FC2ブログ

アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

これを境に空間で撮り始めました。 

im318.jpg

昨日、恩師有田泰而について書きました、具体的に有田さんから学んだことは何かをお話しします。
日本で写真を撮ることに限界を感じインドで写真を撮るうちに肌で感じたのはspontaneousという感覚でした、自分の自主的な気持ちで写真に向き合って撮る、この感覚がこれまでまったく足らなかったこと心底実感しました、もちろんそんなことは誰だってアタマで分かっています、でもそこが怖いのです、ただ分かっている気になっているだけです、分かっていながらどうにもならずそれが突破できないのです。
下積みの立場では夢もない厳しいところに立たされます、スタジオアシスタントをやれば厳しい環境に日々置かれます、そして業界の常識をイヤというほど叩き込まれます、「仕事とは相手の要求を撮ることで、自分の撮りたい物を撮るのは仕事じゃない、仕事とはそんなに甘いものじゃない」そんな考えを仕込まれ、大半はそこで野心のような気持ちは消失します。
たしかにそれは正論です、言われればなるほどと言う説得力に満ちたことばです、それをそのまま素直に鵜呑みにする人は多いと思います、でもそれだけではやはり良い写真家としては完全に失格でそれまで止まりです、その限られた環境の中で何を考えるか、何も考えないまま終わるかでは大きく差が出ます。
好きで志したはずのカメラマンがいつのまにか決められたことだけ撮るただの作業になりいつしか自分の意思を失った写真家になります、そこにその人の資質が問われます、自分の答えが出せるか、圧力に屈してしまうか、また出会う人によっても大きな差が出ます、引っ張り上げてくれる人に出会えれば大きな助けになります。
どんな厳しい環境にも必ず何らかのスキ間があります、そこでスキ間を見つけ気の利いた答えを見つけ、答えを実行して結果を出した人が最後は頭角を表します、そこで結果が出せなかった人は自分が思う仕事にたどり着けません。
これが僕が悶々とした日々に感じた実感です、心当たりのある方はこれを参考にしてください。

話を元に戻します、自分のspontaneousを探し求めて旅を続けました、インドから帰国して、少しバイト生活をして次は中国のシルクロード地方を目指しました、僕らが写真家を志したころ大ヒットしたサントリーのウイスキー広告「夢街道」でした、あの広告に描かれたシルクロードに夢を感じ影響を受けたんだと思います。
(現実にそこに立って見て思ったのは、テレビで描かれた夢街道とはまったくかけ離れた現実を見ました)
時間とお金をかけて遠い中国の西の果て、もうほとんどトルコの手前の国境のカシュガルという秘境の街まで行くんです、少なくともひと月くらいはじっくり腰を据えてとことん撮りたいと思いました、でもそこで何をどう撮るかは決めていませんが、行けば何かハッとする物が見えてくる期待感、むしろ日本から何を撮るのか決められません、自分は何を撮るのか知りたい、むしろそれを探す旅でした。
カシュガルに着いて実感したのは、そこはインドや上海のようなパワーのある街ではなく、僕にはパッとしない期待ハズレの掴みどころのない街でした、でも日本から期待してわざわざ遠くまで来たわけです、結果が出るまで何か一つくらい撮って帰るしかないのです。
ところが長くそこにいるうちにあることに気がつきました、日本にはない古びた味のある空間がパラパラありました、せっかくこんな空間があるのです、何か撮れないか考えました、いろいろ考えた末、その空間の中で自分がモデルになって人民服を着て撮ってみようと思いました、特に自分を撮りたかったわけではないのですが、他に良い人が見つからないから自分で自作自演するしかなかったのです、結果的にセルフポートレイトになりました。
本来はそんなことをしにわざわざしにここまで来たわけじゃないけど、多分カシュガルの街で撮った物は期待するほど成果があるとは思えず、他にやることがないか探していた時のことでした、当時はまだデジタルカメラはないし、その時ポラも持っていないからどんな風に写るのか全くわかりませんが開き直って遊び半分気分で撮ってみました。
その時、有田さんがかつて紙の上にガラクタを置いて撮ったことを思い出しました、ポイントは空間を肉眼だけで見るのではなく、感覚の目で物と光でその空間を読み、写真として美しい空間を作る必要があります。
もしカメラマンを志す方がキレイな空間が撮れるカメラマンになりたいなら、目で見ることと、カメラで写ることのズレはある程度、計算できるまで訓練を積まなければ空間は表現はできないと思います、仮に写ったとしてもそれは偶然に写っただけです。その場で、そこにある光と不思議な空間をどう組み合わせれば写真に命が宿るか色んなパターンを想像しながら撮りました。
日本に帰国して撮った物を見てびっくりしました、それは目で見て感じたことと写っていた物のズレでした、こういう空間で撮るポイントは部分だけ見るのではなく、建物に絡みつく光の空間が写真にどう写るか、そこが現場で正確に読み解けるかどうかがポイントだということに初めて気がつきました。
それが読めれば自分で空間を作ることも出来ることもそこで感じました。
これが分からない人にこれを見せつけられると多分マジックだと思います、これを境に僕は空間で写真を撮る考えになって行きました。