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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

日の丸が振られた秋葉原の演説 

今回の選挙で秋葉原で自民党が最後の演説をした時、そこで日の丸が配られ民衆が日の丸を一斉に振っていた光景を見てちょっと気になることを感じました。
これは明らかに意図して配られたものです、自民党もついにこの手法を使う党になったのか?または前からそうだったけど自分が知らなかっただけなのか?と思いました。演説であれこれ政策を説くより、民衆を大勢集めてナショナリズムを刺激し民衆心理を扇動する方が遥かにたやすいです。これは言うなればアイドルがステージに立ったところをファンがきゃー!と騒ぐ心理とまったく同じです。こんなものに理屈も政策もヘッタクレもないです。
昨日書いたようにかつての日本は戦争に突入していった時代、日の丸の下で一致団結、ナショナリズムに訴えていたと思います、日露戦争終結時にロシアから何も戦利品を引き出せなかった時、行き所のない民衆は暴徒化したんです。
中国で数年前、中国政府の意図した日本バッシングで民衆は暴徒化し日系デパートが滅茶苦茶な襲撃された事件がありました、あれと日比谷の事件はどこか重なります、元はと言えば、中国政府がなんらかの不満のはけ口を政治駆け引きとして日本批判を持ち出し意図して日本を悪者に仕立て民衆のナショナリズムを刺激してると何かで読みました。
あの国に長いいたので政府が民衆に使う手口はだいたい分かります、結構露骨な手を堂々と平気で使うことに驚きます、それにあっさり騙される民衆の愚かさにハラが立ちます、こういうプロパガンダは見るたびに複雑な気持ちになると同時に日本ではこうの手のナショナリズムは存在しないとずーっと思っていましたが、今回の秋葉原で民衆が日の丸興奮して振ってる姿を見てそれが揺らぎました。やはりいよいよ日本はそこに来たのか、、、もう平和ボケは過去のモノでそういう時代ではなくなったんだと思いました。

30代の半ばころカメラマンになろうとしてた時、海外に長期間、旅をしていました、あのころは帰国してバイトしてまた出てまた帰国してはバイトして、、、そんな繰り返しでした。
海外を長く旅するとは作品作りのために出ていたんですが、もちろん同時に旅もします、でも海外観光ではく日本では得られない視点を探す旅であり日本の雑踏から離れる旅です。これは僕にとっては結構大事なことでした、日本では当たり前と思っていたことが日本独自の美徳だったり日本だけの大きな欠落だったり外から見た日本を発見します。
これは旅の途中、タイで出会ったことですが、タイはアジアの中で日本と並んで植民地化を免れた国です、今でも国王が国民から強力な支持を得ています、でも先日、その絶大な人気があったプミポン国王が亡くなったから、今後のタイはどうなっていくんだろう?
前は政治闘争が起きた時は国王自らが仲裁に乗り出しました、争ってる政治家同士を呼び出し国王の前にヒザまずかせて「もうそろそろイザコザはやめなさい」と双方に騒動の終息命令を出しました、タイ国民は国王の下で一つにまとまった国の印象です、ちょっと日本の皇室では考えられないことでした。
でもその反面タイは日本では考えられないレベルのナショナリズムで統制された国でもあります、これはバンコクで感じたのは多分夕方4時ころ、突然、街中で国歌が鳴り響きます、その時は道ゆく人は全員みなピタッと止まって国歌が終わるまで静かに終わるまで待っています。
ナショナリズム意識、感覚の違いを感じました、決して悪い印象を持ったわけではないけどそれが強い国は比例して街中で見かける国旗サイズが大きく感じます、またタイでは国旗はそこらで見かけます。タイでは強い国王、国旗、国歌、これを目のする頻度は日本とは比較にならないくらい見ます、タイは国民にナショナリズムを浸透させ意識統治をしているんだと思います。
これは特にタイに限ったことではなく、他の国でもそれぞれのやり方でナショナリズム高揚政策はそれなりにやっています、むしろ日本はこの手のナショナリズム感覚が恐ろしく希薄な国だなとずーっと思って来ました、一つには太平洋戦争敗戦でナショナリズムは意図して強引に封印したように感じます、それがここに来て北朝鮮問題で日本は外敵からの危機に再び遭遇しました、そういう時、まず復活するのは、やっぱり日の丸に訴え国威高揚という手段なんだと思いました。