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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

フィリピン紀行 

最近似たような写真についての話題ばかり書いています、というかほとんどずーっと同じテーマばかり書いています。
ここら辺で少し気分を変えて旅で出会ったことを思い出しながら書いてみたいと思います。
ここ20年くらいの間、アジアの国々はずいぶん経済発展しました、特に中国タイはかつてにくらべてすごく豊かになったと思います、でも実際の数字はよく分からないけど、フィリピンは相変わらずこれといった産業があるとも思えないし、今も経済は特に発展した感じはしません。(こんな勝手なことを書くとフィリピンの方に怒られてしまうかもしれませんが。)
タイに旅行に行く人はわりとたくさんいます、でもフィリピンに旅行に行く人ってあまり聞きません、昔はおっさん達のセブ島観光はよく聞きましたが今はほとんど聞きません、どちらかというとおっさんのゴルフと買春のイメージ強くあまり健全なイメージはなかったです。
よく考えたらフィリピンはおかしな国です、日本から最も近い国の一つで4時間くらいで着く国なんですが日本人の意識はフィリピンは遠い国です。台湾、韓国に行った人はいてもフィリピンに純粋に旅行に行った人は本当に少ない、滅多にいないんじゃないかと思います。何かイメージが悪い国、どうしてこんなイーメージなんでしょう?
たくさん南の島々があるから隠れた極上の秘境島がまだまだあると思うのですが、どう言うわけかこれと行った観光島はボラカイ以外は聞きません、例えばタイのプーケットみたいに誰もが知る観光地がありません。
一つには島国のフィリピンは島が多すぎて政府の統治管理が隅々まで届かないのかそこらで反政府ゲリラと政府軍がドンパチやって治安面で安定していなかった、これが長く続いて観光開発が進まず、私たちにとっては近寄りがたく馴染みが薄い国になった、が理由の一つかな?と思います。

本島ルソン島の北部にバギオというまあまあの街があります、僕らが行った時、そこは大地震が起きた後で、所々に半壊した建物がまだ痛々しく残っていました、そこからさらに奥にバスで数時間くらい行ったところにボントックという小さな街があります。
ボントックは今思うともったいない過ごし方をしたものだと思います、ちょっと見た感じではアジアの典型的な何もない平凡で退屈な田舎町ですが、これがどうしてどうしてアジアの素朴な空気がそこかしこに残っていて、それが理解できない人には素通りの街ですが、この緩やかな不思議な時間の流れが理解できれば日本人にとっては貴重でおもしろくていたままれない不思議な街に感じます。
ボントックのさらに北にわずかばかり行くとバナウェィと言う山岳民族の村があります、イフガオ族が住んでいるので訪ねました、そこにある大きな棚田が世界的にも有名です(世界遺産かな?)さらにもっと国道を北に進んでいくとカリンガ族の村もありそこも行きました。
これらフィリピンの民族は中国で出会った少数民族とは感じがかなり変わります、なんと言えば良いのでしょうね?かつて彼らは土人だったとでも言えば良いのか、民族(ethnic minority)と言うより部族(tribe)って感じ強く、かつては土地の争いや女の奪い合いで周辺部族と頻繁に戦闘を繰り返し、殺した相手を持ち帰って切り刻んで食べていたようです。
男は槍とか弓を武器に持ちふんどし姿で羽の飾りを身に付け謎めいた文様の刺青が体に施され感じとしては、やはり裸族に近い感じでした。
もちろん今そんな風習や格好はずーっと昔に終わりました、特にイフガオ族は早くから洋服生活化してましたが、カリンガ族はまだ裸族の名残と気配がチラチラとあり顔からも村人の端々の雰囲気にもありました、それがおもしろくてわざわざそんなところまで訪ねたんですが。
イフガオ族は僕らと生活感覚のズレ違和感を感じませんでしたが、カリンガ族は不器用な民族で進化しないのか、村に一歩入った瞬間、その雰囲気は相当に異様でした、女達は口ぐちに僕らの顔を見た途端、鋭い目付きと強い声で「マッチス!」と言います。マッチスとはマッチ箱のことです、村にはもちろん売店などないし村の近くにもありません、どうもマッチが欲しいようです。
その違和感にやや怖いやら、ゾクゾクするやら、探していた民族に出会えた喜びでこれから何が始まるんだろうか?という期待感がありました。
村に来る前、ボントックのホテルの主人に「カリンガ村に行く」と言ったら主人は村での絶対禁止事項をいくつか忠告してくれた、宿泊と食事以外は何があっても絶対お金を払ってはならない、写真を撮らせてもらう場合も絶対にマッチか魚の干物に謝礼にすること、事前に市場でお土産用の魚の干物とマッチ箱をいくつか調達して行くことなど、とにかくお金は絶対に払うな、と厳しく言われた。
村に何日か滞在した時、ある夜、軍服を着た男数人が僕らの家に自動操銃を持ってやって来た、教養のありそうな一人の男が英語で話しかけてきました、始めは話がよく分からず何事なのか?分からなかった。銃を持っていても僕らに危害を加えそうな雰囲気もなく怖くはなかったけど彼らの意図がつかめずちょっと困った。
だんだん話しているうちにその内容が見えてきた、「この村は今政府といろいろとモメている、川の上流でダムを作ると言ってるが、この村は沈む、我々はどこか他の場所に行くところがない、日本ではこんな時はどうしている?」と聞きたがっているのがだんだん分かったけど、それに対してどう答えていいものか答えの仕方に悩んだ。いずれにしても、僕ら日本人は争い事があっても銃で武装はしないからその銃があると話にならないと答えるとそのまま男たちは黙って帰って行った。