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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

自分の感性、他人の感性、自分の思考、他人の思考(2) 

さて、前回、思考について書きました、これからもう少し踏み込んで書いてみたいと思います。
僕はワークショップの時、みんながいよいよシャッターを切る時、「アタマで撮るな、感覚で撮るように、」と言います、理由はアタマと感覚は似て別物だからです、アタマで撮ったモノは何も写らないからです、これは使い分けられたら良く分かります、アタマで撮ったモノは感情が伝わって来なく理屈っぽくなります。
ブルースリーも映画の中で「考えるな!感じろ!」と言っていました、感じなきゃならない時に考えて行動をしてはならないんです。しかし撮る瞬間まではアタマをフルに使います、直前まで散々アタマを使って環境を整えてアタマが感覚をサポートします、そしてシャッターを切る瞬間になって感覚に切り替えます。
なんと言うのでしょう、感覚とアタマは別物なんですが、不思議な関係で繋がっています、アタマをフルに使いこなせると感覚も不思議なもので冴えて来ます、もし本当にアタマをフルに使い切っているなら撮る瞬間は無意識にアタマから感覚に神経は移行しているかも知れませんが、、、、、。
写真を本格的に撮る、それを職業にする、これは世の中で一般に使われている思考スタイルとは異なる思考力が求められます、普通の日常生活では使わない繊細な感覚を要求されます、さらに色彩を肉眼で見える世界を超えて深く表現する力を求められます、またちょっとした違いに気がつく洞察力が求められます、これは意図的に思考能力を訓練の必要があります。
その人間の思考というモノについてですが、育つ過程で自然に体と同じように育つと思い込んでいる方が大半だと思いますがそれは大変な間違いです。人間の思考パターン(思考クセ)は親からのコピペー、環境からのコピペー、時代からのコピペーの集合体です、その証拠に女子高生たちは彼女たち特有の空気があり、彼女たちの言葉があり、彼女たちの価値観や文化や世界観がちゃんと存在しています、彼女たちは同じ世代同士で感覚を共有できる枠組みの中で集団から大きくはみ出さないように彼女たちはその価値観の中で生きています。
それは女子高生だけではなく、男子生徒もそうですし、大人たちもそうですし、おっさんも、おばさんも、みんなそうです、みんな自分と接点のある仲間たちとの間でコミニュティーに属し、その中で価値観や利害や情報を共有して、自分の居場所を確保し、そこでの思考の影響はかなり大きな比重を占めます。
早い話が僕らが自分の考えと呼んでいるモノの正体はこうした環境から吸収し影響された思考クセの集合体の延長線上に自分の思考や思想があると思えば話が早いんですが、この思考クセとは重要な基礎思考力です。
その人の人生の最も大きなコミニュニティーが家族という共同体です、物心がつく前から人は家族からの影響で大きくなりその家族の思考クセを取り込んで思考の鋳型は出来上がったんです、親の行い、親の価値観、親の生き方を見て、あえて教えられなくたってその空気を吸って価値観も何もかも一緒に吸い込んで大きくなります。これは完全に無意識に無防備に吸収します、気がついた時にはもう十分に吸い込んでいます、これは自分が望もうが望むまいが神様が定めた運命です。
ここで肝心なことは育った家族の空気雰囲気です、親が知的な家系に育てば子供も自然に知的な子供に育つ確率は高くて当たり前です、親がそれに縁がない家系に育てば子供も縁のない生き方を自然にします、ところがどうしたものか、神様のいたずらなのか稀にそんな親とはなんら関係のない異種才能を持った人がたまに関係ない家から出ます。
知人にもそういう人がいますが、ある部分で感覚的に優秀な才能を感じさせられ、またある部分ではその思考力がなかったり、でも本人はかすかに感じるその才能の気配をなんとか開花させたい曖昧な情動を心の奥に抱えながら悶々と生きています。
何れにしても、前回書いたようにカメラマン予備軍の方たちは自分の能力をレベルアップさせたいと強く望んでいるんですが、なにせ「目の付けどころ」これを始めから持っている人はそう滅多にいません、それを開花させなくてはなりませんが、なんと言えばいいのでしょうか、内面的世界の目の付けどころや感覚の自立が熟していない方が多いのが現状です。
特にこの「目の付けどころ」感覚はとても重要です、これはアンテナのような直感力です、直感とは人間が動物である所以だと思いますが、たくさんの選択肢の中から自分の未来に可能性を感じる何かを直感し、これが自分に重要な方向性だと自分の目で選べる直感的な感性を言います。
これが鋭い人は時々稀にいます、そこが長けている家系で育ったからか、そういう友人が身近にいた交友関係から自然に身に付けたか、育った環境はかなり影響します、彼らは何を選び何を考えるかが直感的に見えているようです、それが鋭い人は直感力に信頼があるのか、選び取った物をさらに思考にも集中力があります。
やはりそれが多感な時期に鍛えらて大人になった人、あまり縁なく大人になった人では相当な差があります、直観力と思考力を持った人は理屈を超えています、何れにしても、僕がここで言いたいのはそういう思考力は基本的には自覚的に訓練すべきことだと思います。訓練の過程で自然と直観力が開花することもあります、その開花の手取り早い方法としては写真を撮ることは効果的かも知れません、そこで自覚的にアタマを使い、思考、感覚、直感を鍛えるのが良いんではないかと思います。
言えることは、ここまではとりあえず理屈の話です、もし写真を本当に楽しく撮れたなら、ここに書いた思考力、感性は自然に遊びながら勝手に自然にアタマにくっ付いて開花すると思います、結論は写真は誰かが撮ったモノをマネして喜んでいたり、新しいカメラを買って納得していないでオリジナル感覚をフルに活用し自覚的でインテリジェンスに撮りましょう。