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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

エスカレーターとエレベーター 

ボクがまだ小さかったころ、ちょうど「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代、ボクの育った名古屋の街じゅうで市電が走っていてビルとか大きな店にはハデなネオンがキラキラしていた頃のこと。
今思うと、あのころクルマは今ほど多くなくて、街は市電とかネオンとか電柱電線とかアドバルーンとか映画館の看板とかのバランスがちょうど良く街は今より何だか活気があったようにも思います。
街の中心は大きなビル、テレビ塔とか噴水とかデパートが立ち並んでいて、家族で市電に乗ってデパートまで行った時、そこにエスカレーターとかエレベーターが忙しく動き回り各エレベーターにはエレベーターガールが各階案内をしながらエレベーターを操作していた、普段、見慣れない珍しい物がたくさんあって目を丸くしていた。
笑い話しみたいだけど、当時ボクはなかなかエスカレータのタイミングが上手く取れず乗る度に足がもつれていた、エスカレーターに乗る瞬間は意を決して乗るが、片足だけが先に進み、もう一方の足は取り残され転んでいた。
次々に出てくる階段に上手く合わせられず、一歩が踏み出せない、あまり見過ぎると乗れなくなると兄貴は得意そうにアドバイスするがまた転ぶ、親たちはさっさと行くがその度に転び、手を引っ張り上げてもらって周りからケラケラ笑われていた、大人たちから笑われるのは仕方がないけど似た年の子供から笑われるのはすごく恥さらしで子供ながらに落ち込だ。
エレベーターも同じ、乗った瞬間、あのミゾオチがグワ〜んと来る浮遊感のような昇降感、あれが嫌いで手を握りしめて両足を踏ん張って乗っていた。
多分今なら信じられないことだけど、当時はエレベーターが動き出すと泣き出す子供は結構たくさんいた、時々小さな子供ばかりいっせいにワーワー泣き出したことを覚えている。
回数を重ねるうちに昇りはなんとか馴れたけど、下りは相変わらずグワ〜んと来る昇降感にいつまでも馴れなかった。
これも、エスカレーターと同じで似た年の子供に平気な顔でいられたり、見下された顔をされると妙に差をつけられ気になりムキになっていたけど、そんな下らない競い合いにあのころからバカバカしく感じていた。
でも子供の時にエレベーターにすんなり乗れなかったから、大人になった今でもジェットコースターの急降下はイヤで乗らない、飛行機も時々乱気流に巻き込まれストーンと落ちる時があるが、あれも同じように嫌だ。

ちょっと前のこと、インドネシアの田舎と田舎を結ぶローカルな飛行機に乗った時、今時こんな飛行機がまだあるのかと思ったくらいでプロペラ飛行機はボロかった、乗客の大半は田舎のおっさん、おばさんたちで占めていた。
フライト距離は結構長く各駅停車みたいに何度も停まりながら目的地に向かうが、停まった田舎の空港ビルにエスカレーターが付いていた、そこで乗客がエスカレーター乗り口の前でタイミンが合わずコロコロと転んでいた。
乗れない人があまりにも多いのかスタッフが転びそうな人を両手で支え手助けしながら乗せていた、それでも転ぶ人はやはり転ぶ、一瞬笑ってしまいそうだったけど、さすがに大声で笑うわけにも行かず、昔は自分も転んでいたなと思い出していた。