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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

作品作りについて(10)遊び心 

前回から続きコラムです、前回、書かれた写真業界の違和感についてです、ボクがこの業界に入る前、勝手に思い描いていたのは、この業界で活躍する人たちはみな遊び心に溢れ遊びの達人だと、ボクは思っていましたが、現実はあまりそうではないと思いました。
もちろん、子ども時代に誰もするごく当たり前の遊びなら誰だって普通に経験していますが、ボクの指す遊びとはもっと大人の遊びです、巷で売っているモノを買って説明書通りに遊ぶのではなく、もっとオリジナリティーのある独創性の自分遊び心です。
遊びをいっぱいして遊び心は鍛えられ、考え、その世界に浸りながら創造性は鍛えられますが、意外に遊びを知らない人が多い現実にびっくりしました。
ボクが思うに創造の源は遊び心だと思いますが、でも現実はどこか枠に収まっていてハミ出ていないことを感じます、スポンサーから発注された「お約束カット」をきちんと忠実に撮る人が多く、それが広告業界のすべてだとは思わないけど、すごい遊びの達人と云える人は多くはいない気はします。
その原因とは、一つには長い期間、あちこち海外を旅をしていなく、日本社会の枠から出られていない気がします、外に行けば、日本人の知らない遊び感覚を見たり体験したりします、その多くはお金を使わない、遊び感覚です、フランス人イタリア人は日本人にくらべたら遥かに遊びの達人だと思います。
「なんだ、これで通用するのか、今まで思っていたことはいったい何だったのか?」と思います、この目から鱗の体験が少ないからだと思います。
日本人の多くは競争率の激しい大学に入って、卒業後ストレートに広告代理店に就職して広告を作ります、そのほとんどは時代感覚だったり、机の上で考えた案であって、あまり外遊した経験がないと思います。仮に外に行ったとしても、せいぜい1〜2週間です。あまりにも忙くて遊ぶヒマがなかったと思います。つまり創造とはもっと時間がたっぷりある中の遊び心であって、いっぱい遊んでいなければおもしろい表現は出来ないと思います。
昨日の話題を繋ぐと、遊び心とは原石であって宝石ではないのです、原石はほとんどの人には見向きされません、もちろん誰かに可能性を見いだされ、活かされる場合もありますが、大半は自分の思うようにならない厳しい環境に長く甘んじなくてはなりません。
そこで、原石を活かすにはどうしたら良いのかアタマがすり切れるくらい考えるわけです。云うなれば優れた才能はそのままでは使えなく使えるまでは必死になって考えざるを得ないのです。