アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

社会科脳とその妄想 

ここで何度も書いたけど、学校時代どうあがいても成績が芳しくなく自分なりに悩んでいた、算数、数学は数字を見ただけで拒否反応が出るくらいイヤだった、数学はただの数字羅列を見るだけでそれをなんとか攻略してやろうとかそんな発想にはまったくなれず手が出なかったけど、社会科はなぜか脳みそが別だった、中でも地理は特に興味があった。
歴史も少しは興味はあったけど学校の歴史授業は退屈な授業と思っていた、出来事を年号を覚えるだけ、あれじゃあ意味がない、みんなに歴史興味を失わうようしてるとしか思えないくらい愚かしい、もっと私たちの祖国、日本とはどう言う歴史を辿って今があるのか、そこはきちんと教えないと日本人としてバカになるだけだと思う。
実際、まともな大人たちが日本にとってこんなに大事な歴史事実すら知らないのか?と思うことが、ちょっとあまりにも多すぎて情けなるやら悲しくなるやら、世の中は史実に無知な人が多い。
話を元に戻す、子供時代、世界地図を眺めて知らない国々を夢想するのがヒマつぶしにはなぜか好きだった、地図をただ見て終わるんではなく突っ込んで見ていた、南北アメリカ大陸を見れば大きな山脈が、ロッキーとアンデスが南北縦にずーっと続いている、その長さは距離に換算したら日本列島の何倍もある、、、チベット高原、サハラ砂漠を見れば、本州がすっぽり入るくらい何倍も広いんだな、、、さらに揚子江上流を見れば、荒れ狂ったように蛇行してるのは一体どうしてなのか、、、?そのワケを考えていた。
地図からあれこれ発見があって妄想に耽ってまだ見ぬ土地を想像し眺めていた。気がつけば、地図に載る大きな河川、砂漠、山脈、首都、これらの名前は知っていた、多分子供時代から遠くの異国に憧れを持ち自分の目で実際に見たかったんだろう、、、と当時を思い出す。

そして大人になってその夢はすぐに実行に移した、まずハタチにフランス、イギリスに行った、言葉がよく分からないロンドン生活に嫌気がさしてイギリス島全土を回る長旅にでた、旅ができる高価な自転車をロンドンで買ってスコットランドの北の果てを目指した、地図を見れば北部は典型的なフィヨルドの地形、上手く行けば氷河の跡が見られると期待して走った。
イギリスとは行けども行けども羊や牛が草を食む牧草地が続くののんびりした国、それしかない国に見えた、ロンドンから一歩外に出たらそんな風景ばかりが続く事実を目の当たりにして、あの世界に名だたるイギリスの実態はちょっと意外だった。
中部の工業都市マンチェスター、リバプールが重工業地帯、アイルランドから海を越えてやって来る安い労働力がその産業を支えていた、アイルランド人労働者の集まるリバプールの酒場からビートルズは登場した経緯がなんとなく見えてきた、日本に比べたらイギリスは他にこれといった大きな産業都市はなく想像していたあの大英帝国イギリスのイメージではなくそこは牧歌的な国だった事実に驚いた。
牧草的な風景を来る日も来る日も眺め自転車で走ってると、地図を眺めていたころの社会科脳が勝手に動き出した、なんでイギリス人はこの土地を諦め世界に植民地進出したんだろうか?結局この土地は貧しく羊放牧くらいしかできなくて外に出るしか選択肢はなかったのか?それにしてもいくら地に落ちた大英帝国だろうが「腐ってもタイとはこの国を言うんだな、、、」そんなことを考えては自転車旅をしていた。
中国も長い期間、旅をした、行っては帰って行っては帰ってを繰り返しトータル1年もあの国に費やした、当然中国について書かれた本をあれこれ読み漁った、近代中国がどういう経緯で清王朝から今の共産党国家になったのか、毛沢東はこの国から何を夢見ていたのかと僕なりに考えた、文化大革命って要するにあれは一体なんだったのか考えた、あの国の愚かしさと矛盾について考えた、知れば知るほどため息が出た、広い大陸を何日もかけて移動すれば夢想する時間はたっぷりある、どこまで行っても日本人の感覚ではこの国は理解はできないな、、、と思った。
アメリカの野原をドライブ旅行にもいっ時ハマった時期がある、以前、成田ーロスの往復料金がバカ安だった、4万円でお釣りが出た時期があった、ヒマがあれば、頻繁に家族で行ったり一人で行ったりしてた、アメリカのどこに行くか?ではなくまずロスに飛んでそこで考えた、行けば気分が変わり行き先が浮かぶからそうしていた、現地でガイドブック拡げて家族にさあ明日からどこに向かうか?と聞いて行き先を決めていた。
ロスから西に向けばどこに走ろうが乾いた野原を走る、毎日毎日、西部劇に出てきそうなUFOが降りて来そうな乾いた風景を車で延々に何時間も走り続ける、せっかくアメリカに来て運転ばかりの毎日で英語をマトモに話す機会なんかほとんどない、話す機会はレンタカーを借りる時、あとは宿とレストランとコンビニに行った時だけわずかな英語を使う、それ以外はただ延々と乾いた野原を走り続けるだけ、時々ラジオから流れるフリートウッドマック、ビリージョエルの音楽がヤケに合う、日本ではまったく理解できなかったけどそこではヤケに合う。
やっぱりそこでも社会科脳は動きだす、アメリカ人ってつまりなんなんだろう?って自然にアタマの中が考え始る、もちろん西部だけ見て、アメリカなんかを判断できるわけない、ただふっと感じたこと、要するにアメリカって国は、、、、世界中で最も新しい国家社会について考え悩んだ国なんだと感じた、そこにいろんな人種、異なった民族と宗教、立場の違う人たち、いろんな人たちが世界で最も寄せ集まった人口の国なんだ。
いろんな違う立場、条件、価値観、利害、これらの人たちが集まった国、その複雑な条件を抱えた社会で、どうしたらみんなの幸せが実現できるのか、その問題について多分世界で最も考え悩んだ国がアメリカなんだろうな、、、と思った、そんな考えがアメリカ滞在中ふっと考え湧いた。
まだまだ他でもいろんなことを考えた、西オーストラリアの赤土が延々と広がる土地、家も街もまったくない野原が続く中を車で走ってた時、その土地は世界でも有数な良質の鉄が産出するところ、しかしその利権はなぜか原住民ではなく白人がほぼ所有する、1770年キャプテンクックがここにやって来て100年ちょっと前、イギリスから独立し白人中心の国を作った、でもそこにはアボリジニーという原住民が住んでいたけど力の差は比べるまでもない、要は力で取った者の勝ちじゃないか、、と矛盾を感じた、世界はつい100年ちょい前までは今では絶対に通用しないそんな露骨な搾取をやって来たんだと思うとなんとも言えないモノを感じる、僕は海外に行けば毎回そんな妄想回路が勝手にアタマの中で回り始める。

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