アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

これからの魔法植物園 

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昨年6月魔法植物園は初回の個展発表しましたが、まだ完成ではなく今後どうするかあれこれ考え思案しました。
そもそも作品作りというのはアタマで考えてそれでどうにかなるものではないと僕は思います、こればかりは閃く思いか前々から心に強く感じている情動的なものかどちらかでしょう、そもそも表現はアタマで作るものではなく心にある感情を素材にすべきでその官能的情動に拠るものであって、アタマの思考、表層域で作られた作品ほど退屈なものないと僕は思っています。
しかしいざ作るとなればなかなか思うがままに閃きや官能的情動は動き出してはくれず自分の心の奥に隠された気まぐれな創作欲は気長に湧き上がるのを待つしかないのが現実です、または自分にそうなるよう仕向ける以外に手だてはない、とにかく湧き上がらないからといってアタマで作ってはならないのが鉄則です、それはどんなに美味しい料理を口にしたところで食欲がない時はアタマを全開にしたところで料理は美味しく味わうことは出来ないと同じことです。
さて前置きはこれくらいにして、魔法植物園という作品はやって感じるのは面白いテーマではありますがなかなか一筋縄では行かない難しい作品です、なんせありふれた植物に魔法をかけるように隠された世界を引き出し撮るわけですから、、、、、、始めはなかなか自分の思うように植物に魔法はかからず制作は苦労しました。
しかし撮り進むうちに少しづつ少しづつ怪しげな魔法雰囲気が写り始めました、その怪しげな目線から過去撮った作品を改めて振り返るとそれはやはりどこか現実的な空気が写った写真に感じます、やはり今後、自分が撮りたい魔法植物園の作風はもっと非現実的な世界に持って行きたいと感じています。

作品作りは必要以上に手法に拠っていてはつまらなくなると思います、もちろん手法の不足はお話しにならないんですが、手法はあるのは当たり前が前提です、理想は手法は盛り沢山でもそう感じさせないことです、要は自分が描くべき世界ビジョンがどれだけクリアーに見えているのか、、、、ここが決め手です、これが見えていないと無駄が多すぎて僕なら相当消耗させられ疲れます、しかし世界が見えてくると勝手にモノがおもしろいように写って来ます。
昔、ある宗教家が話した言葉ですが、これは僕の心を捉えた言葉です、正確には覚えていませんが、その意味は、「世界とは自分が深めた分だけ実相を私たちに見せてくれる」この場合の世界とは世界各国の世界ではなく意識世界の世界を意味しています、しかしこのニュアンスはまるで世界はなんらかの神のような意思を持ったような印象を感じさせられます。
ここに隠されたその意味はつまり人間は現象界と意識界、この双方の矛盾した世界を共に生きる存在です、まさに般若心経の極意で、色即是空、空即是色です、しかし人は世の中の現状は目に見える現象界ばかりに重点を置いています、特に今はそれがより顕著な時代です、スマフォがもてはやされるのは、その効率的物質情報がもてはやされるのはまさにそれを意味しています。
「描こうとする世界がクリアーに見えれば必要以上に手法に頼らなくとも描くべき世界は勝手に表に出ます」これは僕は30年くらいの創作経験から強く感じます。
しかし現状、駆け出し作家に多く感じることは、メンタルな世界観が見えていないと不足分を手法に過剰依存し作品制作してることを感じます、手法はかなり上手いんだけど、そこに中味がほんとんど感じられないことが多く、逆に世界が明確に見えている人の作品は特に仕掛けは感じがないんだけど強いメッセージが伝わってくる、この作品は見る側の心を捉えます。
まあ理屈話はここらで置くとして過去2年くらい前の椿カットと今年撮った椿カットを見比べれば、ここで言いたいことが少しは伝わるかと思いますが、この2点の世界観をどう感じるかは見た人次第です、、、、、、、、、。

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