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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

新人さんからもらったまさかの刺激 

昨日、ある人の紹介で、まだ写真家デビューが出来ていない新人さんで、アシスタントをお願いの打ち合わせで鎌倉のアトリエまで東京からわざわざ訪ねてもらった、せっかく来てくれたのだからビールと昼食を一緒に食べながらいろんな雑談を交え夕方までした。
会う前に彼のホームページで作品を見せてもらった印象は特に上手いとは思わなかった、でもなんだか心を打つ何かが写っているとボクは感じ、彼に会うのを少し楽しみにしていた。

本題に入る前に少し触れておきたいことですが、ボクは基本的に受け皿の狭い人間です、自分の作品制作するようになった以後、人の作品展とか写真集はあまり進んで見たりしない、そう書くとずいぶん閉鎖的に聞こえるかも知れないけど、ボクは自分に集中するとそうなってしまいます。
特に閉鎖的な生き方をこだわっているのではなく、要は人の作品をいくら見たところで所詮、人は人、自分は自分、自分の作品作りにはあまり参考にならないことがだいたい分かったからです。むしろ外的な刺激にはやや慎重にならないと作品制作に良い影響を与えないことを感じたからです。
この意見に抵抗を感じる方もいるだろうけどボクにとって、作品を作るとは自分のイメージから始まるのであって、他人の作品は一切ヒントにしたくない、少なくともボクはそう云うタイプです。

そんなわけで人の作品を見る時はある程度の距離をおいて見ます、でも昨日見た作品からは久しぶりに新鮮な刺激をもらいました。
若手の写真家によくありがちな、捉える目線、手法、作品の見せ方、そこに未熟さとか迷いを感じる作品がとにかく多いのですが、彼の「スクールガール」と云う作品が目に止りました。
そこに十代の多感な女の子が自然に描かれていました、感じた第一印象は「これはそうカンタンにできることではないな」と、ボクは感じました。
ある作品はコインランドリー内で撮っていました、女の子が洗濯機の前で手に衣服を持っています、どうして服を持っているのか意味不明ですがとても直感的で妙に引込まれるのです。
光の捉え方も特に意識したわけじゃないと本人は言っていました、何を聞いても具体的な答えは帰って来ません、すべてはただなんとなくそうしたような返事ばかりです、でも彼が直感的なのか、ちゃんと意図していたのか、またはそれを上手く説明が出来ないのか、でも不思議な感じが写っていた写真でした。
彼は少なくとも撮っている苦労よりも撮影を通して彼女たちと一時のデートの時間を楽しんでいるように撮っていました、狙って撮っているあざとさが感じられず、カメラがどこかに消えているんです。
ヘアーメイクさんが現場に一緒にいたにも関わらず少女たちはみなメークなしのすっぴんで写っていました、この作品は何から何まですべてがすっぴんなままでした、すっぴんはヘタなメイクより美しいことを感じさせた写真でした。
そこに彼の好みの女の子像が赤裸々に描かれていました、これが写真だ、と云う説得力が妙に伝わって来るんです、冒頭に書いた、ボクはここ最近ずーっと他人の写真からほとんど刺激を受けて来なかったのですが、まさかデビュー前の新人さんからこんな新鮮な刺激をもらうとは夢にも思ってもいませんでした。
ボクは少なからず彼に嫉妬に似た感情を微かに感じました、でもだからと言って自分が彼と同じことをしたいとは思いませんでした、いくらあがいてもできないことが分かっているからです、これは彼が醸し出すフェロモンで彼女たちを酔わせながら撮っているんだろうなと感じました。
やはり写真とはアタマで撮る物ではなく、フェロモンで撮るんだ、と証したような気がします、アタマで撮ったモノほどつまらない写真はない、直感的な閃きとかフェロモンを武器に撮ったものほど強く伝わって来るものはないと新ためて思いました。
巷によくあるアタマで練り出した安っぽい写真を見かけますが、彼の写真はまったくそうではなく、ただ女の子が好きで好きなだけで、無意識な気持ちで撮った結果、これが自然に写っていた、そんな写真でした。
彼の作品を見てボクらが若かったころ、女の子に迫って口説いているような「激写」で一世風靡した篠山紀信の 写真を思い出しました。

ただ彼の作品を見て一つ感じたことは、彼が今後、仕事の撮影でもこれが損なわれることなく、この武器が使いこなせ続けられるのか、仕事で撮った時も今の初々しさを壊さずに撮れ続けられるのかは彼の今後の成長に委ねるしかない気がしました。
写真とはたしかに上手い下手があります、でもその一方でそれを越えた直感的な写真も存在します、彼の作品から久しぶりに刺激をもらい9月に開くボクの個展の作品を見直すキッカケになったと思います。