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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

新しい試みの展示 

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プライベートギャラリーを家内が作ってくれたおかげで気楽に作品展示ができるようになりました、これはギャラリーを借りるとか企画展をするのとは意味が違って実験感覚で「気楽に試しにやってみる」が、できます、もちろんお金を払ってギャラリーで展示すれば、自由に気楽にできるけどやはり借りるとなると金額がそれなりにかかるから気楽に実験なんかできないです。
話は横にそれるけど、、、、自分の家を初めて持った時、同じようなことを感じました、借家住まいでは、勝手に手を入れられない、例え、ドアーが気に入らない、台所が気に入らない、でもそこにあるものを受け入れるしかない、気がついたら自分の住まいを自由に手を入れる発想が消え、そのうちに無神経になる。
自分の家を持った時、前の持ち主さんの趣味が家に貼り付いていて、買ってすぐに気になる部分は変えたり作り直した、庭の植栽物のほとんどは伐採した、そして自分のイメージの家に変わって行った、単純な話だけど、家を自分の手で自由に手が入れられることが、こんなに自由だったのか、、、、それができない暮らしが当たり前だったのか、とちょっとびっくりした。

話は戻る、自分とこのギャラリーがあるのは先に書いた通り家のように自由を感じた、思ったことは気軽に実験が出来る、展示する時、これまで出来なかった実験がしたくなる、そして展示の考えも変わる、過去の展示が見えてくる。まあどっちがいいのか、後で考えるとして、展示に対する気分はガラッと変わる。
もちろん、展示は遊び感覚でやってるけど、ただの遊びだけではない、売り上げはそれなり出さないとダメだ、だけど、目先のお金にあくせく少しでも多く稼ぎたい、そんな魂胆でするものじゃない、自分が作り出した、作品というものが世の中でどういう存在なのか、みんなにどう感じ取ってもらえ、どう受け入れられるのか、自分は世の中で作品を通してどう付き合って行けるのか、自分の生き方として作品は何なのか?そんなことを考える場でもあり、だから実験をしたくなります。
これまでの考えは作品展をするとは自分の考えだけで作品を作る、展示することしか考えていなかった、まあそれはそれでも良いと思うけど、今回考えたのは、展示する作品サイズ、額サイズです、それは今までギャラリーの空間を軸にサイズを決めてきた、少なくとも買うお客のことを考えてサイズを決めたことはなかった。
作家がお客の立場を考えるのは果たして良いことか、あまり良いことではないかはよくわからないけど、よくよく考えてみたら、僕の作品を見に来てくれるお客さんは富豪のような大きな家に住んでるわけじゃないと思う、まあ一般の日本人の生活レベルだと思う、もちろん一般レベルの幅はいろいろあると思うけど、、、、家が美術館みたいな人っていないと思う。
日本では、あまり多くの人は作品を買う人なんてそんなにはいない、住宅事情も理由だと思うけど、そういう文化が一般にまだない気がする、と言うか、、、いくら豊かになろいうがいつまでもない気がする、それはやはり文化背景が違うから仕方がないんだけど、せいぜいポストカードを壁にピンで止めて飾っている人が多いの実態だと思う、例え作品を買うとしても小さな額が主流かと思う。
きちんとまともな作品を買って家に飾れる人、作品を自分の目で見て買える人なんて滅多にいないのが実態なんです、だからそこを敢えて買ってくださるのは作品から、僕らの創作活動になんらかの夢を感じて買ってくれるのが実態なんだと思う、やはりそこを一回も直視しないで自分の考えだけで展示販売をし続けるのは、どうかな?と思います。
そこで今回ちょっと考えました、もう少しそういう世の中の作品売買の実態で世の中の住宅事情でも気軽にかけられるサイズと軽さ、価格ももう少し気軽なところで販売したらどうなるのか?でもそこで安っぽくしたくないけど、みんなの現状に合わせて展示をしたらどうなっちゃうのか?と僕なりに考えた。
それは返って作品をつまらなくさせるだけのことなのか、そこにある夢を安っぽくさせるだけで意味のないことをしているのか、またはとっつきにくかったハードルを取り払って親しみやすくしたことになるのか、さあどうなるのか、そこはちょっと一回は見てもいいことです、9月の15日〜19日以外の9月いっぱい(定休日は休みます)を水平線ギャラリーで展示します。
詳しくは水平線ギャラリーで検索してください。