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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

被災地を見に行く、最終章 

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今回被災地に行き、現場で宿を探す事には本当に苦労しました。
たいして何の宿の情報も持たずに現地に向いそこに近づいてから、携帯のネット情報から検索したり、カーナビの から割り出していろんなとこに電話したけどとにかく泊まれる宿がない。
どこも満室なのです、ありとあらゆるところに電話したけどとにかく泊まれる宿がなかった。その多くは現場で復旧工事で働く人たちが部屋を占めていてどこにも泊まれる宿がない。
だいたい部屋があると云う場所はなんらかの事情がある場所だった。ボクが電話して部屋があると云われた場所は行って見たらそこはラブホテルだった、または同じ気仙沼市内でもそこは離島だった。
宿に電話して「さすがにラブホテルは泊まる気になれないのでヤメます」と云って切った。しかしその後どれだけ電話して探しても他の市に電話してもどこも泊まれる宿はまったくない。
仕方がなく降参してそのラブホテルに泊めてもらう事にした。宿の人曰く、こんな事情です。今現在カップルより被災地関係の方が多いですよ、と云われた。
なるほど、泊まってみて何だか妙な気がしたが、実際そこに泊まって部屋を見回と、ただの古くさい場末の宿にすぎず、ただベッドの横には怪しげで安っぽいカーテンがぶら下がっていただけだった。
枕元にはいろんなムード音楽が聴けるチューナーがあったが雰囲気に合わないので使わなかった。
宿の人に予約を入れる時、「そこはインターネットが使えますか?」に対してその質問自体が場違いな雰囲気でピンと来なかったらしく、実際行って見てこんな場所でインターネットがあるワケないなと感じた。
日本は田舎に行くとまだまだネット環境が繋がっていない宿は多いみたいだけど、台湾はその辺は優秀だったと思う、ほとんどの安宿もネット環境が揃っていた。

3,11についていろんな人がいろんなコトバで語り、そこには多くの方が亡くなられ、多くの街が失われ、多くの財産が一瞬にして呑み込まれた。
破壊された街を見て歩いて感じたことは、ひょっとしたら財産を失う事ですべての希望を失ってしまった方がいるかもしれない、これを機に家族が崩壊してしまった方もいたかもしれない。
また場合によっては一切の財産、働きの場所を失い借金返済のメドが立たずやむを得ず自殺を選んでしまった方もいたのかも知れない。
そんな事を想像していましたが、でもボクには被災された方々の苦しみのほんの欠片もボクには実感として何も分かりませんでした。と云うのがボクの最後の感想です、もうそれ以上コトバが出て来ませんでした。
本当はこの気仙沼からさらに北上し、陸前高田、大船渡、釜石、まで上がりたかったけど、もうこれ以上、北上しても切りがないので気仙沼でUターンして帰りに尾瀬に向いました。

今年は一回も尾瀬に行っていなく、10月の終わりから11月のアタマには尾瀬の小屋は閉まってしまいます、せっかくここまで来たのだから帰りには尾瀬に寄って帰ろうと思いました。
朝方9時頃、気仙沼から一関を通って東北道に入りそのまま宇都宮を目指し、そこから日光を通過し尾瀬戸倉を目指した、戸倉に着いたのは薄暗くなりかけの頃で、ここでもまた宿を探すのに一苦労した。