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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

現代の魔法(2) 

最近「道なき道を行く能力」「現代の魔法」について書きましたが今日は続編です。
道なき道を行く、とは大げさですが、方法論、過去事例、に執着しないでゼロからことを始める考えと云う意味です。

時々、修行中の若手たちに写真を教えます、その時、彼らから感じるのが方法論データーを相当重視していると感じます。もちろん、大方の広告はその考え方で仕事をしているので影響を受けるのは当然です。
たしかに方法論は重要な決め手です、でもそこに落とし穴が潜んでいます、感覚表現をする時、方法論で事がすべて思うように片付くと思ったら間違いです、特に作品を方法論から始めると作品は良くないところに行くと思います、方法論ではなくファンタジーとかコンセプトから入るべきです。そのための展開法が方法論です。
広告がつまらない理由はこれです、広告はスポンサーにラフ(完成予定図案)を出しOKをもらい忠実に本番を作って行きます、そこで閃きを引き出すなんてよほど能力がある表現者たちのすることで、普通は約束に沿った仕上げになりがちで、骨抜き表現になってしまいます。
表現の決め手は「これだ!」と云う閃きが重要とボクは考えています、逆にアタマで作られた作品、方法論だけで閃きがない作品は命がないのです。

ここで話は「道なき道を行く」に戻ります、「さてここからどこに向ったら良いのか?」進むべき道、これから何をすれば良いのか?がまったく分らないわけです。
表現の意欲があるなら普段使わない直感が動き出します、しかし毎回必ず動くとも限らないです。でもそれしか他にやり方はないわけです。
そこで苦しみます、思うように先に進みません、先が見えず諦める人もいます、そこで自分に向き合うわけです、その悶え苦しみを通して自分自身と向き合うことになります、それを繰り返していると、ある時ふっと閃きます、「あっ、、これだ、、、、!」この手の閃きは表現の骨格になります。
方法論では描けない気配が作品に写ります、つまり結論はこの魔法が上手く操れたらそれこそ作品作りの醍醐味ではないかとボクは思います。
これが現代の魔法と思います。