アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

見失いそうになっていた大事なこと 

昨日の話の続きですが、くらもとさんの写真を見せてもらって、少し忘れかけていたことを思い出させてくれた気がしています、長くやって来た写真経験は確かに自分の助けになりますがその経験が物事を見えせなくさせることもあります、大事なのはやはり根本から湧き上がるヴィジョンなんだな、、、と。
先日6月に水平線ギャラリーで開いた個展、魔法植物園、実はあの作品は、これから先、どうしようかと考えていたところでした、始めて3回目の春を迎えた時、植物の撮影にとって忙しい時期ですが、なぜか手が出ません、これまでと同じ繰り返しはこれ以上する気になれなくなっていました。
さて今後どうしようか?
こういう時の選択は作品の良し悪しを左右します、少し前まで場を変えて気分と環境をガラッと変えるのも手かなと考えました、そこで浮上したのは植物園、ガーデニングの本場、イギリスに撮影の場を移す考えでした、場を変えた瞬間は確かに新鮮に感じるけどまた飽きるのは想像ができます、イギリスはいつでも気軽に行けるわけでもない、お金もかかるし、フットワークが重く返ってその選択は身動きが取れなくなります。
それでは元も子もなくよろしくない、ここは一回アタマを冷静に、時間を置いて、本質的なビジョンが見えるまで手出しはしないでやって来るヴィジョンを待っていようと思っていたところでした。
作品作りとはそういうヴィジョンが見えなくなる場面にはよく陥ります、壁に陥らないでまっすぐ行ける方がよほど稀です、わりとみんなが行ってしまいがちなのが、そんな時、小技(こわざ)に心は傾いてしまいます、やってる本人は「こわざ」と少しも思っていないんです。
小技を使って作品世界を完成させようと思いがちです、なぜならそっちの方が手っ取り早く行けそうな気がしてそっちに行ってしまいます。こういう時、自分が目指したい世界にブレずに行き先を見間違えないで行けるか、そこが別れ道です。
写真作品の質を決めるのは、もちろん昨日書いたようなピュアーな奇跡のようなヴィジョンが受信できるに越したことはないけど、先が見えなくなった時にどういう行動を取るかです、受信できるまで待てるか、待てないか、そんな時、彼女の作品が、僕が危うく忘れていたことを思い出させてくれた気がします。
だからどこに行けるかはまだ分からないけどつまらないことに手出ししては良くないと感じました。

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