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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

キョロは、たかがネコですがその存在は大きかった、 

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うちのネコ、キョロが13年の年月を生きて昨日、朝、家族みんなに見守られて亡くなりました。
ネコとは不思議なものでいた時はその存在を強く感じたことはほとんどなかったんですが、それがある日死んで、ぽっかり抜けた寂しさを感じて初めて小さな命が僕らに残した言葉にならないキョロの命の大きさを実感させられました。
キョロの病が最初に発症したのは2年くらい前、貧血で突然動けなくなって急いで医者に連れて行って危ないとこをなんとか一命取り留めました、あれから2年後にまた発症したのは今年の10月の終わりころです。
突然動けなくなって食べなくなり病院の点滴を受けました、もうダメかな、このまま衰弱して死んじゃうのかな、、でも2年前も死にそうなところをなんとか一命を拾ったんだし13年もこの家で生きてくれたんだから、まあこれは歳も歳だし仕方がないな、、と覚悟を決めもう最後のお別れと、心残りのないようにずーっと抱っこしてお別れしてました。
すると不思議なもので抱っこをし始めたらあまり動かなかったキョロが反応し動き出し始め、夜には僕の寝床に自分から来たり、また少しづつ食べ始め、一時相当落ち込んだ体重も少し取り戻し始めた。
家族はキョロがまた食べ始めたと言って喜んだり、でも医者は慢性の腎不全だから、これはもう治らないよ、今後は点滴を続けて行くしかない、と言われた。
ほとんど動かないで生死の境をさ迷っていたキョロがなんとか生き返った、前みたいに完全ではないけどまたうるさいネコに戻った、食も前ほどじゃないけどすこしづつ食べ始めた、2度も命を取り留めた生命力の強い奇跡のようなネコだと感心した、こういう時っておかしなもので希望をもらった気持ちでした。
1週間に2〜3回ペット病院に連れて行って点滴を繰り返し体調は良くなったり悪くなったりを繰り返し、発病して2ヶ月が過ぎました、予想してたより命を余分にもらったような、そして最近また容態が悪くなったかなと思っていたら、そのうち声が出なくなって、どうしたのかな、、、、?と思っていた矢先、そこから一気に衰弱していきました。
最後の晩は娘の布団の中で一夜を過ごして、その朝、痙攣を数回して家族全員に見守られて息を引き取りました、その日がまさか昨日とはちょっと意外でしたが、普段は家にいない娘が帰って来てた時に息を引き取ったからまあ良かったのかな、でも終わる時はあっけないものでさっと行ってしまいました、そしてその日の昼には自宅隅の空き地に穴を掘って家族全員でキョロを交代で抱っこしてキョロの亡骸を毛布に包んで掘った穴に埋葬しそのまま見送りました、まあさっき亡くなってそのわずか2時間後にはもう土の中に埋葬とあまりにもあっけらかんとしたものでした。

キョロについて少し話します、キョロはまったく人見知りすることがない特別に人懐こいネコでした、うちに撮影とかカフェ開放で人が大勢来たら、誰であろうがネコ好きそうな人を物色して馴れ馴れしく膝に乗ったり、アタマをなでられたり、客人の間ではキョロは相当人気なネコでした。
キョロの人懐っこさ、甘えん坊ぶりは、ちょっと並外れたレベルで、いつも人寂しいのか、家族にとって時にはちょっとうざいくらいのレベルで時々あまりまとわれつかれるとこっちが参るくらいのネコでした、キョロは雑種ですがタイのネコ(シャムネコ)の血筋を引いていました、タイネコは血筋なのか、どのネコも人懐っこく、知らない人の膝の上でもすぐ乗ってくるくらい人懐っこいネコが多くネコ好きにとってはタイはネコ天国です。
でも僕にはネコは子ども時代はいい友達でしたが、大人になれば雑ゴトが多く子供のころほどネコ相手は好きではなくなったと自分を思っていました、ネコにつきまとわれたり、餌をくれくれと夜中寝てるところをしつこくせがまれ起こされることがずーっと続くと参ってしまいネコはうざい!と思うことが多くなりました。
正直な話、ネコに付きまとわれたりでほとほと参っていた時は、これは娘が欲しくて飼い始めたネコで、僕はネコなんていなくてもいいくらいに思っていた、ネコは可愛いけどガラクタみたいな存在に思ったこともありました、こんなガラクタ存在でも、いざ病気になって動けなくなって死んじゃったらキョロがどれだけこの家で大きな存在だったかが、、、、想像してた以上に大きかったことに我ながら驚きました。
本当に命って不思議なモノだと思いました。命はかけがえのないモノっていう意味がより深く感じた気がしました。
特にキョロは人懐っこかった分、人の膝の上で安心してゴロゴロと落ち着いた顔、舌で手を延々に舐めてくれたり、キョロらしい愛らしい仕草は記憶がまだ生々しいだけに、ぽっかり抜けた心の空洞感はどうにもならない、思い出すだけでいたたまれない気持ちになります。
たかがネコですらこんな具合ですから、もし最愛の家族が突然亡くなったとしたら気持ちのやり場がないのは分かりすぎます。
娘にしたら兄弟はいなく小学校から大学卒業して社会人になるまでずーっとキョロと一緒に育った彼女にはその心の空洞感はことばにならないと思います、ネコなんて所詮ネコ1匹と思っていたけど、ただのネコの存在が人の心に与える影響がこんなに大きいとは今さらこの歳になってびっくりしています、そしてネコがいかに家族の絆を繋げてくれていたのか、そんな気がします。