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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

写真表現をする最初の壁(3) 

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ここ最近、写真の捉え方、その導入法について説明しました、ここまで書いたなら、もう少し本腰を入れ突っ込んで一番肝心な部分を書きたくなりました。
世の中には写真が好きな人はたくさんいます、写真の何がそこまでみんなを魅了させるんでしょう、思うに、世の中の普段の生活は表面的な情報のやりとりばかりが主で心の奥に触れることは少ないのかも知れません、それに対し内面に何らか関心がある人には表現活動をすることで現実思考から内的な思考バランスが取り戻せる手っとり早い方法なのかも知れません。
でも写真とはみんながいくら頑張っても行けない域に、その人にとってはいともカンタンにすいすいと行ける人がいます、みんなには見えないけど、その人には何かが見えている、人が撮れない世界がその人には撮れる、これを才能がある人とみんなは言います、では才能とは何か?を少し考えましょう。
世の中的には才能があることをみなさん羨ましがったり、賞賛したりします、でも現実は側で思うほど単純で楽なものじゃない、それができる人はただ単に好きでやってる、好きで行った、才能があったから行けた、と解釈するより、行かざるを得ない切実な思いを抱えていたから行けたと考える方が自然です、だから能力を持った人に対して僕は単純に羨ましいのではなく、切実な思いを抱えていたからできたんだと見ています。

それは自己の証しで、自分の心への自己治療のようなものです、それで偏った心のバランスを取り戻している、曲がった状態を元に戻し欠落感の穴を埋めているようなものです、僕の場合、現実的な思考回路が普通とはズレていて、みんなが普通にできることが上手くできないから、集団行動に何らかのストレスを抱えることが多いです。
これを抱えると職業適性は限られ、したくても弾かれることがよくあります、通常の生活範囲に周囲とズレます、これは見た目には違和感や支障がなくただ偏屈なヤツで片付けれるだけで終わるんで、そこが余計に厄介なんです、カンタンに言えばチューニングが狂った楽器のようなものです。
例としてはサバン症候群があります、以下はブリタニカのコピーです。
「知能が標準以下の人や重度の情緒障害(→情動)をもつ人が,特定の分野にかぎって卓越した才能を発揮するまれな症状。たとえば,多くの桁の暗算を瞬時にこなす,一度聞いただけで長い楽曲を演奏できる,複雑な機械をなにも参照せずに修理できるなど,数学,音楽,美術,機械などの分野で才能を示す。幼児自閉症の人の約 10%がサバン症候群である。知的障害をもつ人にもみられるが,発症率ははるかに低い。」
ちょっと大げさな例ですが発達障害なら世の中にはいくらでもいます。
これも算数の掛け算を覚えるのに苦労するがピアノならすっと馴染めてずっと弾ける、僕はこれに近い個性を抱えています、世の中では学校の勉強が出来る、出来ないは、幼少期の心に与える影響は計り知れないものがあります、それはその後の人生の大きなトラウマとして心の中心にドーンと居座ります、それが分からない人には多分理解不能かも知れませんが、これは当人には心に傷を抱える欠落感です。
早い話、その穴埋めとしての表現は心のバランスを取り戻す自己治療行為のようなものです、この種のハンディーを抱えた人は写真や音楽を演奏したい気持ちは趣味でやってる人にくらべたら、そのモチベーションは普通よりずーっと高く表現に対する執着心が半端じゃなく強い、時々人からどうしてそんなに強いモチベーションを持ってるんですか?と聞かれることもありますが、これはそういう事情あってのことでそれ以上の説明はできないです。
人はそれぞれ誰だって何らかの問題はみな抱えています、写真に限らずなんらかの結果を出せる人はそれなりの「必然、切実な思い」があって、心を動かしてると考える方が自然です。

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