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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

写真表現をする最初の壁(2) 

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昨日の続きです、昨日の文は観念的すぎて上手く書けていないと思うので、今日は違う角度から説明し直します。
写真を捉えるには人によって様々なアプローチはあると思います、一概にこれだとは言えない気がしますし、僕の場合やはり世の中的な能力より感覚的な能力の方がずーっと長けているのは中学くらいに気がつきました、この感覚を伸ばす、伸ばさない、これは自分の存在の死活問題同然と早くから自覚していて、ある意味でその切実な気持ちは普通よりもずーっと強かったと思います。
また、写真のモチーフを探しでみんなが苦労する原因の一つに日本で探すにはあまりにむずかしい事は確かにあると思います、その点では海外で特にインドで探すのは日本より楽だと思います、それは驚きの度合いが凄まじく絵にしやすい、でも現実そこに行けばスルスルと出来るかと言えば、案外そうカンタンじゃなく、そこで目が慣れてしまい、なかなかできないが現実です。

話は当時の記憶に遡ります、カメラマンの助手を終了しさてこれからカメラマンになるために作品を作ろうと考えた時、作品を作る思考回路がまさか思うように機能しないことに気がつきました、アシスタント時代に身に付けたアシスタントの思考癖、下っ端根性癖は想像以上に体に根深く染み付いて、何か物事に触れた時、それを自分の心で感じ、カタチにする思考が自分は十分に出来ていない事に気がついた、これでは何も作れない事に気がついた。
ここに書いたことは大げさに感じるかもしれないが、いざその場に立ってみるとわかると思う、なかなか思い通りにカタチにできない、見たものを作品に仕上げる思考回路を獲得することは訓練を要すると感じた、いや、これは訓練と言うよりも、心の準備、その思考感覚を心に十分に馴染ませること、と言った方が正しいかも知れない、作品に向き合うとはそれなりの心の準備をして向き合うしエネルギーも使う、その思考に慣れないと多分何も出来ないと思う。
この意識の壁は側で想像する以上に根深く、有名カメラマンの助手を何年か勤めたがカメラマンになれない人は意外に多い、その原因は写真が上手く撮れないからではない、この意識の壁が原因です、助手を経て助手思考から自立したカメラマンの思考に変えること、これがスムーズに切り替えられる人はそんなに多くはない。有名どころのカメラマン助手をきちんと勤め上げられた人の方が、返って意識の切り替えが出来ないケースが多くその荒療治として環境を変得ようと旅に出ることにした。
話は脱線したが僕と家内は二人で長いインドの旅に出た、しかし現実はそうはカンタンではない、日本ではなかなか思うように自分の作品が撮れなかったけど旅に出たら翌日から一気に自由に撮れる、物事はそんなイージーで劇的ではない、現実は人生を挫折するに十分の条件が揃っていた。
インドに着いた、インドの現実が目の前にあった、それはすごいパワーのある光景だけど、何から捉えていいのか全くと解けなかった、モノが見えなかった、まずは立ち止まってばかりいないで、自分のケツを叩いてでもとにかく撮ろうとしたけど、それはいつかどこかで見た誰か有名な写真家のモノマネをするばかりだった、自分とは所詮はこの程度なんだな、、と痛感し一体何のために日本を出たんだろう?と我ながら悲しくなった。

それで流れ着いたインド東海岸の最大の都市、ボンベイ、その街のある一角に目が止まった、この気持ちをなんて説明したらいいんだろう?正直言って特に撮りたい光景ではなかったし、特に興味を唆る光景でもなかったくらいだった、なんらかの言い訳はいくらでもできる状態だった、無理に撮らないでそのまま素通り出来た街だったけど、何か心が引っかかった、ここですべき「何か」を感じた。
このままここを素通りしたら後で後悔すると感じた。これまで日本でカメラマン助手してた時には感じたことのない印象のだった、写真を何年もやった体験で、感じたことにない「何か」を感じた、そういう感覚はやはり旅に出ないと感じない直感だった。
それで連日、まるで狂ったように、水を得た魚のように、その場の勢いに乗せられて、とにかく手を止めることなく押し寄せる波を一つでも捉えようと必死になって撮り続けた、生まれて初めてサーフボードを持って海に出て波を取って乗ってボードの上に生まれて初めて波に乗った気分とでも言えば良いのか、とにかくすごい勢いだった、下手をすれば波に呑まれる危険性も隣り合わせだったけど、そのパワーを捉えようと無我夢中で撮り続けた、街で費やした日数は1月くらいだったと思う。
これまで写真人生でこんなヘトヘトになって撮ったことは初めてだった、撮った作品はその後、発表しないまま、ずーっと引き出しに仕舞い込んだ状態でいる、それは人に見せるために撮ったのではなく呪縛された意識を解きほぐすために無意識に撮ったものだった気がした、でもそれがきっかけで僕は作品を撮る感覚をやっとカラダと脳の奥が深く理解した、少なくとも助手時代の呪縛はそこで振り払った、そして僕のデビュー作、少数民族はそれがきっかけで出来たと思ってる。
それで、今日の話を昨日の話の写真の第一段階に結びつけると、写真を撮ることが一向に自由に出来ない、相変わらずフットワークは重たいまま、モノが見えない苦しみを抱えて悶々としていた。
まあこれは鳥の卵に例えたら、結果が出る前の時期は雛に還るまでの温めの期間と言えるんじゃないかな?やってる本人は先が見えないからきつい日々だったけど、何のために日本を出たんだろうと苛む日々だった、でもそれがあったからボンベイで何かを予感したんだと思う。もしそれがなかったらボンベイで街を見ても何も感じないで終わったと思う。
つまり昨日の話の4つの段階の1つ目の意味に繋げるなら、それは撮る前の意識のウォーミングアップ期間で、この期間がどれだけ中身と圧力を持ったものか、そこで撮れる写真は決まって来ます、ここに中身がなければ撮る写真も軽いだろうし、ここが深ければ撮る写真も深い、その意識の振動を熟成する期間だと思います。
まあもう少し分かりやすく語れば、対象物に対する切実な思いがそのまま写真に写るという事だと思う、だから理屈でいくらあれこれカタチだけ上手くやったところで、それで人の心を揺さぶる写真をなんてできる訳がないと心しておくべきです、人間の心ってそんなに安っぽくはできていない。それが理解していれば、撮る、ということに対してもっと慎重になるはずだと思う。

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