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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

目に見えない世界を撮る 

これから書く文はどう書いたら言いたいことが伝わるのか少々アタマを悩ませました、それで書いてはダメ出しだったけどそろそろ書いてアップしてみようと思いながら仕上げました。
写真とは不思議なもので、写った風景とはちょっと違う心が映ることがパラパラあります。
忘れ去っていた遠い記憶とか、心のどこかに蓋をしてた感情がよみがってきたとか、先日僕が開いた魔法植物園という作品もちょっとそんなことが起きました。
作品に話があって、それは魔女たちが魔法の薬の研究で植物栽培していました、それは植物園にまで広がって、そこで育てられた花々はちょっと怪しげな花々だった、その魔法がかかった花を表現したいと模索しながら時間をかけて撮りました、僕にすれば必要以上に怪しげにしたつもりもなかったんですが、見た人の中には写真を見てクラクラしたという声もパラパラありました。
撮り方の表現展開は、、、、実際の花はそんなに怪しげではないし、そもそも花に魔法なんかかかっていない魔法を仕掛けなくてはなりません、それをどうしたら魔法がかけられるか、試行錯誤しながら魔法をかけていきます。
写真に対する人の感じ方はそれぞれですが、少なくとも技術的に撮られた写真でそんな花に魔法がかかったり、遠い記憶がよみがえるようなことはまずありませんが、写真を感覚を集中して撮れば写真には時としてそういう不思議な感覚が写ることがあります。

これから書くことは僕の偏った考えとして受け止めていただいて結構ですが、写真を趣味で撮る方の大半はカタチから入ってカタチに終始しています、例えば夕景を撮るとか、紅葉を撮るとか、祭りを撮るとか、これらをカタチで撮ることだけに終始しても結局は、やれることは人より上手く撮るか、変わったアングルやレンズで奇をてらうか、ソフトを使って奇抜な演出効果を狙うか、そんなことする以外にすることってないほとんど気がします。
もちろん上手く撮るだってそう優しいものではない、でもやはりまあまあ上手く撮ることなんか最初から当たり前で、ある程度上手く撮れたらそこから表現をもう一捻りしてもう一歩踏み込んだ表現を探すべきです、そうしないとつまらないし多分撮っていつかあきると思います。あきてしまえば、同じことを繰り返したところで、楽しいわけないし多くはカタチを変えます。でもそれは所詮カタチはどこまでいってもカタチでしかなくそれはいたちごっこです。
そうなった時、メンタルを撮る、これはかなり難しいことです、多分これまでカタチばかり追っかけてきた人には何から手をつけていいやらさっぱり分からないと思います、でも探した末にもしメンタルの糸口が見えてきたら、そこから写真はすごく気配を帯び始めます。
一つ一つ撮る物に対して、そこに目には見えないどう世界観を描くのか、具体的に見えない世界を描くとはどういうことをすることなのか?それを真剣に考え取り組み始めると写真に対する考え、その捉え方の世界観が広がると思います。
それで最後に余談ですが、ずいぶん前にある写真家が恐怖心を写真に捉えました、経緯は毎晩悪夢にうなされ続けました、それは言葉にならない恐怖心だったようです、ある日、写真家はその夢に見たシーンを克明に覚えていたので、それを写真にそのまま撮ろうと試みました。
散々探した末、やっと見つけた場所で夢で見た通りに首のない男を撮った、僕は初めてそれを見た時、説明を読む前だったけど、なんだか血なまぐさいような、得も言われない恐怖感のようなものが写ってると思った、後日をれについて説明文を読んで驚いたのは、そういう恐怖感って目には見えないけど写るものなんだなと思った。その時以来、目には見えないものを描くことに興味を持った。

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