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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

ジャム作りで思い出したイギリス文化 

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近所にやまももの木に実がいっぱい付いていたので、早朝、脚立を抱えてコンビニ袋いっぱい摘み採って来た、これだけの実がなっていても他に誰かが採る気配がまったくない、ジャムを作らないにしても、果実酒を漬けるとか、何だって出来そうに思うが、日本には家庭で何かをする文化が本当にダメになった気がする。
やろうと思えば何だって出来るはずだけど、大工仕事が出来ない、ミシンを掛けて自分で服を作ったりも出来ない、魚を捌くことが出来ない、実を摘んで何かを作れない、なんでもかんでも店で売っている既製品を買って済ませるだけの文化になってしまい、その反面ネット通販とかおかしな文化ばかり繁栄する国。
そんな生活ばかりしてやがてどうなるか?結論は人間がどんどん消耗し軽薄になって行く。自分で作って失敗したり、喜んだり、感動して、考えて、そんな生活、そんな遊び感覚は仕事でも重要だと思う。
仕事とは責任ばかりではなく遊び感覚だって仕事で必要なはずだ、それは必ず仕事や生活にきちんと還って来る、それが文化だとボクは思う。

今から35年以上前のずいぶん昔の話、ちょうどピンクレディーが連日テレビで「ユッホー」と大ブレークし日本中がピンクレディーの嵐だったころの話。
ボクはイギリスにわずかな期間、アパートを借りたり、イギリス中、自転車で旅したり、ウインブルドンの豪邸でホームスステイして下働きしたりして、イギリスを転々と生活していた時期だった。今にして思うとあの体験はヘタな大学で学ぶより、その後のボクの人生でずーっと役に立っていると思う。
始めはフランスに行きたくてフランス語を真剣に勉強した、でもパリに行って感じた、あの当時はやはり日本人にとって最初の外国暮しはやはりイギリスの方が楽で良かった。
当時のフランスは外体験がない若輩の日本人には生活習慣、感覚の違いはあまりにも隔たりが大きかった、いきなり生活するにはちょっとむずかし過ぎた、その点、イギリスは部屋を借りるのも楽だったし日本人にとって感覚がラテン的なフランス人より、ずーっと常識的で几帳面で考えも近くてマトモに感じられる国だったと思う。
フランスも今はずいぶんマトモになったけど当時のパリは信号が青でも安心して道路はうかうか渡れなかった、いきなりバイクやクルマが突っ込んで来る、道路を渡るのは命がけで、何をするにもメチャクチャな国だった印象がボクにはあった。

およそ1年くらいのイギリス暮しで一番学んだことは英語以外で「文化」と云う概念を心に焼き付けて帰って来た。
当時まだハタチそこそこの若輩だったボクにとってこれは本当に大きかった、その後の人生の根底にこの価値感覚がしっかり根付いている、文化と云う感覚は日本では、ひょっとしたらマトモな大人ですらきちんと理解できていないオトナはたくさんいるのではないか、とさえ思う。これは冗談抜きに真剣に感じる。この概念は分からない人にはいくら説明しても分からないと思う。
もちろん、日本には日本の文化がある、云いたいのはイギリス文化と日本の文化の優劣ではない、でも言えることは現代日本に日本の古来の文化はもはや現実的に別物になってまったく生きていない、それがイギリスとかヨーロッパでは文化は日常の生活の中にきちんと生きていて文化レベルはやはり高いと思う。
例えば、ウインブルドンにある大きな公園、ウインブルドンコンモンには普通に乗馬して公園を廻る馬専用の道がちゃんと設置されている、さらに一般公園にゴルフコースまである、馬とかゴルフは彼らにとって文化だからです。
芝生はきちんと整備され日本とは公園の美意識は比較にならない、それが普通にあるから市民は秩序ルールを守らなければならないし、税金もしっかり収めなくてはならない、パブリック概念はしっかり重みがあってハッキリしている。つまりプライベートに対しパブリックの違いは曖昧ではなくハッキリしている。

ロンドン郊外には大きな森のような公園がいくつもある、季節ごとの実がなってイギリス人はそれを摘み取り家庭でジャムを作るのは生活の文化として生活に普通に定着している。
もちろん日本だって家庭で梅干しを作る文化はあるが、ヨーロッパにくらべれば生活に根付いた文化ではない、 まだ韓国のキムチの方がよほどしっかりした文化だ、日本はあまりにも経済優先に振り回され忙しすぎた。
そこを30年前ボクはヒシヒシと感じその先の未来が何となく見えた、当時イギリスは経済はガタガタで連日ストばかりのイギリス病と云われた時代だったが、「腐ってもタイ」とはこの国を言うのだと思った。
始めから生まれ持った「品格が違う」と思った。