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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

作品展 儚い夢の作品について 深み 



作品を作るにあたって、ボクがもっとも大切にしていることが3つあります、そのうちこれが最も大切だと云うことをお話しします。
3年くらい前、コマフォトで特集を組んでもらった時、ボクが一番こだわるのは光と質感です、と云いました、今振り返ると、なんであんなことを云ったのかと思う。でもコマーシャル写真雑誌にそれ以外の小むずかしいことを云っても却ってむずかしくするだけかも知れないから、敢えてそう云ったのかなと当時を思います。
ボクは作品に一番大切にしていることは”物事の深み”だと思います。深みと云っても何のことなのか、伝わりにくいかも知れない、”深み”とは場と相手を間違えると恐ろしく安っぽくなってしまうから慎重にわきまえて使わないとダメだと思います。
ボクにとって深みとは、心の奥深いところにメッセージがしっかり届くこと。それがボクにとっての深みです。 深みのある良い物とは、作り手の気持ちがしっかり込められた物、作り手がじっくり考られて作られた物、良い素材が使われている物、そこには例外なく「深み」が込められています、作品の深みとは、いつまでもじーっと時を忘れて見ていたくなるような、メッセージがしっかり描かれている中身のある作品。
人によって深みの概念は違うかも知れないけど、究極は「共通した普遍性」は一致していると思います。
深みのある作品は見ていて気持ちがいい、深みのある物は持っていて幸せを感じる、深みのある人と接すれば尊敬できるし学ぶべきことが多い。
多分、深みとは、人の心の奥から湧き上がってくる価値観を云うのではないかと思う、逆に深みがまったく感じられないものには、敬意も愛着も感じられない。
パリとかヨーロッパに行くといつも感じるのが街並に深みのある美しさを感じます、多分そこには深みの文化があるからだと思う、でも今の日本の街に深みを感じるのは奈良とか京都くらいで、他からは深みは感じられない。
日本はいつの間にか深みと云う文化と価値観をどこかに置き忘れてしまった。物や価値観や人の生き方がどんどん安っぽく低俗化した気がします。考えてみれば深みなんて価値観は、ないならないで生きて行けます。日本人は深みよりも安定を選んだ気がします、この時代に深みなんて贅沢な価値観かも知れない。
云えることは、写真家をして充実感を感じることですが、自分の最も大切にしている深みの部分に共感してもらった関係はやはり太い絆を感じます、様々な逆境も乗り越える力があります、でもそうでない浅い関係はそこに絆のようなものはなく薄い関係でしかない。
ボクは作品に求めるのは作品が並んだ時、それらはいい写真であるよりも、作品から深みのある空間を求めます、その空間が出来たなら目的は達成したことになります。