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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

潜在意識から来るアイディアのおもしろ味。 

せっかく文を書いてみんなに読んでもらえる場があるんだから、ブログはあまり間を開けないで書きたいと考えています、でもどうせ久しぶりに何か書くなら、今日はおもしろい話を書きますと「宣言して書きたい」と思う。
そんな風に意気揚々とおもしろことを書こうと思ったは良いけど、なかなかこれと言うおもしろいネタが浮かんでこない、偉そうに宣言はしたものの、いざ書いたらつまらないののしか書けなかったでは、こんなに情けないことはない、さてどうしたものかと思い悩みながら、少し間をおいたらふとある思いがどこからともなく湧いて来たので、それを書くことにします。
これから書く話はずいぶん前に村上春樹氏のエッセーでヒントを見つけました、そのヒントに手を加え僕なりの話を書きます、村上氏によれば小説は自分が考え捻り出したものを書くのではなく、どこからともなく降りて来たものしか小説に使わない、そんなことを書いていました、細かい内容は忘れましたが、なるほど、そうか、話は考えて作るんではなく、どこからともなく降りて来た、やって来たネタをベースにお話を書いていたのか、、、と妙に感心しました。
それは作り出した話というよりまるで話自体が生き物みたいで、自分のところに迷い込んで来たような話しっぷりに感じました。

そこから学んだことは、アイディアとは自分のお尻にムチを打ったり揺さぶったりして捻り出すものではなく、ある日、ふっと自分のところに降りてくるものが理想ではないか?ということです、もちろんそれは人によってもいろんなアイディアがあるからこれが全ての場面に通用するとも思っていませんが、ここで書いているのは僕らのように現実的ではなく、夢想家としてのアイディアの話です。
苦しんで捻り出すアイディアより、その方が理想なのは分かってると誰もが言います、でも毎回、降ってくることなど期待はできないし、時には期限に縛られるからそんなのは非現実的な話だ、それが出来るならそうしますよとみんなが言いそうです。
でもそれを言ったらやはり平凡な思考回路だと思う、そこに縛られていたら先に進まない、まずはその降って来るアイディアにマジに目を向けてみるべきです、一体どうしたら、それが日常化できるのか考えたり実行してみると、それなりにいろんなことが明らかになって来ます、そしてそれがあながち荒唐無稽な話ではないことも見えて来ます。
やはりそういうアイディアを降らせるコツが確かにあります、アイディアを捻り出すために、自分を追い詰めたり絞り出したりしないで、アイディアが降りて来るのをひたすら待つとそのうちに見えて来ます、降りて来る時って、心が解放されている時とか、心が乗ってる時とか、心が楽しんでいる時に、いい考えが降りて来ます、その法則みたいなものが徐々に分かって来ます、大事なのは自分に圧をかけるんではなく、その流れを信じることのようです、自分にできることはせいぜいその環境をお膳立てするくらいで、そこに気づくしかないみたいです。
それはどこか人の育て方にも似ていて、力任せではなくて、その人を信じて待つしかない。
また絞り出したアイディアと降りて来るアイディアにどんな質の違いがあるかといえば、それは根本的な違いがあります、絞り出したアイディアというのは表面的で付け焼き刃的な物が多いのに対して、降りて来たアイディアというのは、そもそも潜在意識からやって来るから往々にして普遍性を孕んでいて奥行きがあります、見方によっては、それは神秘とも言えます。
もちろん毎回そんな神秘性ばかりでもなく、ガラクタのような神秘性だってありますから、その目には見えない世界の分別力も養わなきゃなりません。
どうしてそれが普遍であったり神秘なのか?と問われてもそこは僕には上手く説明ができませんが、多分潜在意識域と言うのは基本的にそういうものなんだ、としか言いようがないです。