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アトリエ水平線より

渡会審二の写真日記

感覚を支える論理性 

今日から1週間スウェーデン に広告の撮影で行きます、気がつけば4月の終わりごろから5月の半ばまで結構忙しい日々です、6月8日の個展の予定を入れていますが、作品はまだ揃っていなく帰国後は猛チャージしないと思い描いていた世界が表現できません。
今日は久しぶりに僕にとっての作品との向き合い方についてあれこれ雑談したいと思います、写真展を何度かやって毎回感じるのは写真展としての作品作りとコンペなんかに出品する単品の作品作りは作り方、考え方は違います。
写真展は複数点数で構成されるので、そこにストーリー性のようなトータルの視点が必要になってきます、それに対して単品の場合はその1点だけで完結していても構わない、写真展も単品だけで完結したものの集合体でも構わないけど、やはり会場に埋め尽くされた作品群には一貫性はあったほうがいいと思います。
話は少し違うところに行ってしまうかも知れないですが、僕はこれまで表現をする、作品を作る、これらの活動に必要なのは感性とその表現力だとずーっと思ってきましたが、最近この考えに自分自身で疑問を感じ始めました、結論からいえば感覚力だけでは不十分で、それだけでは感覚をフルに引き出せない、感覚を引き出す思考力がないと感覚はフルに引き出せないんではないかと思いました。
以前、アスリートたちの話を聞いた時、彼らは単に身体能力だけに依存して結果を出しているのではなく、身体能力をいかに引き出せるか、その環境作りのために思考を働かせいている話を聞きましたが、例えば身体能力をフルに引き出すために ベストな休養の取り方、筋肉のケアーの仕方、栄養だって無神経ではいられないはずで、それらに無知なままでは前線で戦い続けられないはずです。
表現活動もそれに通じるところがある気がします、体の方がよりダイレクトですが感覚だって同じでそれが上手く働くようにするには心に対し無知なままでは限界がある気がします。
僕は前々からそれについて無意識に薄々感じその意識訓練もしていた気がするんですが、、、、とにかく必要なのは自分の意識を客観視できる習慣を身につけていないとダメだな、、と思います。
例えば、これからある作品を作ろうとします、しかし現状、意識環境は作るにふさわしい状態じゃないとします、または壁にぶつかったときでもそうですが、まず作って行くには、何が必要で、何が必要じゃないのか、何から手をつけるべきか、何が先で、何が後回しでもいいのか、要るものと、要らないものを分別していかなければなりません、それが整理されたら、今度はそれをどう組み合わせて構築して行くのか、、、、、
先に書いたように、物作りと言うのは感覚能力だけではどうにもならないものがあり、物が作れる環境を整備する能力、 とか,上手く行くときばかりではありません、上手く行かない時に何をすべきか、そう言う論理性は不可欠です、むしろ最近強く感じるのはこの論理性と客観性があって感覚は初めて動き出す気さえします。
この論理性を持たない作品は薄っぺらな印象すら感じます、つまり知性と感覚はお互いに引き出し合う深いつながりを持っています、人間の構造は知れば知るほど本当に良くできた存在なんだな、、、、、と思います。

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