FC2ブログ

アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

色彩の天才たちの撮影会 

img1520.jpg

昨夜、泊まった宿で苗族の村の行き方を聞いたら意外にもきちんと行き方を教えてくれてちょっとビックリした、普通の中国人は自分に直接関係がないことは、とことん無関心そっけない態度を取る人が多い国民性だと思う。
まして漢族は少数民族に対して見下した偏見を持っている人が多い、彼らの村がどこか、なんて聞くだけムダを承知の上で聞いたが意外にも山道の行き方を細かく丁寧に教えてくれた。
ひょっとしたらこの宿の人は苗族だったのかも知れない、教えられた通りの入り口を探し、云われたまま奥へと歩いて行った、カメラ機材があるから山道を歩くのは遅くなかなかしんどい、きつい坂に達したところで背後から馬を引いた男がやって来た、男に苗族の村の行き方を聞いた、男はこのまま行けば着くと教えてくれボクを追い越しスタスタと先を行った。

どんどん登って行くとやがて苗族の村に着いた、小1時間くらい山道を登っただろうか?これまでの村を思うとさほど遠くない。しかし不思議な事にここでは犬たちの激しい出迎えがまったくない。
これまでの少数民族の村の入り口に立った瞬間、決まっていっせいに犬がすっ飛んで来て近くまで寄って歯をムキ出しに唸ったり吠えまくる、気にしない人は無視してスタスタと歩いて行くがボクは犬が苦手で立ち往生する。ただ背を向け逃げるとか、犬にスキを見せなければ飛びつかれることはまずないことが分った。
苗族の村では、外部の人が来てもまったく犬は吠えない、気にしないどころか呑気に昼寝を続けているだけだ、理由はその村の犬の飼われ方で吠える吠えないが決まる、村で大事にペットとして飼われるか、いつかは殺され彼らの胃袋に行くかが分かれ道だ、狂ったように吠える犬はいつか村人の食料になる運命の犬たちだ。

苗族はヤオ族と同じ犬食はしない民族とすぐ察しが付いた。反対にアカ族(ハニ族)は犬食が大好物で、彼らの村では犬の注意を絶対に怠らなかった。知らぬ間にうっかり犬のすぐ横を通って飛びつかれた話はよく聞いた。
犬に飛びつかれるのは嬉しくないけど、もっと厄介なのはアカ族の犬は狂犬病の疑いがある、今の日本では狂犬病は死語だけどここでは充分あり得る、感染した犬に噛まれると人にも感染する厄介な病気だと聞いた、アカ族の村に行く時はとにかく犬には悩まされ最大限の注意をいつも払っていた。
ちなみにこの問題はボクには実に深刻で下らない犬撃退法を考えた、アカ族の村では犬はホントに食べ物をもらっていない、犬の扱いはとにかく雑でほとんど可愛がられていないから犬は慢性的に腹を空かしていた。これはどこのアカ族の村も似たり寄ったりだった。
そこに目を付けた、村に行くとき、バザールで安い肉まん数個、忘れずに調達して行く、そして村の入り口に立った時、 すかさず肉まんを小さくちぎってあっちこっち遠くに投げる、犬たちは投げた方に走り回って激しい取り合いが始まる。
しかしまだバカみたいに食べながらこっちを向いて吠えている、そのスキを見てボクは村の中に入って行く、これは我ながら良い考えだった、手ぶらで行くより遥かに安全策だった、犬はその後、ボクに絶対に飛びつかないことがよく分った。でも村の子どもたちも投げた肉まんを恨めしそうに見ていた

犬の吠えない静かな苗族の村に入ってまず村中を見回した、これまで見て来た少数民族の村にくらべて、ヒドく貧しい感じはしなかくそこそこに豊かさを感じた、よそ者を極端に警戒した雰囲気はほとんどなかったが、しかし目が合ってもニコリともしない、たいして歓迎されていない感じはした、彼らは人見知りの気質はすぐ分かった、男たちの身長はほとんど160センチ以下でかなり小柄な人たちだった。
戸口あたりで女たちは座って数人でおしゃべりしながら刺繍をしていた、あっちでもこっちで女は刺繍糸を通していた、彼女たちは自分の服は自分で縫うのが当たり前で、服をどこかで買うものではない、別の村ではカンタンな仕掛けで機織りをしていた。ほぼ自給自足に近い暮しは当たり前のようだ。
今の日本では物は買うことしかアタマにない、ちょっと工夫すればカンタンに作れるものすら自分でしない、手で作ることが退化した文化、魚すら捌けない主婦が普通と聞く、何も鶏を殺して捌くのとはワケが違う、社会が高度化するとは、人は物が作れなくなる事を云うみたいだ。ならば高度社会はボクは要らない。
彼らは畑仕事以外は刺繍をしておしゃべりしたり、男たちは竹を器用に裂いて竹籠をせっせと編んでいる、それ以外は家畜の世話をしたり、家の補修をしたり、あとは村でブラブラ暮らしている。外に働きに行きたくても働く仕事がない、農作物を売るにしてもに収入はたかが知れている。ほとんどは自分たちが食べる分で終わる。
タイではみやげ物屋で外人旅行者相手に自分たちの刺繍を良い値段で売って現金収入を得ているが、ここでは観光客がいないから売れる場所がない。これが社会主義と資本主義だった。

さて、村で撮影開始、女たちに「写真を上げるから撮らせてくれない?」と声をかける。始めは彼女たちは半信半疑で相手にされなかった、でも一人乗ったら、あとはトントン拍子に進むことは経験で分っている。
撮る条件は民族服を着ていること、そのうちに一人の少女が「友達と一緒に写真を撮って欲しい」と云って来た。その場で撮ってすぐにポラロイドを上げた、その瞬間、村中からいっせいに集まってすぐ人だかりになった。
彼らはまだポラロイドを知らない、その場で写真が見られること自体びっくりしたみたいだった。ここは彝族ほど閉ざされた山奥ではないから写真が初体験の人はそれほど多くはなかった、ただこの村で撮影したのは多分ボクが初めてだろう、撮影会はどんどん熱を帯びて興奮した状態になった。