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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

向き不向き(3) 

向き不向きに関するコラムはこれで3回目です。
自分自身がこれまで写真を教て来た結果、すぐ上達する人、上達しない人、極めて優秀な人の例では普通なら一生かかることをわずか数年で達成した現実を目の当たりにして、そこに何が原因でその差が生じるのか、その秘密解明はボクにとって大変興味深いものです。

最初にボクが感じている結論から云えば、努力した、努力しない、努力と結果が正比例するとは必ずしも云えない、これがボクがこのコラムの結論です。

これまで写真に長年従事して感じたのは、表現の仕事と普通の仕事の違いは頑張り方がやはり違います、もちろん何も頑張らない人に結果は出るわけはなく、大きく見れば同じかも知れないけどやはりポイントが違います。
普通の仕事は頑張り次第で結果に違いが出ます、ボクらの仕事は変に頑張り過ぎると却って空回りするばかりで自分を見失うことがよくあります、頑張る前に自分が描きたいイメージ世界観をしっかり掴まないで、変に勢いだけで進むとおかしな方向に行き混乱し収拾が付かなくなることがよくあります。
それは目には見えない意識世界を現実のカタチへと具現化する発明者のような作業は一個一個の小さな結果に立ち止まって思考し冷静に客観的な分析が出来る思考力と観察力とセンスが求められます、変に頑張るより却ってじっと立ち止まって覚めた眼差しの方がものごとが見え結果が出ることが多いのです。
この重要性がしっかり把握出来ているか、どうかで結果に差が出ます、これは内面世界を見抜く訓練が出来ていないとなかなか思うようにならないかも知れません。
しかし、ボクらは普通の教養、思考力は学校である程度は訓練していますが、心の動き、イメージの掴み方、組み立て方はそうではなく、それは生まれ持ったものか、周囲にその能力を持った人と出会うか、じゃないとこれはなかなかカンタンに発掘される能力ではないと思う。

ボクは学校では勉強は興味はなく当然成績は良くなかった、しかしいつも成績が悪いばかりでは困るから、時々気持ちを振り絞って頑張った、でも長くは続かず結果に反映しなかった、反面、成績の良い友人を見ていつも感じていたのは彼は頑張った結果、成績が良かったとはどうしても思えなかった。
彼を見て感じたのは、どう見ても何らかの生まれ持った能力としか思えなかった、しかしそんな友人が身近にいたことはラッキーで、彼がアタマが良くてボクが単にバカだったからとは思わなかった、むしろこれは個性に近い能力だと子どもながらに感じていた。
彼が一度、勉強すればまるでコピー機のように教科書の内容をアタマに写し込めた、しかしボクには当然そんなことは出来ない、これを世の中は安易にアタマが良い、アマタが悪いで片付け生徒はこの成績によってランク付けされた。
ボクは子ども心にアタマが良いとか悪いとかは何かもっと別の理由があると思っていた、それが大人になって気がついたのは違いの根拠は意識の中に広がるイメージ展開があるか、ないか、その違いだけだと思う。
この広がるイメージがあるのか、イメージがないのか、そこで教科書が吸収出来る人と出来ない人に分かれる、また人から何か説明されたことに対し、瞬時にあらゆるイメージ展開がさっと出来るなら、それは確かに一定水準の知能が高い証拠と云えるだろう。
でもそれが出来ないから知能が低い、アタマがが悪いとも言えない、 ADHDとかアスペルガーのように偏ったイメージ力を持った人はこの世にはたくさんいる。
数学にはイメージは湧かないけど、音楽なら底抜けにイメージが湧く、写真ならイメージが湧く、それが個性なのかも知れない。
写真において云えることは、仮に写真を撮る、そこから次々にイメージが湧いてすぐ次の段階に進化する人と、まったく進化しない人がやはりいる、ボクから見たらどうして次に行けないのか?そんなにむずかしいとも思えないけど、出来ない人にはやはり残念ながら出来ない、それが向き不向きの実態だと思う。