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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

エサと料理のズレ 

一昨年前、香港に行った時、日本食料理人をしている知人と会って話した、日本から単身赴任で一人暮らししてる彼はこんなことを言った、「はじめは仕事が終わって帰ったら、自分で作って食べていた、でもそのうちに、こんなのはただのエサだと思った、料理人がエサなんか作って食べていたらダメになると思った、それ以来帰って家で食べるのは止めた」と僕に話した。
ただのエサと料理の違い、、、なんだかわかる気がします、でもこれは何にでも言えると思う。
忙しい毎日の仕事に追われると物事は現実的になってきます、それが何であるかより手早く事が済んでいればそれで良しみたいな、自分がどうしてそれをしてるのか、なんかどうでもよくなって来ます。
仕事はただのお金を儲け目的か、仕事で生きがいを感じたり、目的を達成させるためなのかでは生き方が違うし、考える事も違う、でも世の中の仕事の主流は仕事をこなす生産性重視の考えばかりでそれをなんでするのかまで考えない、考えていたら続けられない、一応、建前ではきれい事をあれこれいうけど、結局これだけやっていくら稼げるか、それが殆ど見たいです。
僕は30代前半辺り、何度もアジアを長く旅していました、旅で作品を撮り集めるのが目的でしたが、旅でこれから自分はどうやって行くべきか、どう考えるべきかを考えていました、世の中は旅とは遊びくらいに軽く思ってる人がとにかく多いです、もちろん旅は誰でも出来る事じゃないのは分かった上で書いています。
旅に出ることは多分みんなが想像してる以上に大きいと思います、旅に出ないと見えてこないこと、旅に出て考えらること、旅に出ないと考えられないこと、日本社会では見えないことが見えることは確かにあります。日本社会はちょっと異常なくらい生産性効率追求、これにあまりにもやられすぎていて、もうこの流れは自力じゃ止められない感じがします。それが旅で感じた大まかな考えです。
彼が話した、料理人である自分が仕事が終わって部屋で一人でエサを作って食べるわけにはいかない、彼が香港で単身赴任して感じたことなんだろうな、、、と思って話を聞いていました、もし彼が家族と暮らす現実的な日本の生活だったら、そう感じただろうか、そう感じなかったかも知れないな、、、、と思いながら僕はその話を聞いていました。
その話のエッセンスは料理人がエサを作って食べるか、食べないか、そこが重要なポイントじゃない気が僕はします、いろいろ考えた末、今はエサを食べているよ、と言ったところで僕は失望はしないし、彼が海外で単身赴任して一人暮らしの中で、あれこれ考えて、そこに目をつけて行動を起こしたことが僕には興味深く感じました。それくらい彼は一人で考えることもあっただろうし、いいものが作りたいからそう考えたんでしょう。

ここまでとはちょっと話がズレるかも知れないけど、先日、魔法植物園と言う写真展をしました、以前なら作品は一枚でもたくさん売りたかった、この人がどういう思いでこれを買おうとしてるのか、そこまで考えなかった、とにかく売れればいいと思ってた、個展全体でいくら売れるかが重要なことだった、例えば売上が40万円としたらそれはなんであろうが40万円は40万円でしかありませんでした。
もちろん断っておくと、数字だけ考えて個展をしてたわけじゃないです、それはひとつの基準ではあったと思います、それが今回は不思議なことに考えに変化がおきました、多分それは作品にある種の願いをかけて作られたからなのかも知れないけど、心境に変化が起きて前みたいな気持ちで作品展を繰り返すのはもうイヤになっていました。
話は変わりここ数年私たちのアトリエはロケーションの良さから広告撮影に使われることがパラパラ増えました、そこで得られる使用料金は数十万円になることもあります、正直な話、その収入ですが、これと言った労働はしていない、せいぜい言うなら近所に迷惑をかけていないかかなり気は使っています、でもただ場所を貸すだけでちょっとしたお金が入りそれには少々戸惑っています。
もちろん、標準的常識から言えば、そういう価値ある場所とは言え、ただの荒れた場所だった環境に目をつけて、買い取って、雑植物を刈って環境の整理して海一望の眺めを作って建物を建てた、現実的な建物ではなく遊び心の入った自分たちのアトリエ、それをやったんだからその収入は真っ当な報酬だ、と言ってくれる人は何人かいます。
多分、同じことを誰かがやったなら僕も同じことを言うと思う、でもそれは始めから人に貸す考えではなく純粋に自分たちへの楽しみとして建てた物だった。その結果がお金を生んだ。

そこでどうしても釈然としないと言うか矛盾を感じてしまうのは時間をかけて手を入れて作品を撮って作品展をやって売れるまでに気が遠くなる手が入っています、わずか5万円を得るのは大変なことです、それに比べアトリエを貸して10万、20万円もらうことにそんなに苦労はないです、ホームページを載せてヒットすればあとは場所を貸すだけでまとまった金が入ります、多少はあれこれ雑務仕事はあるにせよたいした仕事ではないです。
なんだか実感が乏しい手応えの薄い収入、どこかでバブリーな気がします、もともと旅で感じた気分を日本で同じ気分を感じていたい動機で作った環境が、こんなことになるとは、まさかの棚から出たボタ餅です、強いて言えば同じ旅に出るにしても徹底的に旅をすれば、それはもはや遊びではなく結果は出る証明はしたと思います。
アトリエで得られる40万円と作品販売で得られる40万円、どう見ても同じお金に変わりはない40万円です、でも僕の気持ちの中ではどうも同じには思えない気持ちがずーと引きずっています、でも世の中はそんな考えは少しも通用はしない、ただの個人的思いでしかないです、40万円はどこまで行っても40万円に変わりはないです。
今回の個展は数字目的より別の感情がありました、でも売れたらわずか5万円がすごく嬉しい、買ってくれた人とは作品を通して何か繋がった気がしました、でも撮影でアトリエが1日20万円もらえたとしても作品で感じる充実感は感じられません。
アトリエだって自分たちで開拓して自分たちの発想で建てたハズです、でも作品が売れた気持ちと同じにはならない、どうしてなんでしょう?どうやら5万円、40万円、金額の違いはそこでは大して重要じゃなくなったと思います、要はその気持ち次第なんだなと思います、自分がそれをどう感じてそこで何を学ぶのか、それが今後の生き方に、次にどう繋げられるのか、それがあるのか、ないのか、問題はそこにあると思います、そう言う気持ちがなければ40万円はどこまで行ってもただの40万円のままです、そこから少しも離れられないんじゃないかと思います。
もしそうならばエサと料理の違いも気がつかないのかも知れないと思います。

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