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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

昭和の文化は濃厚な味がする 

僕は多感な時期が昭和だったせいか、物事の考え、価値観、それらは昭和がベースです。
最近は特に昭和文化を意識し、昭和に作れらた物を頻繁に見ている、それらは今に比べると明らかに価値観もハートも人間の解釈が違う、それを今と比較してあの頃は良かったと昔を懐かしむのはナンセンスだけど、あらためて昭和の表現を見ると面白い。
僕がカメラマンになるため上京したころ、当時のクリエーターたちは今よりも多分、知的で社会派の匂いを感じる人がパラパラいた、クリエーターとはそういう知的な人たち、それが普通の知性なんだと思っていた、それを特に意識はしなかったけど、僕らより一つ上の世代の人たちは学生運動が盛んな時期に学生時代を送ったからなのか、、、どうやら社会派思考が自然に身に付いているんだなって思う。
もちろん、昭和を単純に一括りにするのは行けない、戦争前の昭和とバブル経済の昭和ではまったく違う、もちろん僕がここで話しているのは1970年代の昭和の話です、一つの傾向として今より確実に物事に対して、人間関係にして、その関わり方が濃く人との距離が近かったり表現がストレートな気がする。
それはいい意味でもあるし、ある意味では厄介だったり、良くない意味があるんだろうけど、、、それが昭和の一つの共通項じゃないかと僕は思う、例えば中島みゆきの歌詞と歌い方は明らかに今とは違う、こんな世界観は今ではあまり出てこない気がするが、、、僕らが10代から20代にかけてのフォークが流行った、その歌詞を見ると明らかに今とは違う価値観が描かれている。それはただの時代遅れでしかない歌詞もたくさんあるけど、それだけでは片付けられない人間の感覚がそこに見て取れる。
最近金子國義の世界に興味が出て、画集を見たり、自伝を読んでいる、もちろん世代が僕よりも20年くらい先の方だから僕らとは感覚がかなり違う、金子國義さんは家柄が裕福だったせいか、良い物や文化人に若い頃から囲まれて育ったのがよく分かる、でもそれはやはり昭和の裕福な家庭のあり方だと思う、今どきの裕福は多分こんなことはしないだろうな、、、、って思いながら本を読んでる。
金子國義さんの作品には今の時代の表現にはない昭和の匂いがあると思う、それは寺山修司や唐十郎にも通じるような、言葉にはならない昭和独特の匂いや空気があった、今は何て言えば良いのかな、、、、すべてにおいて洗練はされているんだけど、味がないというか、深く愛したり、敬意を感じられないものがやたらに多く、早い話が物足らない物が多いし、彼らの考えも幼稚に思えることがとにかく多い。
僕らが十代の終わりころ日本経済は破竹の勢いで成長した時代だった、わずか5年くらいで収入は倍くらいになったし、中卒者でもそれなりに収入があったから、みんないいクルマを乗り回していた時代だった、経済に勢いがあるというのは、当然、消費が活発だった、洋服ブランドは次々にいろんなデザイナーズブランドが登場し、パルコやマルイがものすごい元気な時代だった、でも今は日本経済は失速し物価は20年くらい止まったまま、世界に出る度、海外物価はいつの間にか日本より高くなったのを感じるが外に出ないとその実感はない。

さて、昭和の時代感覚の話に戻そう、、、、今は昭和にくらべてはるかに洗練された、同時に世の中は高度にシステム化されてにとの感情の入る余地がない程システムは洗練され整備された。でも昭和感覚はすべてがアナログ的でダサかった、システムがまだ未熟だった故に不足分を人の手で補っていたと言うか、、、、まだ人の手が入る余地が至るとこにあったけど、今は何から何までマニュアルの通りにやって下さい、でしかない。
最近you tubeでユーミンが20代前半のまだ初々しかったころのライブを音だけでよく聞く、彼女のまだ若かった、まさに昭和のユーミンのステージの語りが聞けるけど、、、、そこには何とも言えない、まだ幼さすら感じる若さや昭和の感覚が克明に、あからさまにある。正直な話、これを聞くとなんだか、、、、ホッとする。
なんと言えば良いのか、、、、演じる側と見る側、聞く側にダイレクトにコミニュケーションしているような、、、、そこにウソがないような、、、、つまり昭和の表現とは今みたいに洗練された表現ではなく、描く側が思いを率直に語って価値観を共有していたような、、、、今は洗練された箱モノばかりに支配され肝心な中身が空っぽが多く、包装紙は外箱ばかり豪勢な中身が空っぽな贈答品を見てるような腹立たしさが感じるが、、、。
要するに僕がここで昭和を盛んに訴えるのは、、、、30年以上も昔の文化を懐かしむ気はないが、、、、今の文化はどうもシステムが洗練されたが故に、ウソで誤魔化すノウハウも洗練されたものになった、やはり昭和にしかなかった素朴さとストレートさを昭和の表現からもっと発見したい、僕の表現は今風よりももっと昭和風になっても良いなって僕は思った。