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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

スエーデンでは修理奨励する法案が提出された 

最近フェイスブックで面白い記事を発見しました。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/edahirojunko/20161026-00063710/ スエーデンでは二酸化炭素削減のため、壊れた物はできるだけ修理することを奨励しそれらに税金面などで優遇する法案を提出したと言う話です、もしこれが現実に可決されたら、世界の二酸化炭素削減の先駆けですごい話だと思います。
時々ニュースで目につくのが、例えば自動車産業の記事で自動車の生産台数、販売台数が昨年比で、伸びた伸びない、これが景気の一つの指数になっているような記事内容に受け取れますが何か腑に落ちない気になります。
世の中、二酸化炭素削減と騒がれ始めてずいぶん年月が経ったハズです、日本ではクルマはもはや飽和状態で渋滞が慢性化しています、特に連休の高速道路の渋滞事情はもう限界を超えています、これでは走るにも走れた物じゃないのが実態です、これ以上まだ販売台数が前年比で伸びた伸びないが記事になっていますが、一体どうなっているのでしょう?
物が溢れまくっているこの時代、物とはいかに安く作っていかにたくさん売れるかが勝負のようです、日本の生産業は中国や台湾韓国に相当やられました、この競争をまだ続けなくてはならないんでしょうか?他に手はないのでしょうか?
現状、日本ではありとあらゆる業種の量販店がそこかしこにあります、郊外の国道沿線を見るとこれらの量販店かマクドナルドかファミレスチェーンばかりが目立ってあまり美しい風景とは言えない気がします。不思議なことにヨーロッパではこの猥雑で下品な国道風景は見かけません、どうしてでしょう?
さらにパリとかロンドンでは街中にビックカメラとかヨドバシカメラのような量販店は見たことがありません、どうしてなんでしょう?日本は物で溢れ飽和状態です、それらは叩き売り処分したいようにすら見えます、そんな風潮に壊れたからといって一体誰が修理するでしょうか?
修理なんかするより買い換えた方が話が手取り早い、安い、カンタン、クルマも修理する時代ではなく、壊れた部品を丸ごと取り換えているだけで修理をしているわけではない時代です、車検に出して修理して長く使うよりも古いクルマはどんどん処分して新しいクルマを買った方が話が早い、日本は発展途上国にくらべて中古車が異常に安く、世界のあちこちから買いにやって来ます。
むかし旅をしてたころ海外から帰国する度に感じたのは日本は物が溢れた国の印象がどこよりも強かったです、修理よりも買い換える方が普通な風潮にすごく違和感を感じました。こんな風潮はどこも当たり前ではありません、日本が特別そうなんです、(多分アメリカもそうだと思います)
またここ数年南米から日系人が自動車工場などの労働者として日本に来た人が言ったことが印象的だったんですが、粗大ゴミを見て、こんなのは南米ではゴミではなくまだ十分使える物ばかりです。
買って飽きたら捨ててまた新しい物を買って、また飽きたら捨ててまた新しい物を買う、この繰り返しを感じます。スマフォなんか新機種の出現は凄まじく次々に買っては新しい物が出てまた買う、古い物を持っているのが時代遅れで、実際に次々に開発されるアプリや新機能が対応しなくて買い換えざるを得ないのが現状で、次々に出ては消えて、この繰り返しでスマフォ産業は一時も止まることが許されない業界に感じます。
こんなに新しい物が出ては消えて次々に新しい物を買い換えるのが当たり前の時代を見て一つ危惧するのは、世の中から物を修理をする業者がいなくなることです、修理業者もこんな時代では仕事にならないので次々に廃業するのは当然の流れです。
もちろん今でも自転車店では自転車の修理してくれるとは思いますが、むかしは街のどこにでもあった自転車店が最近はあまり見かけないです、量販店で安い自転車を買うのが当たり前になって街の小さな自転車屋では太刀打ちが出来ず、次々に 廃業して今では街の小さな自転車屋さんはあまり見かけません。
自転車なんて安く買える時代になったので、駅に行けばいくらでも放置自転車が山積みされています、そんな時代なら修理するより買い替える方が話が早く修理業者が減るのは当たり前です。
むかしはどんな街でも当たり前にあったけど、今は見なくなった業種は、ふとん屋、洋服屋、看板屋、ペンキ屋、ガラス屋、畳屋、建具屋、表具屋、左官屋、クズ屋、数え上げたらまだキリがないですが、小さな個人商店、個人職人がどんどん消えて大型店に吸収されたり、物は既製品化され職人の手で作るとか修理ではなく丸ごと取り換えるのが当たり前になってしまいました。
家を見ても顕著です、むかしは家の玄関戸、窓は建具屋職人が木で作った物が当たり前でしたが、今はすべてアルミサッシの既製品です、そちらの方が防水性、耐久性でも優れています、家のほとんどは既製品パーツで作らているので、どの家も似たような家ばかりです、職人の仕事はそれら既製品パーツを入れ替えるだけが仕事で正直な話、これでは職人仕事とは言えす、その質は低下するばかりです。
また街を散歩しても看板屋が描いた看板が昔にくらべて消えました、ペンキ塗りされた壁も建物もない、住宅はどこもみな外壁材と呼ばれる既製品パーツで出来ています。その点ヨーロッパはまだ個人が日本より健在です、職人が作った手描きの看板、鍛冶職人が作った金物をまだ見かけますが、日本ではそれらの風景が消え職人文化をもう見かけません、これでは職人文化が深刻な絶滅危惧状態です。
これ以上まだまだ生産を増やし続けなくては産業が維持ができない経済体質なんでしょうか?スエーデンみたいに政府が修理業者を優遇したり助成金を出すとか修理産業を根本的に保護するような政策は取れないでしょうか?
こんな社会現象は一種の依存症状態同然でこれは社会病ではないかと思います、アトランティス文明は高度な文明を持っていたけどなぜか消えた、それは何か今の状態に通じる物がある気がします。