FC2ブログ

アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

旅の指南(36)部族世界に入り込んだ 

6905066.jpg

少数民族のテーマを始め、日本を出る前、想像していたよりはるかに困難だった、それを突破するため足を奥へ奥へ泥沼に入り込んで行くように作品作りを進めて行った。
そして撮ったものを帰国して見る度に、すごい迫力とか存在感が写っていた、それは日本ではいくら探しても見つからない何かが写っていた、「この何か」これは一体なんなのか?旅で感じた気持ち、そこで見たものをどう説明すれば伝わるんだろう?どう受け止め解釈すれば良いんだろう?今でも答えが出ないし、またそれはどこかで後遺症のようなトラウマが僕の心にずーっと住み着いています。
つまりそのトラウマとは、、、、、。
そういう世界をずーっと触れてしまうと、日本社会に違和感を感じたりウソ臭く感じます、その表現がよくないなら、リアリティーがないとでも言えば良いのかな?そう感じるのは僕だけかもしれないけど、そのリアリティーを追い求めて少数民族からだんだん原始にはまり込んで行った。
結論から先に書くと、原始の人を探してイリアンジャヤ(インドネシア領ニューギニア)に2回訪れ、2回目にこれ以上の原始の村は多分今の地球上探してもないだろうという村に数週間滞在しました。
正直な感想は彼らと暮らすのは本当にしんどかったです、僕だけがきつかったのか、あんな村に行けば誰だってきついかは分からないけど、何かここで書けるだけの面白い話が書けるほどの気持ちの整理はまだついていない。
ただ、どうして彼らはこんな20世紀(当時まだ1900年代だった)になるまで石器時代さながらの暮らしをしているのか知りたくてガイドに聞いた。
するとガイドからおもしろい話が聞けた、彼らは山奥に閉ざされた暮らしを続けていた、あるとき現代人が空から飛行機で彼らを発見して、後日ヘリコプターに乗って彼らと現代人は出会った、そこから長い彼らの石器時代は終わった。
ちなみに写真説明になるけど、ここはそんな事情で山深い環境、車が走れる道はほとんどなく、車より飛行機という極めておかしな村、僕らはこれに乗ってやって来て、これに乗って帰ったんだけど、フライトは一応定期便になってはいるけど、簡単に欠航するから来たは良いけど帰りはいつ来るのか未定でこの村に飛び込んでいった。