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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

青春の思い出、交換日記 下 

机の中に忘れたフランスノートは無事だった、でもそこにメモが挟まれて帰って来た、これだけは誰かに見られたら死ぬくらい恥ずかしい書き込みがいっぱいあったがそこはどうやら見られてしまったかも知れない。
それは個人的な日記のように人に決して話せない書き込みが赤裸々に書いてあり、多分今なら恥ずかしくてとてもじゃないが見られない詩まがいな散文もいくつか書いてあった。
またフランス語の歌詞を辞書片手になんとか訳した文とか、その思いも脇に書いてあったり、このノートは自分のナルシズムの缶詰めみたいなノートだった。

ボクと机を共有する全日制の生徒はやはり女子生徒だった。彼女はフランス語まではやらないにしても彼女も相当なフレンチポップスファンだったようでびっくりするくらい詳しく知っていた。
多分、彼女はそのノートをチラチラと見たのだろうか、そこに書かれていた歌詞と訳文を見て彼女は「いったいどんな人がこれを書いたのだろう?」と思ったらしい。
可愛いイラストが付いたメモ紙に一言「私もフランソワーズアルディーが大好きです。」だった。
フランソワーズアルディーについては今の時代、知らない人も多いかも知れない、でもユーミンがまだ初期だったころの2枚目のアルバム、ミスリムに「私のフランソワーズ」と云う曲がある。ユーミンはフランソワーズアルディーに相当影響を受けたようで「私のフランソワーズ」にフランソワーズが私のすべてです、の歌詞がある。
そうか、だからボクはユーミンが心に響くし、彼女が好きだったのかとその曲を知って感じた。
それにしても「私もフランソワーズアルディーが大好きです」のメモにはボクはちょっとびっくりした。
彼女はフランス語タイトルを見ただけで、それがcomment te dire adieu「さよならを教えて」に気がついた、毎日自分が座っている場所に顔も知らない誰か、昼間そこで同じように授業を受けている誰かが同じフランソワ−ズファンだったとは?お互いに名前も知らなければ顔も知らないでずーっと机と椅子を共有していた事になんだか胸が詰まるような不思議な思いがした。
ボクは全日制の女子生徒にはどこかお嬢様学校を見るような憧れがあった、早速交換ノートが始まり、お互いにいろいろ自己紹介して書き合った。今思えば当時やっていたことは恥ずかしくなるような事だらけだったと思う。
でもあのノートを見ただけで、「私も好きです」と書いて来た事に、やっぱり全日制の女の子たちは定時制の子たちにくらべて知的水準が高いなと感じた。
自分の夜間のクラスの女子生徒を見回し「おーい、オマエら、フランソワーズアルディーが好きなヤツはいるか〜?」とマジメに聞いたところで答えは判り切っている、聞くだけムダというモノだ。
この子達のお熱を上げるような関心は郷ひろみとか西城秀樹とか野口五郎とか麻丘めぐみとか岩崎宏美なのだ、コイツらにとってフランソワーズアルディーとかシルビーバルタンなんてまるで接点もないしまったく別世界の出来事で、まったくやれやれだ、、、、、、、。

交換ノートはほぼ毎日交換し合った。お互いにそれなりに刺激的だったし、間違いなく結構楽しんでいた、そして時々長電話で話す間柄までなったが、だいたいそこまで止まりだった。それ以上は踏み込んではならない気がなんとはなくしていた。
相手はボクがフレンチポップスにハマりことばの美しさに感動してフランス語に入って行ってしまったボクの奔放ぶりに唖然とし、感心したようだった、同じ音楽を聴いても、ここまで行ってしまう事が彼女なりにびっくりしたらしい、これまで会って来た男の子でそんなタイプの男子はいなかったらしい。
ボクの方が1学年上だったけど、たった1つの歳違いで、彼女が感じている世界とボクが感じていた世界には途方もないくらい違いがあった、と後日で彼女から聞いた。それは良い意味では個性的と云う言い方もあるが、別の言い方をすればみんなとはまったく違うところで生きている事を意味する、ある意味でボクなりのどうにもならない孤独感も感じた。
彼女とは不思議な事にどこかでお互い会いましょうと云うコトバだけはなかなか出て来なかった。ひょっとしたらそれ湧いては待っていたのかも知れないが、多分会った時点で終わってしまうとお互いにうすうす感じていたからだと思う。
そしてある日、どちらからともなく、お互いの写真を交換した、案の定、やはりお互いは失望するハメになった。
ボクは何となく相手は自分の思い描くキュートで可愛い子ではないかと勝手に想像し、相手もボクを背の高い王子様を期待していたみたいだけど、お互いの期待は双方ともに裏切られたようだ。
写真で見た限りの彼女はどうひいき気味に見ても可愛い子タイプではなかった。背は低く太めでハッキリ言えばブスでどうひいき目に見てもデートを申し込みたくなるタイプじゃなかったし、相手も相手なりにボクの写真を見て現実は甘くはない事を知ったみたいでなんだかお互いに笑えない結末だった。
現実に打ちのめされた二人はいつしか交換ノートの回数は減り、次第に遠ざかりついに自然に消滅した。
でもあの出来事は今にして思えば間違いなく退屈な高校生活の思い出の中で記憶に残る甘酸っぱい青春の思い出だった。
この話は定時制と全日制がある学校じゃなければ体験出来ない出来事だと思う。