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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

バックナンバー(魔法植物園) 

今日の文は昨年6月の16日には発表した文を叩き台に大きく修正した文です、昨年書いた文を新ためて読み返すとあまりにも多くのムダなことが書かれていることに驚きます、多分あの当時、まだ自分の考えが絞り切れていない中で書いたんだろうと思います。
今読むと書いた本人ですから何が言いたいのか困惑しあれでは人に伝わらない文だと思いました。でもそこで書こうとしたことは自分なりに大事なことには変わりなく作品「魔法植物園」の制作を始めて1年が経って当初から考えが変ったのか、成長したのか、作品に対する感じ方が変わりました。
もちろん目指す方向は依然変わらないとしても、目指すべき的が絞られ、過去文の曖昧な部分が見えてたのでムダな部分をそぎ落として、もう少し分かりやすく書き直して再出稿してみました。

これまで毎年のように発表し続けたモノクロ作品展が昨年秋に終わった時点で、新しい作品について着手し始めました。何年も続けたモノクロ作品ですが、同じことを続けて鮮度が落ちるのは必然で、ここでいったんモノクロは置いて色の表現がしたくなりました。
そこで選ぶ機材はデジタルか、フィルムか、今回は迷わずデジタルにしました。
フィルムは当たり前の話、感材費のコストは案外バカにならなく、またフィルム、印画紙は生産終了したものが多く選択条件はどんどん限られています、フィルムで気楽に「まず撮って考える」これがコスト的にそうカンタンにはできません。やはりデジタルを選んで確実に感材コストは安くなりました、その分、高価な最新機の購入が可能です。
たしかにデジタル出力プリントはアナログプリントにくらべると、どうもあの出力の色は好きになれない、という生理的な 根拠は理解できます、でも印刷を前提に考えるならフィルムがデジタルより良いとはボクには思えません。
むしろフルムはデジタルに比べ、色の濃さ強さ、彩度幅が物足らず、フィルム独特なハーフトーン感触が欲しい人には良いだろうけど、カラープリントはみんなが賞賛するほど良いとはボクには思えませんし、あえてこの時代にフィルムを選ぶ理由はたいしてない気がします。(ただし個人的にはモノクロは迷わずフィルムですが。)

さて、具体的な作品の取り組み方ですが、作品とは1点1点良い写真の集合体が作品集だと思う人がかなりいます、1点1点の作品は良いとしても、それがズラリと並んでも世界観が浮上して来ない作品があまりにも多い気がします、僕はその作品の考え、あり方は生理的にイヤですね。
僕にとって作品とは何点かの集合体の全体から透けて見えてくる世界観が作品の命だと思っています。その作り方は各人様々のようで、おおまかにそれが見えた時点で着手し、撮りながら世界を探しつつ試行錯誤を繰り返し作って行くタイプと、始めに基となる構想をほぼ固めてしまい、その具現化に向けて真っ直ぐ作るタイプがいます。この後者のタイプは往々にして脇目を振らずに突き進むタイプが多いようです。
僕の場合、撮りながら壁に突き当たって考え、また撮って考えて進んで行くタイプです、ここで自分の作品に対しての客観的考察力、世界観、その具現力、それらが稚拙で甘ければ作品はブレたり、中身の薄いモノにしかなりません、質の高い作品を完成させるのはここで、それらに対し、どう考え取り組むか、その密度にかかっています。
さらに具体的に描きたい色付け方法ですが、テーマのストリー性、ブリッジ、構造を重視するか、絵柄の雰囲気を重視するか、二つの考えがあります。もちろん、構造もブリッジもしっかりしていてフェロモンまであることも十分あり得ます。
今回の僕の作品は「色彩」と「魔法」をコンセプトに作品作りを始めました。

ただ前々から感じていることですが、僕らが普段従事している分野は広告写真です、広告写真家は1枚の写真を完成度の高いグラフィックにするその表現力と技術力、それらのレベルは間違いなくかなり高いと思います。
しかしそれが作品全体から透けて見えてる世界観、物語性は1点の表現力のレベルにくらべて、恐ろしく中身がない、表現の意識が甘いことを痛感します。
はっきり言えばよくまあ広告界の第1線写真家として通用してしまうと広告界の中身の薄い実態にびっくりします、自分も広告写真に従事する者として厚みのある作品にしないわけには行かないと感じています。