FC2ブログ

アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

審美眼について 

世の中には審美眼という言葉がありますが、今日は物事の真偽を見る目について書きたくなりました。
こんなことは久しく忘れていましたが、先日友人と雑談して久々に審美眼について助手時代の記憶を思い出しました。
そもそもこの価値観を強く意識したのはカメラマンの助手時代です、まだ名古屋から上京したばかりは上を見るばかりで、誰もが自分より確かな存在に見えました、周りの言うことは自分の認識より確かな話として一生懸命、聞いていました。
しかしアシスタント生活も慣れ始め、スタジオで見るカメラマンの仕事ぶりを見るうちに、有能なカメラマンとそうじゃない違いが見え始めて来ました、カメラマンとして有能かどうかより、物事に対して確かな目を持っているか、持っていないか、そこに敏感になり始めたころでした、また聞こえてくる写真の話、業界の話、それらは以前ほど何でもかんでも無条件に信じなくなり始めました、そこにはたいして実態のない話が多い現実も見えて来ました。
自分の目で物が少しづつ見え始めると、写真の見方、業界基準と自分の感じる基準にはズレを感じ始めました、自分の個性が分かり始めた時、自分にできそうなことと現実とのギャップが見え始めた頃です、この時に感じたのは、見る目を養う必然性を感じ始め、自分の目をしっかり持たないとこの業界で生きて行けない、それを感じ始めました。
僕が二番目に助手に付いた写真家有田泰而氏からは生き方、物の見方に大きな影響を受けました。たぶん一度他のカメラマンの助手に付いたから余計にそう感じたのではないかと思うんですが、最初に付いたカメラマンはごく普通の広告カメラマンでした、特に生き方や考えがあったわけではないけど、仕事はきちんと正確にこなす、人付き合いもきちんとやる、大半の広告カメラマンはだいたいそんなモノです。
人間性で言えば何の文句のない方でした、しかし半年くらい月日が経つと、助手として何かと問題が多い僕は、相手から見たらこれ以上一緒にいても仕方がないと判断されクビになりました、双方まったく相性が良くなかったと今になって思う、生き方、価値観、美意識、すべてがズレていた、よくまあ半年もそこにいられたモノだという考えもあります。
でもその失敗経験があったから次に助手に付くカメラマンは慎重に相手を見た、助手に就くとはカメラマンから何が学ぶのか、何を吸収すべきか、相手に何を期待するのか、そこがよりハッキリして助手に付いた。
逆に言えば助手に付いたところで、卒業した時、特にお世話をしてもらえるわけでもないし、(カメラマンによってはすごく面倒を見る人もいるらしいが)それなら学ぶべきことをハッキリさせて助手にならないとつまらないハメになります。
有田さんは当時、先に付いたカメラマンに比べたらずっとメジャーで華やかな広告を担当していたから、それだけでも付く価値はありそうだけど、僕はそれより有田さんから感じたカリスマ性とかオーラみたいなモノ、その才能に触れてみたいと思った、有田さんから学んだことでは才能が一番大きかったと思いますが、さらに有田さんの横に毎日いて気がついたんですが、やはり平凡なカメラマンとは絶対的な違いがありました、もちろん有田さんの美意識の高さは言うまでもないんですが、物事を見る眼差しに感化され影響を受けました。
それは誰からも学ばず自分自身でその眼差しを初めから持っていたのか、誰かから吸収したのか、そこは分からないけど、有田さんは物事を見る目線、真偽を見抜く眼力、美意識、価値観、審美眼、これらは普通のカメラマンには見えない、でも有田さんには見えていた、さらに有田さんは他人の意見考えの受け売りは絶対にしない、いつも自分のアタマで物事を見て考えていることを感じました。
これは文字で書けばそれだけの話ですが、これができる人はそうそうにいないと思います、自分が見たものを自分の軸として生きている人の生き様を毎日横で見ていてその意味が見えて来ました。