アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

発達障害とは 

これまでここで発達障害について何度か書きました、でもこれまで僕はその専門家ではないし、自分がそれだといくら主張しブログに書いても、それは単なる主観で書いてると言われて仕方がない立場でした、先日、検査を受けクロの判定が出たのでこれで少しは分かったことが書ける資格を持ったようなものです。
世の中で発達障害は、芸術家、研究者に向いている、世の中的にはちょっとしたお墨付きをもらったようなもの知れない、友人の写真家はADHD(発達障害)であることを羨ましいように言う人もいました、でもこれは現実的な仕事の人にはハンディーが圧倒的に多いと思います。
僕は検査を受ける前から、ほぼ自分はそうだし発達障害とはどんなものか把握していたので検査結果を一通り説明されましたが特にこれと言った感慨深い思いはなかった。ただ一つ驚いたのは感覚の能力は検査で示せる事実にはやや驚いた。
これは障害というレッテルで呼ぶにはちょっと違和感があります、アタマの思考能力が一般人みたいにフラットじゃなく、優劣落差がはっきりしています、僕の検査結果は事務的能力はすごく劣るけど感覚能力が特に優れていた、これは障害ではなくアタマの構造がズレていると解釈した方がいい。
でも障害と呼ばれる根拠も理解できます、ボク自身、子供の時、学校で先生が一通り説明して、さあ始めましょう、と言った瞬間、僕は理解が出てきていなく、隣の子に「ねえ、何をするの」と聞いたことが何度かありました、大人になっても会議内容の聞き漏れがよくありました。
そういう時、話をちゃんと聞いていなさい、と窘められましたが、これは普通の方々にはどう説明してもただの言いわけでしかない、ある瞬間、集中力が途切れアタマに入って来なくなります、そのパターンは、話の内容が興味が持てない、退屈な話、他ごとに意識が行ってしまった時、不安ごとでアタマがいっぱいの時の打ち合わせは内容はアタマに入らなくなります。
一番ボクを悩ましたのは学校の成績がよろしくなかったこと、知能が低いとはまったく思わなかった、とにかく学校の授業は苦痛で仕方がなかった、世の中で多くは、学校なんて誰だって苦手だよ、好きな奴なんていないよ、と誰もが口を揃えて言います、でもボクの場合はそんなものじゃなかった、宿題はもちろん嫌だった、塾も苦痛だった、何をするにしてもとにかく手がつけられないくらいダメだった。
でもこれは単なるダメな子ではなくどうにも仕方がない脳の構造が問題のようです、正直なところこれは本当に脳の問題なのか好き嫌いが激しくて、そこは躾次第でなんとかなるものなのか、自分自身いまだによく分からない、ただ普通の人よりは手がつけられないのは間違いがないと思う。
今でもまだ理解なんかされていないけど、あのころは発達障害の概念なんてまったくない、ただアタマごなしに一方的に手のつけられないダメな子の烙印を押すばかりで、まともな職場でも普通がスムーズにできないからまともに働けなかった、みんなが普通にできることが、普通にできなくて本当に行き場がなかった。
今になって振り返ると僕は自分の能力発揮ができる生き方を自分で見つけられたから良かったが、世の中はなんだかんだと言ってまだまだ現実能力が幅を利かす世の中で、この個性を上手く活かせられる人生を見つけられるかどうかは難しい問題です。
僕の場合は、検査する前からほぼ自覚していたしそれについての知識はだいたいありました、アメリカの統計では発達障害者の犯罪率、離職率、離婚率、社会からの脱落者率は一般人よりもずーっと高い数字が出ています。
僕はこの数字を本当に痛々しい思いで見ました、発達障害は特に小児ADHD を抱えた場合、大人が早く正確に理解してその子の能力を早く引き出してあげないと厳しい、僕の場合、自分の生き方、自分の人生は自分自身で探すしかないと早くから自覚していたからある面で早くから自立していたと思います。

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