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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

相反する二つの心 

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朝、早めに起きて外を見たら水平線が消えそうなくらい霞んだ空気だった。
水平線がよく見える青い海よりこういう霞んだ海がボクは好きだ。
数日前にも書いたけど、こんな寒々した海なんかわざわざ足を運んで見に来るような物好きはいない、ボクだってそんな海なんかわざわざ見に行ったりはしない。海の横にいて見られる風景なのです。

さて12月の半ばに行われるトークショーの話の内容について悠長に残された時間もあまりなく、そろそろ暇を見てパソコンに書き出し、なんとか姿カタチが出て来てまとめあげている最中です。
最近のボクのブログは七面倒くさい観念的な話ばかりで申し訳ないがこれしか書けないので悪しからず。
前にトークショーについてブログで予告内容を書いたけど、いざ書いて読み返し自分ですら観念に入りすぎた内容では聞く人に伝わらずシラケたものになってしまうと感じる。
そこでいろいろ何を話すべきかもう一度立ち還って考えました、難解な込み入った話をしたところで仕方がないし、かと云って表面的すぎるお話ではみんなの心の奥に届かない。
時間をおいて冷めた目でもう一度自分が書いた物を見直し考えた事は、やはりもっとシンプルにすべきと感じた。例え難解な話題を持ち出したところで話し手がそこに絶対クリアーであるべきだと感じた。
逆に云えばどんなに難解な話題を持ち出そうが、話し手がブレる事なくクリアーなトークが出来るならそれは絶対伝わるだろうし、おもしろい場になるのではないかと直感しました。
要は難解な観念的な話題、カンタンで判りやすい話題、どちらがどうなのかが分岐点ではなく、要は話し手がどれだけ透明で明解なトークが出来るかが、重要なカギではないかと感じたわけです。
そこで表面意識と潜在意識、この両方の思いから出来上がる作品の違いについていくつかの例で多角的にお話する事にしました。

その一つとしてこれはボク自身がずーっと何度も体験して来た事です。
何度も自分の作品ファイルを作って来ました、作ってはまた作り直し、また作ってはまたイヤになってしまい、いくら今度こそと思って作ったファイルでも、やはり営業用に作った物はどこかしっくり来ません。自分で意識してそうしてるのではなく、気がつくと結果的に毎回そうなってしまいます。
ボクの場合、自分が広告営業用に作るブックはどうしてか?おかしな方へおかしな方へと方向が向いてしまいがちです。
この作品は広告に向かないとか、こう云う物が広告としてふさわしいとか、どうでも良いような事ばかりにアタマが働き自分が本来持っていた何かがそこで壊れて行きます。
多分自分はまだまだ広告に対して心が開けられず良いカタチで関わり合えないのかも知れません、気がつくと自分を見失ってしまいこの連続なのです。
これがブレると云うモノなのです。自分がブレると心の奥にある自分の心がもうサッパリ見えなくなってしまい、この時、何をやってもチグハグになり、物事が見えなくなりもう作品を作ること自体が苦痛その物になります。
ところが同じ作品作りでもなぜか、個展に向けての作品作りはボク自身スイッチの入り方がちょっと違い、もっとノビノビと自由に心の深いところを引き出し作品作りに集中します。
これがボクにとっての表面意識と潜在意識のズレの一つの現れです。