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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

今年を振り返って 

写真っていったい何なんだ?

今年の自分がして来た事、このブログで書いて来た事を振り返って見れば、コトバにならない思いです。
今年はあまり余る良い出会いとあまり良くない出会いもいくつか出会わせていただきましたが、実際味わって見て、まあこう云う事なのかな?と想像していた事とのギャップをマジマジと感じました。
やはり一切は人から聞く話を基にするのではなく自分自身で出会って感じるしかないのだと思いました。

今年ボクが書かせていただいたブログを自分自身が改めて振り返って読み直すと、どこか荒唐無稽な内容が多く、書いた自分自身ですら恥ずかしくなる思いが正直な実感です。
ただ、云い訳としてここに書いた事は特にトークショーで話した事の補足についてはやはり説明がむずかしく書く度に書き込み過ぎたりで結果、おかしな方向に行ってしまったりでした。
最後にカンタンに云ってしまえば、要するに写真を撮る行為とは、これは露出とピントさえ合っていれば、ただシャッターを押すだけですべては写るわけです。
あとはそこに撮り手が何を撮りたいのか?それをどう表現したいのか?そこに写真家の価値観が顕われて来ます、それくらい単純な事に意味のないうわさ話レベルが重視され、肝心要な事が軽視されている現実を感じます。
つまりは自分が見て良いと思った物を撮るだけのことです、そこでさらに必要に応じて技術を学んで行けば良いだけ話ですが歪んで捉えられている気がします。
まあ、要点は「自分が見て良いと思った物を撮るだけ」の見て良いと思った物が肝心なところでそこがすべてなんです、その部分がブレているから話が混乱して来るのです。

何かを見る、見抜くはそれくらいむずかしい物です、ボク自身、過去の作品を見て、よくあの時これを撮っていたなあと感心する事もあれば、よくまあ、こんな物を作品だと思い込んでいたなとガッカリする事もあります。
それくらいに物がさっぱり見えなくなる事があって、だから常に心して作品に向き合っていないと物は見失ってしまいます、一旦大きく見失ってしまうと取り戻すのに大変なエネルギーが要ります。
当分は取り戻せなくなってしまい、人によってはそのままダメになってしまう事すらあると思います。そのかすかな、見失いそうな基準をあらゆる心の感覚を使い探し求めて行く事がおもしろいと思います。

トークショーで話しそびれた話の補足、ここで結局あの場でみなさんにお伝えしたかった事は、今後写真を本気でやって行きたいなら、自分の感性を表現して行きたいなら覚悟を決めて欲しいとお伝えしたかったわけです。
それは自分が赤と見たなら、誰が何と云おうがそれは赤ですと云い切る覚悟を決めて欲しいわけです。ところがこの最も単純な事に心が決まらないとすべてがバラけて何が何だか分からなくなって行きます。
すべてはここから始まります。これがハッキリしていたら、いろんな物が見え始めて来ます、しかし自分自身の基準が狂ってしまった瞬間、もうこれは赤なのかピンクなのか朱なのか橙色なのか微妙な違いはもう見えなくなります。
撮影の現場はいつも平和でスムーズではありません、広告の撮影現場は与えられた条件、代理店のスタッフとの戦いです、日常がブレていたらもう現場はブレまくりです。
そうなると相手のペースにハマってしまい上がった物は不本意な物が上がって来ます、しかし心がブレていたらお金さえ払ってくれれば、仕事が入ればそれで良いと甘んじて行きます。
自分が赤と見たら、誰が何と云おううが、どこまで行っても赤は赤と云い続ける事がどれだけ重要な事か、またそれを云う事がどれだけ怖くてしんどい事か、それが伝えたくて話が大げさになってしまいました。
これを時々読んで下さった方、ありがとうございました。来年もこの調子でボク自身が自分が感じた事を中心に書いて行きます、よろしくお願いします。