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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

スタイリッシュな万年筆 cross 

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また万年筆の話をします、毎日ノートにインクペンで文字を書くことが習慣化しました。
インクペン文字の筆跡はボールペンにくらべてやはり良い、ボールペンは筆記具としてはとても現実的で便利です、でも筆跡に風情がない、やはりインクを使ったペンの文字はボールペンの文字に比べると筆跡に気分が入り書いていてとても楽しいです。
インクペンを使う楽しみの一つは色の違うインクを混ぜ合わせて少しズレた色を作って書く、紺色にややセピアを適度に混ぜると色は独特な燻んだ色になってボールペンにはない少し風変わりな不思議な色が作れて楽しい、インクの色はメーカーによっていろんな色があるから色の感じはその配合次第でいくらでも好みの色ができる、どうせ作るならあまり見たことがない色を作りたい。
またインク文字はボールペンとは違った感じが出る、毛筆文字ほどではないにしても書いた文字に感情、気持ちがそのまま出る、色も変えらたり、文字を手で書く楽しみがある、時々、歴史番組で古文書文字を見ると達者な毛筆の文字が流暢に美しく書き連ねられ、こんな美しい文字が書けたら良いなとため息が出る文字をみんな当たり前のようにスラスラ書いていた文字文化を思うと安易にパソコンで要件を打って終わらせるのは如何なものかと思う。
とにかく、万年筆で文字を書いてるとそんな気になるから選ぶ道具って大事なんだな、、、と感じさせられる、そう言うマトモな写真を撮っていたいな、、、、と思う。

さて話は戻って、インクメーカーの違うインクを混ぜ合わせたり、インクメーカーとペンメーカーを違えて使うこと、これはペンにとってはあまり良いことではないらしくペン先を詰まらせる原因説があるが、仮にペン先が詰ったとしてもペン先をぬるま湯に数時間つけ置きすればだいたいはまた使えるようになる、定説なんかあまり気にしないで、自由にしたいことをすればいい。

海外の万年筆の代表格はモンブラン、パーカー、ペリカンです、でも僕の好みは知名度の高くないクロス、ウォーターマン、シェーファーが好きです、使って問題を感じたことはない、これらのペンはとてもスタイリッシュで僕の好みです。
これまでクロスというペンを知らなかったけど、最近購入したクロス クラシックセンチュリーブラックの旧タイプの細身なペン、とにかく画像で分かる通り、知らないでパッと見たらシャープペンかと思うほど細い、使った感じではもう少し太さがあった方が持った感じが手に馴染むだろう、多分これでは長い時間ずーっと書き続けられない気がする、またはそのうちに使い慣れるのかな?
それと万年筆のペン先はかつては金を使った物が多かったけど、今風の万年筆は技術が良くなったのかステンレスのペン先が普通になってる、今風のペンで金のペンはかなり高価になっている、それで書き味がどう違うか気になるところだけど僕が使ってる感じでは、金かステンレスかはあまり気がつかないレベルじゃないかな、金のペン先かステンレスかはあとは使い手の気分の問題じゃないかと思う。
でもせっかく万年筆を使って文字を書くのだから細かろうが使いにくかろうが、ペン先が金なのかステンレスなのか、あれこれウンチクはあるけど、やっぱり僕はデザインの良いスタイリッシュなペンを選ぶのが僕の基準です、シックなノートに素敵なペンで好みのインクで文字を書くのはやはりボールペンには絶対にないインクならではの魅力がある。

ここでついでに趣向性と効率性について少し補足します、確かに効率が良いことは物事をスムーズにさせます、無意味に効率の悪いことは人を幸せにしません、効率性と非効率性、遊び心の追求精神、そのサジ加減はアタマを使って上手くやらないとただの非効率ばかりでは物事が無駄に非生産的なだけではただの無意味になりかねない、それはストレスばかり積み重なって終いにどうしようもなくなる。
でも人間というのはおかしなもので、こういう非効率はやはりどこまで行こうがやはり必要なんです、効率性ばかり追求し日常化すると心が大事なことが分からなくなり人間は必ず薄っぺらくなります、問題はどこで非効率を選び取るのか、そこに選択のセンスが問われます。
こんな非生産的なペンについてあれこれ問うのは、どうでも良い人にしたら本当にどうでも良いことでしかない、でも写真を表現する人間は少なくともこういう非生産性哲学をしっかり理解していないと面白味のある写真は撮れないです。