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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

(再)ハラが決まる2011,11/17 

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これも去年11月17日にアルルへの決意を遠まわしに書いた物です、あんまりハッキリ書いてお金が足らなくてアルルに行けなくなったらみっともないから遠回しに書きました。

これまで自分は人生の重大な方向性、それを決断するにはまず現実的に見て自分が本当に出来そうか、出来そうもないかで判断して決めてきました。
現実的な人から見たら何でもかんでも好き放題にやっているようなボクの生き方ですが、自分なりに何だかんだと見通しと勝算を立てやって行けそうか、むずかしいかボクなりに判断して来ました。
始め写真家になろうと志した時、写真家になるなんてテレビタレントを志すようなもので自分がとてもなれるわけないと思ってそんな事は真剣に考えた事は一度もありませんでした。
もちろん、そこでもし自分でも写真家になれるのではないか?と見通しが立っていたならボクは迷わずそれを志していただろうと思うけど当時のボクにはまさかそんな事を考えたことはなかった。
ボクが思っていた「志を立てる」とは、それが何とか実現出来そうな見通しが立ち、環境条件が整ってからそれに向って行くとものと思っていたが、どうやらそうではないらしいと最近思い始めた。

20代前半のボクの生き方は海外に行きフラフラしてその後、特にこれがしたいと云う考えもなくまあ親類の縁があって家具職人に入門し中途半端な気持ちで家具を作る日々を送り、休みの日に好きな写真をちょこちょこ撮っていた毎日だった。
しかしそれがある日、知人からの縁でボクに毎月、ある低予算の印刷物のための表紙の写真を撮ってほしいと云う話が来た。
ノーギャラだったけど諸経費、交通費はすべて出て人のお金で写真が撮れること自体が嬉しかったし、それが毎月表紙になって印刷されるのです。毎週日曜日はそれだけに費やし、あれは大きな出会いだった事に間違いない。
そこでは毎月決められたテーマはあったが、基本的に自由に撮って表現出来たから、当時のボクの関心事はもうその事でアタマはいっぱいだった。
写真で自由に表現する喜びをそこで初めて体験し、ボクはひょっとして写真家としても、なんとかやって行けるかも?と云う気持ちが少しづつ湧き上がって来た。
でもそれは結局のところは自分には職人仕事には興味がまったく持てず、これではやって行けないと判断したからであって、仮に自分がその場で上手く行っていたら写真家への道はどうだったろうか?
家具職の仕事が上手く行かなくそれ以外にはこれと云った興味ある選択肢がなくなって自分が一番したかった原点に結論として辿り着いとも云える、なんとも運命とは皮肉な話だと思う。

今振り返って見て、当時ボクには現実的な環境が整ったから「写真家を志した」のでは決してなく、現実的には何もない中で、自分の写真に対してあの体験が自信を深めさせてモチベーションが上がったからです。
現実的な道を付けて来たのはすべては手探りで駒を進めては行き詰まり、また駒を進めては行き詰まりの連続でした、そして「自分の不安との戦い」の人生だったと云って良いくらいでした。
そしてその「不安」に対してそれを越えさせた力は「これがどうしてもしたい」と云うハッキリした「明確な目標」が見えていた時だけだった気がします。

これまでの人生観では何かを実現したいと考える時、それが出来そうか、出来そうにないか、見通しがつくか、つかないか、それを実現しそうな環境条件が揃っているか、いつも不安がちらつきながら見定めていました。
何か自分のしたい事を考えても、それは現実の自分の姿を思うとあまりにも敷居が高すぎて何も考えることができず、まあ現実とはこういうものなのかな?と考えて生きて来ました。
しかし「現実とはこういうものなのかな?」と暫定的な目標で生きていても仮にそこに自分にとってハッキリした目標、満足感がなければ、どうやら心底本気にはなれず、たいした集中力がないのがこれまでの自分のようです。
もちろんこれまでにさせていただいた仕事内容は充分に満足はしていますが、やはり自分にはそれとは別の肝心な柱がしっかりと立っていなかったように思います。
その柱があってこれがあるみたいなことをまったく挑戦して来なかった気がして来ましたが、あの当時ではそんな心の余裕とそう云う環境条件がまだなかったのかな?と思います。

でもうっすらと見え始めた自分が本来一番したかった事に気がつき、もうなんとしてもそれを実現させるしかないのかな?と感じ始めました。
それを自分が挑戦することはあまりにも遠すぎてこれまでずーっと思っていなく、今でも躊躇するけど家具屋の時と同じようにもうこれをするしかない時が来たのかな?感じ始めました。