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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

作品作りについて(7) 

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画像は雑誌ナンバー 旭鷲山関
雑誌の仕事を経て広告の仕事に辿り着いたが、雑誌で得た体験談をここでもう少し書き記したい。
ナンバーからは定期的に仕事がもらえた、仕事のない駆け出しカメラマンにとってナンバーの仕事は収入はもちろん、プロ撮影の現場経験を踏ませてもらたこと、有名人を撮るおもしろさを体験出来たこと、これらの体験が何よりも大きかったと思います。
駆け出しカメラマンにとって人気雑誌から仕事が任さる、その上がりが雑誌を飾る、結果を出して評価が上がる、これが重なるにつれ写真家として自信が付くものです、逆に人目に触れられなければいくらプライベートで良い作品を撮っていてもたいして意味はないと思う。
作品作りとは自分のプレゼンテーションでもあるけど、作品制作を通して現場シュミレーションが出来る場でもあります、実際の現場では決められた条件と時間内で結果を出さなければならないのです、作品制作の試行錯誤した経験が現場でどれだけ余裕をもたらすかボクは実感した。
ボクからすれば駆け出し時代にこの体験をじっくり通過しないで、カメラマンデビューして結果が出せる、この方がよほど不思議な気がします、要は如何にデビュー前に自分の作品に真剣に向き合ったかが分かれ道に思いますが。

何度か現場の撮影をするうちに余裕が出始めた、そこで何が出来るのか実験する余裕が出始めた、ナンバーの場合、スポーツ選手の練習場まで出張して撮影をするのがほとんどです。
助手もいないたった一人で手持ちで運び込める撮影機材でやれる事は限られます、わずか1灯のストロボでどこまでの表現が可能か原点に立ち還って限られた条件で何が出来るのかいろいろ考えそれを実行しました。
そこで学んだ事は、スポーツ選手を撮るとは、選手全員が取材に協力的ではない、時にはこちらの思惑に相反する場合もあります、毎回、必ず思い通りの表情が撮れるわけじゃない、でも雑誌を飾れるプロの結果は出さなけばならない。
そこでボクは光を上手く取り込んで絵柄を作る考えに集中した、仮に撮影で重苦しい緊張した表情が写ったとしても画像としての完成度が写っていれば表情がなんであれ上がりはカッコ良くなる事を知った、それは自然光であったり、一灯のストロボであったり、そこにある条件を取り込んで如何にきれいな画像が作れるかいつも考えていた。その試行錯誤がその後のボクの写真の絵作りの重要な基礎になり財産になった。
雑誌の仕事は決まったラフがないだけ、現場判断で何でも自由に出来る、逆に現場の限られた条件で泣いても笑っても結果を出さなけばならない、その緊張感が結果的に勉強の場になった、その後ボクにとって設備の整った大きなスタジオで撮影するよりそんな条件の撮影の方がボクにとって得意技になった。
もしこの体験がないまま広告に突入していたらどうなっていたのか?多分精神的にも経験的にも余裕がなく結果は出せなかったと思います。
またインド上海の体験もそれなりに役に立ったけど、ハッセルに三脚を付け被写体に正面から向き合って撮影する感覚は、民族を撮っていた時に育てた感覚だと思う。今になって気がついたのは、インドで作品を作らなかったのは、これをカラダに叩き込んでおきたかったからだと薄々感じていたからだと思う。
作品制作で培った感覚を雑誌経験で育て上げ、その雑誌経験が広告の仕事へと繋がって行ったわけです、今、思えば上手い具合にステップを踏んで広告に繋がったと思います。