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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

エサと料理のズレ(2) 

昨日、国外に一度出ないと見えてこない話を少ししました、僕はあの当時、旅で何を探し、何を考えたのか、旅から具体的にどんな収穫があったのかを今日は書きます。ただこれはたまたま僕が上手く行っただけでこのやり方はどうやらほとんどの人は良い結果は出ない、まずダメになる、と後から人に聞いた。
僕は助手を経たばかりのころ、カメラマンになるにはまだ作品もない、自分のスタイルもない、これからどんな生き方をすればいいのか、写真家へのビジョンは模索段階で方向性がまだ何も見えていなかった、考えてみればそれは至極、当たり前のこと、そもそも写真家のビジョンなんてもともと持っている人も中にはいるかもしれないけど、僕の場合はホントんどないに等しかった。
それがある日、降って来るわけでもないし、どうやって探せばいいのかさっぱり分からなかった、仮に刺激的な本を読んだりすごい人に出会ったとしても、(実際に自分の師匠はすごい人だったと思う)それで人生が明日から変われるほど人生はカンタンじゃない。やはり自分で何か行動を起こし何かをカタチにして、悩んだり、挫折したり、乗り越えたりして、そこで自信をつけたり、その繰り返しが自分の人生を作るものです。
当時、僕が直面していた環境は、これから自分探しをするには劣悪な環境に感じた、そこになんの夢も感じなかったしイメージのかけらもなかった、ただ日々生産に追われ、夜遅くまで残業を繰り返していた、こんなこといくら頑張ったところで得るものなんて何もない、少なくとも僕が描きたいイメージのヒントなんか何もない、そこは僕には四面楚歌な状態だった。
自分が目指す広告カメラマンになるには、、、、、自分はまだ何もない、作品もない、本当に自分に良い作品が撮れるかだって未知数だ、まず良い作品を作らなければ道は開かない、まず作るための環境作りを最初に整えなくてはならないとあのころ考え始めた。
もう一つの道としては、始めから理想を求めるんではなく、まずは広告プロダクションのカメラマンになって、そこから時間をかけながら、自分の道を模索するやり方だってある、でも僕にはそれはまず無理だろう、僕には勤まらない、多分相手も僕なんか取らない、夜遅い終電ギリギリの残業の毎日、そういう広告写真に魅力は感じない、言われた通りに撮るだけ、こんなことするために写真家になりたいわけじゃない、仮に自分を抑えたとしてもやれるわけがない。
とにかく自分がどうしてもなりたい写真家とは、言われたことを撮る写真家ではなくて、自分で良いと思うモノが撮れる写真家になりたい、ならばそんな仕事が取れる写真家にならないと意味がない、そのためにはそれに見合った実力を持たないとそれは実現できないわけです。
さらにもう一つ言えば、僕にとって都会の環境はしっくりこなかったし魅力を感じなかった、通勤電車に乗って会社に行って、つまらない仕事をして家に寝るために帰る生活、この繰り返しにどうにもしっくり来ない、希望がどうしても持てない、じゃあ他に何ができるのか、選択肢がないからそれをするでは何か納得が行かない。
早い話、どうして僕らはにこんな奴隷みたいな暮らしをしなくてはならないのか?自分が納得ができる生き方ってないのか?それができるのは選ばれし人たち以外、そもそも無理なのか?
そう感じて僕らは旅に出た。旅に出たんではなくて、その生活環境が受け入れらなかっただけだ、今思うとずいぶん大胆な考えをしていたと思う、ただの世間知らずだったとも言える、でもここに書いたことは僕だけの気持ちじゃない、誰だってみんな薄っすらと感じていただろう、僕はそれが受け入れられなかったから旅に出ただけでそれを実際に行動をするか、しないか、分かれ道はそれだけだったと思う。
旅のテーマは良い作品を完成させること、自分にとって好きな生活スタイル、好きな時間、好きな空間、目指す生き方の方向性、これらを旅をしながら探すこと。今になって見れば、考えは整理できているけど、あのころはもっと混沌としてもっと手探り状態だった、ただはっきり確信してたのは、あの場でいくら頑張ろうが、自分が描きたいイメージなんか見つかるわけがないと感じた、昨日の話じゃないが、ただエサを求めて日々ただ消耗してるだけにしか思えなかった。

それで結論を書けば、繰り返した旅で得た収穫は何だったのか?一言では上手く言えないけどできるだけカンタンにまとめると、、、、、、、。
今でもエサを求める苦行からきれいに解放されたわけではない、ただ言えることは、同じ労働をするにしても自分の悦びなのか、ただのエサなのか、その違いがはっきり分かるようになった。
また、自分にとって極上の良い時間の過ごし方を知った、おもしろいことと、おもしろくないことの違いが、よく分かるようになった、その原理と原則みたいなものが読み解けるようになった、だからそれはそのまま写真に撮ることで大いに助けになったと思う、もちろんそれはあくまでも僕個人的な感じ方だけに限ると思うが、でもそれは時として人と共有できるはずだとも思う。

それで帰国して最初に取った行動は、まず都会暮らしから離れることにした、鎌倉とか葉山はその点ではとてもありがたい場所、都心から2時間以内で何とか行き来ができる、そこは海があってゆったりした時間が流れているから、ゆったりした生活ができる。
でも実は、何が大事かといえばゆったりすることではない、海だってそんなに重要ではない、もちろんマリンスポーツがしたいなら重要だけど、大事なのは悪い環境にいないこと、これが重要だと思う、家の前の視界に何もない空間があるだけでなかなか良い、結果として海なんだけど、海は必ずしも必要じゃない。
人はそれくらいビルに囲まれた圧迫された環境で長く暮らすと気が変になる、また生産性に追われた生活も感覚的な生き方にとってはプラスにはならない。
でもこの生き方が実現できたのは、やはり何と言ってもうちの奥さんがいてくれたことが一番大きいと思う、それと自分の実家の家族の助けがあってできたことだと思う、もしそれがなかったら僕はもっとつまらない人生だったことは間違いないと思っている。

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