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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

肖像写真を撮ること 

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彼らを撮る時は必ず彼らのためにポラロイド写真を撮ってあげていた、こちらが一方的に撮って終わるだけでは話が成立しない、仮に撮らせてもらえたとしても彼らのための写真にしないと場は盛り上がらない。
中には、ポラ写真は要らないからお金が欲しいと言われたこともあった、その時はお金を払って撮らせてもらった。正直な話、ポラのコストは1枚200円以上、お金を払う場合50円も払えば撮らせてくれる、しかもポラを大量に持って歩くのは荷物になる、これが結構しんどかった。
僕の訪れた彜族の村はリージャンの街から70キロくらい山奥にあった、よくまあこんな山奥に人が暮らしているものだと思った。近くに日本のように国道があるわけじゃないしこの辺りの道は舗装すら当然されていない、日本の現実を思うと何から何まで想像を絶するような村だった。
バス定期便なんか当然ない、時々山奥にやって来る車はほとんど林業局のトラックだ、でもそんな村にもどういうわけか小さな売店が数軒あった。どうやってこんな環境まで商品が届くのか、また店が成り立つのか、彼らはどうやって現金収入を得て暮らせるのか考えれば考えるほど日本の常識を超えた不思議なところだった。
僕らは林業局の宿舎のようなところに泊めてもらい食事も食べさせてもらっていた、ここが外国人解放区かそうでないか、もうどうでも良い話になっていた、こんな山奥に公安なんてそもそもいなかったし林業局の長官のお墨付きで僕らは滞在していたからもうどこかフリーパスみたいな感じはたしかにあった。それよりもここまで最果ての環境まで来るとそんな枠組みの仕切りなんてすべて何の意味も持たなくなった気がした。
その無法地帯ぶりはどこか心地よかった、環境的には厳しい物があったけど、日本でスタジオアシスタントをして助手をして、さて作品を作ろうかと思っても、心はそんな状態ではない、何から何まで締め付けられた環境で、さあ自由に作品を撮れと言われても身動きが取れない。むしろこんな山奥に来て動物的な直感だけを頼りに撮ることに集中することって、素晴らしく楽しい気がした。
中国の少数民族のテーマを始めた時、日本はバブルの終わりころだった、アシスタント時代、「流行通信」と言う雑誌で外人モデルたちの派手な撮影が連日のようにスタジオで行われていた。
現実離れな浮き足立った雑誌が売れた時代だった、中学生がブランド服を着たり、女子高生がシャネルとかルイヴィトを持ち歩き始めたり、麻布、六本木あたりでは国産高級車よりドイツの高級車の方がやや多かった時代だった、実際にこのころから高級輸入車が身近な存在になった。
多分僕はそういう時代感覚にどこか違和感を感じ、逆の価値観を撮りたくなった気がするが本当の理由は今でもよく分からない、とにかくそんな流れで少数民族を始めた。
彼らの生活は日本から思うと信じがたいほど究極だった、自分の写真なんかほとんど持っていなかった、つまり写真が初めての人たちばかりだった、撮らせてもらえるまで大変だった、彼らにとって写真に撮ってもらえることはテレビにでも登場する感覚だった思う。
もちろん僕はカメラに望遠を付けて無断でパシャパシャ撮ることは絶対にしなかった、そんな望遠レンズは持っていなかったし、撮る時は大きなカメラで三脚を付ける方法を選んだ、それは幕末の肖像写真と重なるような気分だった。
こんな写真を日本に持ち帰ったところで果たして誰が興味を持つのか?もちろん興味本位に見る人ならいくらでもいそうだけどこれを見て広告に繋なげられるADはいなかった、でも僕はそのうちになんとかなるんじゃないかなと楽観的に思っていた。あのころは何も考えていなかったと言えばそうだった、むしろ真面目に考えたら何もできなくなるから考えないほうがまだ良かった。
やはり常識という価値観は人と話をする、人と何か共有する時にはとても使い勝手のある共通言語だけど、やはり思考範囲、行動範囲がどうしてもつまらない範囲に限られる、でも不思議な物で必ずしもそこから逸脱できないかといえばそうでもない、時には意外なチャンスがあって常識外れだからこそ成立する場合がある。でもその感覚で世の中を生きるのはやはり結構しんどい、不安材料があまりにも多い、まともな人はそんなアホなことはしない。
撮った物を日本でプリントした、これまで見たこともないような心惹かれる何かが写っていた、でも広告としては通用しない、誰もこの少数民族の写真を見て広告を撮ってほしいと考える人はいなかった、あのころは何も考えていなかった、と言うかそれをするしか選択肢はなかった、動くしかないから迷わずあっちこっちとアポを取って歩き続けた。
そのうちに雑誌社から掲載の話が持ちかけられ、その掲載物が別の雑誌社の目に触れてナンバーの仕事が舞い込んだ。そこから道が開けて行った。