アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

耽美なフランスのエスプリの写真展 

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1970年代、あのころはロック全盛の時代だった、まだビートルズがギリギリ解散する前、レッドツェッペリン、デヴィッドボウイ、とにかくロックファンにはたまらない時代、それが70年代の音楽シーンだった、そして僕にとってもそのころは十代の多感な時期だった、でもロックには興味はなくどういうわけかフレンチポップス、シルビーバルタン、フランソワーズアルディ、フランスの女性シンガーが歌うフランス語の甘い響きに浸っていた。
僕にはロックは荒っぽすぎて夢なんか感じなかった、それよりフレンチ世界から来る耽美な世界の方がはるかに刺激的に感じた、レコードはスリ切れるくらい毎日、毎日聴き続け、アタマの中はパリ一色になっていた、そこに流れるフランス語の独特な響きは僕の心をつかんだ、英語と違って強くそそられるものがあった、そのうちにフランス語が話せるようになりたいと真剣に思った。
せめて意味は分からなくてもフランス語をスラスラ歌えるくらいにはなりたいと思った、僕の好み趣味は女子寄りな感性を持ってるけど、僕はオカマでもゲイでもない、男子たちが好きになる物、例えばロボットとかクルマとか戦車、戦闘機のプラモには興味はなかった。
学校では教えないフランス語は僕にはかなり壁の厚い未知のものだったけど、NHKのフランス語講座を始めて、それを何年も繰り返し繰り返し勉強した、続けるうちにフランス語発音はちゃんとマスターし、カンタンな会話もそこそこに出来るようになって、まだ中高校生だった僕にとってフランス語はもう遠いものではなく、むしろ学校で教える実態のない英語よりテレビでフランス人から習う生のフランス語の方がずーっとリアルで身近な言葉になった。
さらに時々、フランス映画を見たりして、フランスの文化は英米の文化とはまるで違う、特にアメリカ文化とはまったく異なった世界観だということにだいたい気がつき始めた、自分にとってこれこそ自分が探していた世界観だと思った、それはつまり「耽美なフランスのエスプリ」だった、僕の多感な時期は「フランスのエスプリ」にばっちり濃厚に浸った青春を送っていた。そして退屈な学校を卒業してすぐパリに向かった。

あれから40年経った今、あの多感な時期に影響を受けたフランスのエスプリはただの一過性のハシカで終わったのではない、その後の僕の人生にとってあの世界観は写真家になった今でもしっかり生きている。今でもどころかむしろあの多感な時期に吸収した世界観が土台にあるからこそ今の生き方があると思ってる。

ちなみにここに上げた写真は井之頭公園だけど、なぜかアタマがパリならそれらしく写ってしまう、写真とは不思議なものだ、思った世界に写ってしまう、この写真展はそういう感覚を写真にカタチにあらわした物です、僕なりの「フランスのエスプリ」を描いたのがこの写真展です、中には実際にパリで撮った物もあれば、関係ないところで気分だけで撮った物もある、そこに共通する世界観はつまり「フランスのエスプリ」だと思っています。
それが来月の1日まで水平線ギャラリーの展示です。よかったらのぞきにきてください。
水平線ギャラリーで検索すれば出ます。

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