アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

プラトンのイデア論はむずかしい話ではない。 

プラトンのイデア論と言う概念があります、これを何かで調べると説明がやたらにめんどくさくて、読み終えるまでに閉じたくなる説明が多いんですが、この概念はそんなに面倒な概念ではないです、難しいかカンタンかは、意識のチャンネル次第です、少なくとも僕はそう解釈しています。でも僕の解釈が個人的主観かも知れないのでネットでも読めますから何かで一回さーっと軽く読んでみることを勧めます。
その内容とは、この世にあること一切は実在界の影絵にすぎず実在界にすべてのコンセプト(本質)はある、物事の回答を得るにはイデアにアクセスできるかどうかにかかっている、そんな内容です。
この解釈をズムーズにできるかどうかのカギは実在界をどう解釈するかにかかっています、実在界が分からない人に実在界を前提に話を始めてもイデア論は意味不明です、イデアとはつまり実在界の智慧を意味します、ちなみにこの概念はそのまま般若心経にも当てはめられます、では般若心経とは何なのか?心の奥に(深層意識)偉大なる般若(ハンニャ)の智慧(実在界の智慧)があってこれが開眼すると俗から解放される、色は空、空は色、(色とは物質界、空とは意識界)と釈迦は説いています。
プラトンのイデア論とは仏教の般若の智慧そのものであるという不思議な話、この世の概念ではなくあの世の概念を前提にこの考えは成り立っています、しかしあの世がある、あの世はないから話は始まりますが、ここではまずそれは横に置いて考えます、この実在界をまず一度受け入れて考えると、不思議なことに、この概念は物事の認識に奥行きと深みを増します、この世の成り立ちはただの平面から、実在界が前提に考えると立体存在として見えてきます。
むしろ、私たちはこの世だけの存在であの世なんかないの考えだけで物事を捉えたり、考えたりすると、一切は物質的な思考になって、すごく薄っぺらな平面的存在、虚無的存在思考になってしまいます、この考えだけで万物のつじつまを合わせようとする方が返っておかしな方向に行く気さえ僕はしますが、、、。
この辺りが実在界現象界の境界線で重要なポイントです、「実在界」というイメージ、これを日本人が理解するに大きく壁になるのは既存のお寺から身についた「あの世」の概念、これがしっかり意識の根底にあって、これが実は真っ直ぐな実在界の理解に邪魔をして色メガネになっておかしな先入観をしている気がします、まずこの悪しきイメージ洗脳を払拭しないとプラトンのイデア論に進めません、僕は実在界、イデアの世界概念はとても興味を感じますが、お寺の言うあの世、お墓の意味、先祖供養、冠婚葬祭、これには共感はまったくありません。
人間は魂存在(意識存在)であって体だけの存在ではない、意識と体の合体生物が前提です、日常で自覚できる表面意識と日常で自覚が出来ない潜在意識があります、別の言い方では、これを深層意識とも言います、僕が言いたいのはこの深層意識を重視した表現、生き方と、表層意識だけの表現、生き方では、意識(心)についての捉え方、考え方はまったく別物になります。
では深層意識を意識すると表現にどう影響が出るのか、理屈では説明が出来ない不思議な現象に意識は向きます、そこに神秘性を見出すでしょうし、物質的目線より意識の時空は立体的になります、内省的なことに関心や表現テーマに意識は自然と向きます、これが表層的なことだけしか意識は向かなければ表現は平坦で物質的にならざるを得なくなります、文学で名作の大半は心の深みを材題にしたものが多いのはそこだと思います。
プラトンのイデア論に戻します、プラトンはこの世の現象とは実在界の影絵にすぎないと言っています。すべてのイデアは実在界に存在していて、私たちはその実在界のイデアにアプローチできるかどうか問われていると語っています。
結論は、現実世界の概念(表層意識)でイデアを理解しようとしても多分延々に理解不能です、これはまったく次元の異なる、水と油の存在ですが、そんなに荒唐無稽な概念ではないと僕は思います。
ちなみにイデアとはアイディアの語源です。

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