在だった事にいささかびっくりしました。