アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

記憶力の話 

年を取ると記憶力が低下すると言われています、若いころ年配者たちからそれを耳にタコができるほど聞かされました、今自分もその年になってそれをすごく実感しています、たしかにこうなるんだな、、、、と。
今、毎日集中して英語を勉強しています、年なんですね、なかなか思うようにアタマに入ってくれないです、昔、イギリスで生活した時に会話が多少できるようになりました、あのころ覚えるという概念はあまりなく苦労もなく自然に吸収していくように覚えました。
記憶のこと、英語学習のこと、それを人に話すと「英会話はできるでしょう?どうしてまた英語を勉強する気になったの?」と言われる、話の主題は記憶じゃなく、なんでまた勉強する気になったの?話はそっちに行く。
英語ってやっぱり身に付けたい言葉じゃないですか、それに会話が少しくらい出来たからといって、そんなの十分じゃない、それに英文をスラスラ解読できないし、知らない単語、言い回しは延々とある、少しくらい話せても相手の言ってることがよく分からない、なんとか意思を伝えられるレベルでは話せるうちに入らない、もう少し話せる、聞ける、彼らの話が理解できるくらいになりたいから始めた。
上達して何か企んでいるわけじゃない、こんな英語レベルでは満足はしたくないだけです、今までずーっとそう思っていたけど、きっかけがないとなかなかしない、そして今日まで時間が過ぎただけでやっと去年から始めた。
でも実のところ毎日毎日集中して勉強しているけどアタマが少しも記憶してくれない、思っていたよりはるかに記憶力が衰えたのには驚いた、昔、フランス語独学した時、もっと自然に吸収して行ったけど、今は毎日やっても英語が記憶に貼りつかない、丸暗記というのが特に衰えた、時々高校生が電車の中でよくやってる暗記カード、今の僕ならあのやり方はまず記憶に入らないだろう。
それで、記憶力が劣ったことについて自分なりにあれこれと考えた、どういう時に記憶ができて、どういう時にダメなのか、その傾向を観察し始めた、これは単純にアタマがアホになったのか、、、?そうではないのか?そこがどういうことなのか、自分の体を通して注意深く観察しながら考えた。確かに記憶力は落ちたことには間違いはない、でも注意深く見てるとするりと記憶する時と、何度やっても記憶をしない時がたしかにある。
そこで少し考えた、アタマがアホになったというよりも、感覚とかイメージ脳をずーっと集中して使っていると現実的な脳は少し緩くなるんではないか、、、と思った、もちろん人によってその差はあるだろうけど、それと年による劣化が拍車をかけるのかな?と思った。
それでさらに思うのは、記憶力とはイメージを伴ってアタマに取り込むとわりと記憶する、でも先の高校生のように暗記カードを使って機械的に丸暗記方式でアタマに押し込むのは若い方が圧倒的に有利だ、僕ならいくらやってもアタマに貼り付かない。
僕の場合、記憶力は確かに落ちたけど、感覚的な集中力は30〜40代にくらべて確実にアップした、これは不思議だけど実感している、昔にくらべて感覚的に写真を撮るのはずーっと集中して撮れるようになった、経験が集中力を助けていると思うが、昔はイメージを整理するのにもっと時間がかかったり、モノが見えていなかったけど今の方が確実に見えている。だから年と共に若いころにくらべて老化するという定説はすべて信じる気になれない、少なくとも感覚は別だ。
自分の関心ごとの集中力はアップしてるけど、あまり関心がないことはどこか上の空になっていて心に止まらない、人が何かを話しても、自覚してそうしてるわけじゃないけど無意識がその話をスルーしてしまって、まったく話を聞いていないことはよくある。それが先日書いた上の空というやつです。だから物の置き忘れはとても増えた。
つまり、言うならば、これは年による劣化もたしかにあるけど、脳の思考形態が年と共に変わったのもあると思います、若いころは脳が若くて何でもかんでも吸収できる代わり、マトが絞れずあれこれ無用に手を出す、年を取るとあれこれ手出しは、もうしなくなり関心の範囲が狭くなる、覚えられることと、覚えられないこともハッキリしてくる、そう言うことかな〜と思っています、これを一概に老化と片付けるのはどうも、、、納得できないです。
英語学習に話を戻します、例えばある言い回しをノートにメモしたとする、でも、それをあまり自分が使うとは思えない、どちらかと言えばビジネス英語とか、やや遠回しな言い方で僕にとって興味が薄い言い回し、一応これも覚えておこうかな?これはまず覚えない、いくら押し込んでも覚えない、ところがおもしろい言い回しに出会うと、へぇ〜そんな言い方があるんだ、これはどこかで使いたい言い回しだな、と思ったらすぐに覚えてしまう、年をとって好きか好きじゃないか、その傾向がより顕著になった。
こうなったらなったで自分の現状が大体見えて来た、ならば勉強法を替えることにした。あれこれノートにいっぱい書き込んで覚えようとしてもどうせ覚えない、マトを絞ってノートに書き込んでいる、一つ一つ、自分が覚えたい言い回しをイメージしながらアタマに押し込む、つまり数を減らし集中して叩き込む、これは割と効率的な学習法です。
でも今は勉強すること自体が楽しい、あれこれ勉強しながら英語について考える、へぇ〜こういう言い方もできるんだ、、、こんな言い方は多分アメリカでは使わないだろうな、、、多分少し古いイギリスの言い回しなんだろうな、、、、 この言い方がちょっと礼儀の正しい言い方だろうな、もっとストレートな言い方が他にあるだろう、そんなこと考えながら勉強する、でも一回ではスルスルと覚えない、何度も何度も繰り返しながらアタマに貼り付けている、自分の記憶力がそうなんだからそれを受け入れるしかない、でもそれはそれで学習自体が楽しいからそれで良いと思ってる。
ここまで勉強が楽しいことをもっと若いうちに気がついていたら、僕の学力はもっと違ったものになっていたな、、、と思うけど皮肉なもので若いころ、そう言う風にものを受け取れない。

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