FC2ブログ

アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

a rule of thumb 経験から学ぶ感覚 

親しい友人と二人でささやかな新年会を開きお酒を飲みながら雑談してた時、「それにしてもシンさん、いろんなことを知っていますね、、、、、」と彼は僕に言った。
正直な話、僕がいろんなことを特によく知ってるとはマジに思っていない、確かに人よりもいろんな体験をしたけどたいして教養が深いとか博学ではない、これは謙遜ではない、強いていえば普通より多少の知的好奇心はあるかも知れない、でも世の中に向けて写真を撮っている写真家がこれくらいの知的好奇心と知識は当たり前じゃないかと思う。
僕が知ってるんではなく、世の中の一般が当たり前の教養と物事を大人のくせにあまりにも知らなすぎるんじゃないのか?と僕は思っている、これはハナ持ちならない発言に聞こえるかもしれないけどそう思う、それについて少し説明したいと思う。
僕は前も書いた通りADHDです、つまり物事の感じ方、得意、不得意、アタマの構造が普通と違ってできていてアタマがフラットじゃない、出来ること、出来ないことの落差が激しくみんなが出来ないことが出来て、みんなが出来る事が出来ない、まったく出来なくはないけど上手く出来ない、これは都合の良い言い訳のような話だけど本当です。
その個性を抱えると学校時代は不遇な学校生活を味わうし、常識的な仕事は何をしてもどうも上手く行かない、その代わり生まれつき感性と表現力を持っていたから、写真家でなんとか今日まで生きてこられたと思う、世の中のマニュアル通りの生き方はしたくても出来なかった、こういう生き方はどちらかと言えば自主的に選んだのではなく、結果としてそうなってしまったが結論です。

僕はマトモな美術教育は一切受けなかった、すべては自分で見て自分で考え自分で謎を解きをして自分を育てた、早い話、僕はこれまで既成のマニュアルとか一般の手引書は使わず、学校教育もほとんど役に立たなかったし、人生の教養の大半は自分自身で勉強したし、自分のカンとか自分の目で見て感じた自分の感覚を頼りに生きてきたし、人の話しはそのまま鵜呑みにはしなかったし、世の中のマニュアルは生理的に苦手だったし、それをアテにした事もほとんどなかったと思う。
そんな考えだったから普通の場ではとにかく相手に上手く歩調が合わせられなかった、そう言う生き方が当たり前になると自分で物事を考えて行動する分だけに知識のフィールドは必然的に広くならざるを得ない、何かで得た知識の応用力や展開力は最低限持っていないと何も出来ない、つまりジャングルの中で必要最低限のサバイバル力がないと生きていけなく必然的にその能力が養われるような話です、例えば、火の起こし方、野生動物の対処法、ジャングルの食べ物の採取法、調理法を覚えるみたいに世の中での諸々の雑事は自分の思考範囲でする。
旅に例えれば、海外の秘境を旅する場合、人が誰も行かないところに足を踏み入れたければ、普通はそれなりのガイドを雇うかツアーに組み込まれるかする、交通もなければ、宿泊設備も食事もまともにない、まして現地語もできないならそうするしかない、そもそも普通の人はそんなとこにまず行かないだろうけど、取り敢えずそれが普通一般のやり方です。
僕の場合、自分の足で一切の制限もなく自由に旅がしたいなら、まず自分で現地語を少しでも覚えるしかない、土地のことも知らなければならないから覚える、交通がなければなんとか行き方を自分で調べるしかない、自分で現地語で交渉するしかない、そんなことばかりすればその土地のこと、辺境の旅の術はイヤで身に付くようになる、そして人がタッチできないことがタッチ出来るようになる。
モノクロの暗室ワークでもそう、大手メーカーの既成薬品では限界を感じたり物足らなくなって自分に合った薬品が使いたい、そうすれば薬品単体バラで買って調合するしかなく製薬会社に問い合わせる、ところが一般には薬物免許のある人以外は薬品は売ってくれない、さてどうしたら売ってもらえるか、抜道なんていくらでもあるからどうにでもなると思ってる、ありとあらゆる製薬会社に問い合わせる、そのうちに薬品とか製薬会社の仕組みとか薬品雑学がイヤでもアタマに入る、気がつけば薬品について詳しくなる。
家を建てる時でも同じ、既成の家の作り方はつまらないから選ばない、大工に任せっきりの家はイヤで自分の好きなように作りたい、そこでイヤでも勉強せざるを得ない、かつて家具屋だったからやれることはたくさんある、自分でやって無駄なコストはできるだけカットし、余ったお金は他に上手く使う、好みの部材を選び、好みの場所に窓やドアーを好きに設置する、その結果、自分の望む家が知らぬ間にできる。
結果的に家についていろんな知識がイヤでもアタマに入ってくる、特に博学になりたいわけでもないが結果的にそうなる、素材とか扱い方にやたら詳しくなる、何がどこで安く買えるか、安く買うにはどうするか、何を使えば何ができるか、これがしたければこうしないとダメ、こうすればOK、自分でやったばかりに時にはバカみたいな失敗や無駄もする、楽しいばかりじゃない、無駄なお金も使う、腹も立つし、絶望感も味わう。
家は建てて気がついたことで、今風の家がつまらない理由は既成パーツばかり使うからつまらなくなる、特に外壁材やドアーとかドア取っ手、合板床板、家周辺のアルミフェンス、門、どれもこれも本当にデザインが良くない、これらは家を間違いなく安っぽくさせるから絶対に使わない、そういうことは自分でやって初めて気がついた。
そんな生き方をしてたら普通の人たちより雑学豊富になるのは自然な成り行き、特に何かに気負ってる気はない、ただ普通が物足らないから結果的にそうなった、こういう生き方を英語では a rule of thumb と言うそうです、直訳すれば、親指のルール、その意味はweblioによれば、親指で計ること、大ざっぱなやり方、経験から得た方法、と書いてあります。
つまりマニュアルとか既成の方法に頼るのではない、自分の感覚とか自分の経験から得たことを基軸にして何かを学び取って成長する生き方とでもいうんでしょうか、僕は既成概念で何かをするのが狭苦しく自分の手触り感覚で物事を感じ取って行く方が楽なのでそうしていますが、これはみんながみんなそうではないみたいです。何か枠組みの中で物事をする方が楽な人の方が世の中は圧倒的に多いらしいです。

この記事に対するコメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://suiheisenbiz.blog52.fc2.com/tb.php/2031-d25135ca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)