アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

SLブーム 

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僕が中学生から高校生にかけて、国鉄は数年以内に全国の蒸気機関車を一斉に廃止し代わりにディーゼルまたは電化にすると発表し、機関車が消えることを惜しむ大人たちから始まってやがて世の中ではSLブームは大きく爆発的なブームにまで発展した。
やはり国鉄の象徴だった蒸気機関車が世の中の路線からすべて消えてしまうんだからなんだか寂しい気分が広がったんだと思う、今のうちに煙を吐きながらシュシュポッポと喘ぎながら走る機関車を写真に撮っておこうと世の中のオヤジたちはにわかカメラマンになって機関車が走る有名ポイントに集まった、都会から近い撮影ポイントの日曜日なら100人近くのカメラマンの三脚がずらっと並んだけど、当時の国鉄は線路近くでカメラを並べる行為をあれこれうるさく規制せずほぼ野放し状態でマニアの好き勝手を黙認してくれた。
ちょうどあのころ国鉄はディスカバージャパン(日本を知ろう)キャンペーンの時期で雑誌アンアンノンノでも旅特集がヒットした時期で、時代はちょっとした旅気分、ローカル線の蒸気機関車追っかけブームだった。
聞くとこによれば、あの時期、SLブームのおかげでカメラは売れに売れたそうだ、SLブームが日本のカメラ産業の底上げに一役買ったくらい、SLブームはカメラ売り上げに大変な貢献した。
僕が住んでいた名古屋周辺では列車で1時間くらいで機関車が走ってるローカル線に行けたから毎月のように機関車を撮りに行ってた。そしてそこで僕は写真を撮ること、それを自分で現像して自分でプリントすることを覚えた。
機関車の撮影ポイントの探し方は鉄道雑誌や機関車写真集に地図とポイントが載っていたからカメラマンのほとんどは同じ撮影ポイントに自動的に集結する。ポイントはまず登り坂で機関車はパワーアップのため石炭を燃やし煙をいっぱい吐き散らしながら走る、そこが橋だったり背景が山だったり、写真にしてカッコいい絵が撮れる場所にみんな集まる、あとは駅で出発瞬間も煙を吐き出すから絵になる。
そのうちに同じ場所で何枚も同じようなカットを見て思い始めたのが、誰が撮ったところで所詮は同じような場所を撮ってるに過ぎず、そのうち同じ場所で撮ることに疑問を感じ始めた。「みんなで同じ場所で同じ機関車を一斉に撮ったって、そこでいくらいい写真が撮れたところで面白くない」と、そう思った。
それは中学生のころまではまだそんなに気にならなかったけど高校生になってだんだんそれを繰り返すのが嫌になった、でも相変わらず撮影ポイントでは立派なカメラバックにカメラを何台か持った大人たちが、決まった場所に三脚をずらっと並べて撮ってる姿をみて、まだ高校生だったけど、僕はここで撮ってる大人たちがどこかアホな大人たちに見えた。
撮影会も同じ気がした、大きな公園で花が咲く花壇の前でモデルがポーズ取ってるところを大勢のカメラマンが取り囲んでみんなでパシャパシャ撮ってる光景、これもどこか滑稽に感じた。どうせ撮るならモデルと差しで向き合って撮りたい、そうじゃなければつまらないと思った。
そこから自分の場所探しを始めた、でもなかなかそんないい場所なんて見つからない、有名ポイントに引けを取らない誰も知らない場所なんて、そうやたらにあるものじゃないことにも気がついた、いろんな試みをしたけど、やはりポイントには勝てない葛藤も同時に感じた、このころから僕にとって写真とは鉄道写真がきっかけだった、でも同じ撮るなら写真家を意識して撮っていた、鉄道マニアであるよりもやっぱり写真家でありたいとこのころから思い始めていた。
そして考えたのがあまりマニアがいっぱいいない遠くに行って撮ることにした。例えば九州に行って撮る、島根県のローカル線山陰線に行って撮るとか、北海道のローカル線に行って撮るとか、その方がマニアに囲まれず、場所取りの戦いをしなくても済むし自由気ままに、好きに撮れると思った。
でも今になって、この考えとこだわりは写真家には重要な資質だった、逆にそういう気持ちがない人はたいした写真家にはなれないと思う。
ここに上げた写真は九州の直方という駅近辺で撮ったものだけど、もう夕方過ぎで暗くなりかけたころだったけど、撮れるまで撮ってやろうと撮ったけど、もう暗くてシャッター速度が遅く手ブレしてるけど、高校生にしてはなかなかその時の気分とか濡れたシズル感が上手く撮れてると思う。

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