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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

被災地を見に行く(自由に見回れる廃墟) 

被災地を見に行く(志津川)

石巻、女川から三陸沿岸を見ながら北上し、気仙沼まで上がる、途中 志津川と云う漁港のある街に出会った。
ここは特に著しく津波被害にさらされていた気がした。この例えは何度も書いて恐縮だけど、この風景を見た時、広島の原爆投下直後の写真を見たような気がした。
ところどころに残る建物、そして街の真ん中を通る川、広島の原爆資料館で見た画像とよく似ていた、ひょっとしたらここも激しい火災に襲われたのかもしれないと思った。
4階建ての住宅の屋上にひょんとクルマが象徴的に乗っかっていた。まるで誰かがおもしろがって乗せたようなくらい上手く乗っかっていた。
その光景は津波の被害を写真で表現するには誰もが思いつきそうな「ほらこれを撮ってごらん?」と云うくらい出来過ぎたシーンだった、多分相当数のカメラマンがこれを撮ったのだろう。
そこまで出来過ぎていると今さらボクがそれを撮ったところで何の意味も感じられずわざわざカメラを構える気にもなれず何も撮らなかった。
さらに歩いた、相当数のクルマの残骸の集積所があり上手い具合にその横に高台がある、上からはどんな感じでそれらが見えるのか?と、高台から見える街をクルマと共に撮った。
それぞれの被災地に必ずと云って良いくらいクルマの残骸を一カ所に寄せ集めて積み上げれた場所があった。今さらながらすごい数のクルマが流されたんだなと感じた。
そんなクルマを近くで見たいと近寄ると必ずガードマンが入り口にいた、関係のない者は即追い払われてしまう。ガードマンを雇ってまで見せたくない何かワケを感じる。
多分クルマには今でもナンバープレートが付いていて元の所有者のプライバシーを守るためだろうか?とにかくこの敷地内に立ち入りに関してはやや神経質な気がした。
そのクルマの残骸にくらべて今回の震災の被災地を見に行き、いささか拍子抜けに近いくらい驚いた事が一つあった。
それはこれまでの経験からすればまずこの手の現場は例外なく「関係者以外立ち入り禁止」の立て札を入り口に立てて部外者は絶対に立ち入れさせないのがこれまでの世の中の常套手段だった。
それは今の日本中、どこに行ってもまず例外なくそうなのがここ数十年の日本の管理のあり方だ。しかしボクらが子供だった頃はそんな管理はもっと適当曖昧で入りたければわりとカンタンに入って見られた。
ボクらが高校生の頃、機関車が見たければ駅ホームからそのまま線路を越えて機関区に立ち入って写真を撮っていても追い出された事など一度もなく管理のゆるい時代が昭和だったとボクは感じている。
しかし今は絶対にあり得ない、ましてや一般人が駅ホームから線路を越えて機関区に入り込むなんてNGで部外者は一歩たりとも近寄れない管理体制がガッチリ仕上がっているのが平成以降の日本の姿なのです。
それは不用意に事故を起こされたくない事も理由の一つだけど、万が一何かが起きた時、ああだこうだとまずは責任者の責任追及に明け暮れる風潮が蔓延ってしまい、それを防御するために物事の管理体質が出来上がった。
とにかくはこの管理体質では「関係ないヤツは立ち入れさせない」がそこら中に徹底して浸透し何かが起きればます責任追及に明け暮れ、そこから逃れる側のイタチごっこが蔓延っている気がしてならない。
その体質の表れが総理大臣がコロコロ変わる結果に繋がっていると思う、今の日本はこんな事ばかりやっていて本当に良いのかとずーっと前から感じていた。

ところが今回この被災地を歩き回ってびっくりしたのが、そういうお決まりの管理主義の「関係者以外立ち入り禁止」札が一切なく、自由に歩き回ろうが写真を撮ろうが誰からも指図を受けない事にボクは唖然とした。
ここに来た時、せめて関係者のフリをする工事用ヘルメットと作業靴くらい用意してくれば良かったと一瞬後悔したが、その必要はまったくなくない、その雰囲気がまったく感じられないのだ。
しかしそこは開発真っ最中の現場のように多くの建設機械が稼働し大型ダンプが頻繁に行き来する場だけど、ボクらがそこにいてもおとがめもなければ追い払われたりはしない。
クルマだって不用意に決して広くもない道路に路駐して(ほんの一時駐車)ダンプの往来の邪魔と云われれば仕方がないのだけど、その手の閉め出しは一切なかった。

もちろんそこは元々が街だったのだから、自由に歩き回って追い払われる理由もないと云えばそうなのかもしれないが、こんな雰囲気の場では過去の体験からすればいささか驚いてしまった。
そこまで管理の手が廻らないくらい混沌としているからなのか、またはこの被災地は訪問者の見学を歓迎している意識の現れなのか?または多くのボランティアが来てるからなのか、今ひとつ理由がわからなかった。
でも、正直言ってここを見ることは決して楽しくはない、ボクの場合は見たくて来たのではなく、今のうちに見ておかなくてはならないから見に来た。
見たからそれがどうだと云うモノでもないのだけどこの目で見た。