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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

若いころ職業選びで悩んだこと 

先日、鎌倉在住のアメリカ人の友人と一緒に昼食を食べながら雑談をし、そこで感じたことについて書きたくなりました、彼の会社名は知らないけど、多分世界的に大手の証券会社なんだろう、、、その日本支店で働き定期的に長期間、家族を家に残し香港とかアメリカなどに飛び回っているのが彼の日々のようです。
彼と僕との接点は僕の写真展で知り合い、彼が写真について僕から知りたいこと、僕は生の英語がたっぷり使えるし、英語の質問も出来るし、お互いの利害が一致するから時々会って暗室を一緒にやったりビールを飲んだり、雑談をしています。
彼の性格は興味を持ったものの突っ込みが鋭いから話して退屈はしない、多分高い収入があるのか、好きなことに費すお金とエネルギーはちょっと半端じゃない遊び心を彼は持っています。
多分会社と遊びのバランスをスマートに上手くやってるんだろうな思いきや、彼が口にした話は、彼が仕事で使ってる神経は相当なものらしく自分を型にハメ込んでいるらしく疲弊の日々を送っている話を僕にした。
僕は会社員という生き方を知らないで生きてきた、それなりの生活安定は保障されるとは思うけど、会社員で生きていくとはどんな心構えでいなくてはならないのか、背負うべき責任の重圧に関してよく知らないで僕はノー天気に生きてきました。
話の内容は英語だったから感じ方のニュアンスは日本語で聞くとのと少し違って聞こえたんですが、食べて行くため、家族を守らなければならない、、、、、とは言えそこまでストレスを抱え自分を犠牲にしないと生活は成り立たないものかと、僕なりに自分に当てはめ考えた、そこでふっと思い出したのが、ここ最近、ずーっとハタチのころイギリスで感じたことでした。
あのころ海外にどうしてあんなに執着して行きたかったのか、その時の強い思いが最近生々しく甦って来た、まるでタイムカプセルを開いた時のようにそこで感じる思いに出会ったような感じがして、今日はそれについて書きたいと思います。

僕は学校教育とか、そこでの暗黙のルールを子供ながらに薄々とそこに隠された何かを僕は感じ取っていました、それがどうしても受け入れられず好きになれませんでした、多分他の人たちはそんなことは考えたこともない問題だと思います、そもそもみんなにとって、その暗黙の問題は好きとか嫌いではなく選択肢なんか始めからなく、黙って受け入れるしかなないから受け入れてきたと思うんです、それで社会人になって初めて現実に出会ってあれこれ考え始めるんではないかと思います。
僕はみんなのような、そうではなかった、「受け入れたくなかったのではなく、受け入れたくても逆立ちしても出来なかった」仮にその道を選んだとしても、上手く行かないのが始めから分かっていた、どうせ働くならお金のために自分を殺して働くことは諦めて好きで働ける方法はないものか?それを探さないと居場所はないのが始めから分かっていた。
その考えとは、例えばエジソンは仕事だから発明していたのではない、坂本龍馬は仕事だから幕末を走り回っていたのではない、みんなそれが自分がしたいからしてたんだと思う、一生涯の仕事とはそう言うものじゃないだろうか?彼らは歴史の有名人だからそうだったんじゃない、僕らはどうして彼らと同じ生き方ができないんだろうか?
多分そんな言い分は側からすれば、現実離れした言い分、嘘みたいな言い分、おかしな言い分に聞こえるかも知れない、でも僕らのような特殊な能力、融通のきかない規格外れな個性を持っている者にすればこれはマジな問題なんです。
大人になる前、僕が世の中に対して感じていたのは、多くの方々の人生の選び方には違和感を感じていた、大学は行きたいから勉強したいからしてるんではない、「これがしたいからする」ではない、「しなくてはならないからしてる」 ただ断っておきたいのは、それが間違ってるとか会社員が間違ってるとか、それが言いたいのではない。
自分が大人になって社会に出て行くに、動かしがたい世の中の常識、自分がそこで何が出来るのかマジメに真剣にいつも考えた、普通のことが器用にできない僕にとってその模索は存在の死活問題だったから僕にとって真剣な問題だった。
多分そんなことを書いてもみんなはただ笑うだけかも知れないけど、僕にとっては真剣だった、そのころフランスの映画とか音楽に触れる度に感じていたのは、彼らの生き方とか価値観と日本人って根底からモノの捉え方が違って見えた、自分の考えを好き勝手に前に出しているように見えて仕方がなかった、社会に出る前に日本を一度飛び出してどうしてもそれをこの目で直に触れたいと思っていた。
それが実は今になってそういう考えだったことが分かった、それをカンタンにひとことで言えば、彼らはそこをどう考えて生きているのか、その実態はどうなのか?日本と外国はどう違うのか?この目で見て肌で感じたかった、多分そういう考えが根底だった、それが今になってブログを書いてやっとうすうす感じた。
イギリスに行って感じたのは、確かにあの時のイギリスは経済的に非常に悪かった、でも彼らの人生の楽しみ方とか受け止め方、その感覚は、裕福になったはずの日本人より遥かに裕福な気がしました、それにはいささかショックでした。
それとお金の使い方が違っていた、日本人は物を買うことで満足して終わる人が多い、中古ライカのコレクターはドイツより日本の方が圧倒的に多いのが物語る、でも大半のコレクターは持ってるだけで撮らないで棚に飾ってるだけ、イギリス人はそういうことに高いお金は払わない、意外に安っぽいもので用を済ませる、僕がイギリスを自転車で回った時、誰よりも高い自転車を乗っていて、宿に泊まるとみんなが寄ってたかってあれこれ言ってきた。
彼らは物よりも文化的な裕福さを大事にしてると僕は感じた、それは日本の比じゃなかった、大きな公園に行くとそこで馬に乗って敷地内を優雅に楽しんでる人はたくさんいた、彼らにとっての文化とはこれなんだな、、、と僕はこの目で見た。
もちろんイギリスに行けばみんながそうだとは言わない、ただその密度が高いのは間違いない、あっちにも文化のない人はたくさんいるし、日本にだって文化のある人はたくさんいる。
ただイギリスで見たものは一体自分にとって何だったかを書いていたら、やっとここに着地出来た気がします。

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